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心の氷が溶けるまで  作者: 海月まったり


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第十五章 再潜入

挿絵(By みてみん)

 夜――王都は静まり返っていた。


 昼間の喧騒が嘘のように消え、街には僅かな明かりだけが残っている。


 その中を、一人の男が歩いていた。


「…………」


 アノン。


 向かう先は、王宮。


 以前にも一度侵入した場所だ。


 だが――今回は前とは違う。


 ファジーが王宮へ呼ばれた理由。


 マクロという第二王子。


 そして――暗殺依頼。


「……調べるしかないな」


 アノンは王宮を見上げる。


 そして――闇へと消えた。


 王宮の壁を越える。


 警備の配置は、以前とほとんど変わっていない。


 だが――


「……増えているな」


 騎士の数が多い。


 ファジーが王宮へ来たことで、警戒が強くなったのか。


 それとも――自分の存在が知られたのか。


 アノンは物陰から騎士を観察する。


 二人……少し離れた場所に、さらに三人。


 正面から行く必要はない。


 アノンは屋根へ上がり、建物の影を伝って進んでいく。


 やがて――以前侵入した記録保管庫へ辿り着いた。


 扉を慎重に開け、中へ入る。


 棚に並ぶ大量の書類。


 その中から、ファジーに関する記録を探す。


 だが――


「……ない?」


 以前見つけた記録がない。


 正確には――棚そのものが移動されている。


 アノンは周囲を見渡す。


 誰かが意図的に場所を変えた。


 つまり――王宮側も、記録の管理を見直している。


 自分が以前ここへ侵入したことに気づかれたのか。


 それとも、別の理由があるのか。


「面倒なことになったな」


 アノンは呟く。


 その時……廊下から声が聞こえた。


「――マクロ王子には、くれぐれも余計なことをさせるな」


「ですが……」


「陛下のお考えだ。まだ決定ではない」


「ファジー・オード嬢についてですか?」


「声が大きい」


「申し訳ありません」


「暗殺の件もまだ動いている。王子の話と混同するな」


「……はい」


「陛下は、どちらの可能性も残しておきたいのだ」


 アノンの動きが止まる。


「…………」


 暗殺……その言葉。


 そして――


 マクロ。


 ファジー。


 アノンは息を殺し、声のする方向へ近づいた。


「もし王子がファジー嬢を妃として迎えられるのであれば、暗殺の必要はなくなる」


「しかし、マクロ王子が本当に彼女を……?」


「それ以上は言うな」


「はい」


 二人の足音が遠ざかっていく。


「…………」


 アノンは壁に背を預ける。


 頭の中で、先ほどの会話を整理する。


 ファジー。


 暗殺。


 第二王子。


 そして――妃。


「……そういうことか」


 王宮は、ファジーを排除する可能性を残している。


 だが――それだけではない。


 あわよくば王家の内側へ取り込もうとしている。


 何故そこまでして、彼女を――


「…………」


 アノンは考える。


 そこで、一つの可能性が浮かぶ。


 ファジーの固有魔力……想像。


 王宮が恐れている力。


「……やはり、あの力が関係しているのか」


 確信はない。


 だが、これで一つ分かった。


 王宮はファジーを簡単には見逃さない。


 そして――マクロという男も、ファジーに近づこうとしている。


 アノンは記録保管庫を後にした。


 王宮の廊下を進み、再び騎士たちの目を避けながら移動する。


 その頃。


 王宮の別の場所。


「陛下」


 騎士がイコワへ報告していた。


「記録保管庫の周辺で、書類の配置が変わっていたとの報告がございます」


「…………」


 イコワの表情が変わる。


「それだけか?」


「はい。侵入者の姿や、物音を聞いたという報告はございません」


「……そうか」


 イコワは机の上に置かれた書類へ目を落とす。


 記録保管庫の管理は、以前から見直しを進めていた。


 だが――もし、あの男が再び侵入していたのなら。


「……まさか」


 頭に浮かぶのは――アノン。


 ファジーに近づいた、正体不明の男。


「やはり、何か探っているのか……?」


 だが――まだ確証はない。


 今、下手に動けば、相手を警戒させるだけだ。


「…………」


 イコワは静かに息を吐く。


 その頃――マクロは自室にいた。


「…………」


 一人で窓の外を眺めている。


 その目は、何かを見ているようで――何も見ていない。


「……また変わった」


 予知――


 未来は一つではない。


 人が動き、選択が変われば。


 未来も変わる。


 だからこそ――マクロは焦っていた。


 これまで見えていた未来に、最近になって変化が生じ始めている。


 その原因の一つとして、マクロが気にしている男がいた。


「アノン……」


 その名前を呟く。


 自分の未来に、最近になって現れ始めた不確定要素。


「お前は……何者だ?」


 マクロは知らない。


 その男が――自分が欲しがっている少女を殺すために、一度は送り込まれた暗殺者だということを。


 そして今は――その少女を守ろうとしていることを。


 王宮の屋根。


「…………」


 アノンは夜空を見上げていた。


 今日、分かったことは多い。


 王宮はファジーを監視している。


 暗殺計画は、まだ終わっていない。


 そして……第二王子、マクロ・ホムン。


「…………」


 アノンは目を細める。


 あの男は危険だ。


 理由はまだ分からない。


 だが――ファジーを見る目。


 あの目だけは、信用できない。


「……警戒が必要だな」


 アノンは屋根から飛び降りる。


 闇の中へ消えていく。


 その背中には――かつて暗殺者だった男とは違う、僅かな意思が宿っていた。

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