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心の氷が溶けるまで  作者: 海月まったり


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第十三章 二人の王子

挿絵(By みてみん)

 王宮。


 国王の執務室。


「……アノンについて、何か分かったか?」


 イコワ・ホムンは、目の前に立つ騎士へ尋ねた。


「いえ……それが」


 騎士は少し言葉を選ぶ。


「出身地、家族、過去の記録。いずれも、ほとんど確認できません」


「ほとんど?」


「はい。王都で生活していること以外、確かな情報がありません」


「…………」


 イコワは机の上に置かれた書類を見る。


 年齢は、およそ二十歳。


 王都に住んでいる。


 家族はいない。


 過去の記録もない。


 そして――


 ファジー・オードと接触している。


「妙だな」


「はい」


 騎士も頷く。


「この国の生まれではない可能性もあります」


「……そうだろうな」


 この国で生まれた人間なら、何かしらの記録が残る。


 生まれた時。


 固有魔力を鑑定された時。


 その後の生活。


 少なくとも、何も記録がない人間など――


 そう簡単に存在するものではない。


「では、他国の人間か」


「可能性はあります」


「…………」


 イコワは窓の外を見る。


 王都は今日も平穏だった。


 だが、その平穏の裏で――


 一人の少女を巡り、いくつもの思惑が動いている。


 ファジー・オード。


 生まれた時、イコワ自身が鑑定した少女。


 その固有魔力は――想像。


 本人には、学習だと伝えている。


 だが、もし彼女が自分の本当の力に気づけば。


 そして――


 その力を自由に使えるようになれば。


「……あの娘は、今どこまで成長している?」


 イコワが呟く。


「陛下?」


「いや……何でもない」


 イコワは再び書類へ目を戻した。


 アノンという男。


 そしてファジー。


 二人が出会ったのは、最近のことだ。


 偶然なのか。


 それとも――


「……他国が、ファジーの固有魔力に気づいた可能性もあるな」


「他国が……?」


「もしそうなら、あの男がファジーへ近づいた理由も説明がつく」


 もちろん、確証はない。


 だが、可能性として捨てることもできない。


「アノンについて、引き続き調査を」


「承知しました」


「だが、まだ手を出すな」


「……はい」


 騎士が退室しようとした、その時。


「父上」


 扉の向こうから声がした。


「入れ」


 扉が開く。


「失礼します」


 入ってきたのは、一人の青年だった。


 王家の衣装を身に纏い、落ち着いた表情をしている。


 第一王子――


 シーラン・ホムン。


「何かお話中でしたか?」


「少しな」


「そうですか」


 シーランは部屋の中へ入る。


 その視線が、退室する騎士へ向いた。


「何か問題でも?」


「大したことではない」


 イコワはそう答えた。


「そうですか」


 シーランはそれ以上聞かなかった。


 父王が何を調べているのか。


 それがファジーに関わることだとも。


 彼は何も知らない。


 しばらくして――


「父上、失礼します」


 別の声が聞こえた。


「……入れ」


 再び扉が開く。


「兄上もいらしたのですね」


 入ってきたのは、第二王子。


 マクロ・ホムンだった。


「マクロか」


「はい」


 マクロは柔らかく笑う。


 その表情には、何の疑いも感じさせない。


 だが――


 彼は知っていた。


 父が何を企んでいるのか。


 ファジーがどんな固有魔力を持っているのか。


 そして――自分がその力を手に入れれば、何ができるのか。


 固有魔力――予知。


 それによって見えるものは、決して多くはない。


 だが、断片的に未来を知ることができる。


 マクロは、その力によって知っていた。


 父がファジーを恐れていることも。


 ファジーの本当の固有魔力が「想像」であることも。


 そして――


 父が、彼女を排除することまで考えていることも。


 だからこそ……マクロは何も知らないふりをしていた。


「父上」


「何だ?」


「先ほど、ファジー・オード嬢の名前が聞こえましたが」


「……ああ」


 イコワは少しだけ目を細める。


「彼女がどうかしたか?」


「いえ」


 マクロは微笑んだ。


「少し興味がありまして」


「興味?」


「王家として、有力な貴族令嬢に関心を持つのはおかしなことではないでしょう?」


「…………」


 イコワは息子を見る。


 マクロが何を考えているのか。


 それは分からない。


「何か考えがあるのか?」


「もし許されるのであれば――」


 マクロは静かに続ける。


「私が、直接ファジー嬢にお会いしてみたいのです。食事でもご一緒できればと思いまして」


「…………」


 イコワは考える。


 暗殺。


 それが最も確実な方法ではある。


 だが――


 もしファジーを王家の内側へ取り込めるのであれば。


 話は変わる。


 第二王子の妃として迎える。


 そうすれば、危険な力を持つ少女を王家の監視下に置くことができる。


 そして――


 想像……その力も手に入る。


「……分かった」


「よろしいのですか?」


「ああ。ただし、まだ何も決まったわけではない」


「ありがとうございます、父上」


 マクロは頭を下げる。


 その口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。


「父上」


 シーランが口を開く。


「……ファジー嬢というのは、騎士団のカリーナ嬢の妹君の?」


「…………」


 イコワは息子を見る。


「そうだが?」


「では、招待する時は是非カリーナ嬢も一緒がいいですよね?」


「……そうだな」


「カリーナ殿は、素晴らしい騎士です」


 シーランの表情が僅かに柔らかくなる。


「……彼女とは以前から一度ゆっくり話してみたいと思っていました」


「ほう……」


 マクロが兄を見る。


「兄上は、カリーナ嬢に想いを寄せているのですか?」


「なっ……!」


 シーランの顔が僅かに赤くなる。


「そういう意味ではない!」


「そうですか?」


「……いや、その……」


 イコワは二人を見る。


「……くだらん話はその辺にしておけ」


「申し訳ありません、父上」


 マクロは笑う。


 だが――


 兄がカリーナに好意を持っていることくらい、知っている。


 そんなことは、どうでもいい。


 重要なのは――ファジーだ。


 あの少女の力……それを手に入れる。


 それが、自分が次の王になるために必要なのだから。


 しばらくして。


「カリーナを呼べ」


 イコワが告げる。


 王宮へ呼ばれたカリーナは、すぐに姿を現した。


「失礼します」


「来たか」


「はい。何か御用でしょうか?」


「ファジーについて聞きたい」


「妹ですか?」


「ああ」


 イコワはアノンについて尋ねた。


「最近、ファジーと親しくしている男がいるそうだな」


「はい。アノンという方です」


「どのような男だ?」


「そうですね……」


 カリーナは少し考える。


「ファジーから聞いた話では、感情があまり表に出ない人だそうです」


「他には?」


「出身や家族までは……」


「そうか」


 やはり、情報は少ない。


「ファジーは、その男を好いているのか?」


「……どうでしょう?」


 カリーナは少し笑う。


「でも、妹が誰か特定の人を気にすること自体珍しいですからね」


「…………」


 イコワは考える。


 やはり、本人から聞く必要がある。


「カリーナ」


「はい」


「今度ファジーを王宮へ連れてきてくれ」


「ファジーを?」


「ああ。皆で食事でもどうだ?」


「……構いませんが……いったい、どういうことでしょうか?」


 カリーナは不思議そうに尋ねた。


 イコワは少し考えたあと、口を開く。


「正直に話そう。第二王子のマクロが、ファジーに興味を持っているようでな」


「マクロ王子が……?」


「ああ。そこで、ファジーを王宮へ招きたいのだ」


「……そういうことでしたか」


 カリーナは少し考えた。


 王族からの招待。


 断る理由があるわけではない。


「分かりました。妹にも伝えておきます」


「頼んだぞ」


「はい。失礼します」


 カリーナは一礼し、執務室を後にした。


「ファジー」


「はい?」


 屋敷へ戻ったカリーナは、妹へ声を掛ける。


「来週、王宮へ行くぞ」


「王宮ですか?」


「ああ。陛下がお呼びだそうだ」


「……私、何かしましたか?」


「いや、食事をしたいそうだ」


「……お食事……ですか?」


「マクロ様がファジーに興味があるらしい」


「マクロ様……第二王子の?」


 ファジーは少し不安そうな顔をする。


 だが――


「気が進まないなら、王には私から伝えるが?」


「……少し不安ですけど……せっかくのお招きですし、行きます」


 ファジーは小さく頷いた。


 当日。


 カリーナとファジーは、いつものように並んで歩いていた。


 カリーナは知らない。


 王宮内に渦巻く、様々な陰謀を……。


 そして――国王が恐れるものを……。


 その頃――王都の街。


「…………」


 アノンは一人、歩いていた。


 ふと――見覚えのある姿が視界に入る。


「……ファジー?」


「……あと一人は確か……姉のカリーナか?」


 この道の先は……二人は王宮へ向かっている。


「…………」


 アノンは足を止めた。


 王宮。


 ファジー。


 そして――イコワ。


 頭の中で、いくつもの情報が繋がっていく。


「……動いたか」


 アノンは静かに呟いた。


 その目から――


 僅かな警戒が消えることはなかった。

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