第十章 王宮の手掛かり
王宮から逃げ出した俺は、その夜、自宅へ戻っていた。
「…………」
机の上に、一枚の紙を置く。
王家の紋章が押された書類。
王宮の書庫から持ち出したものだ。
あの場では、内容を詳しく確認する時間がなかった。
確認しよう――何か分かるかもしれない。
「…………」
俺は紙を広げた。
そこに記されているのは、ファジー・オードについての記録。
出生。
成長。
魔法の習得状況。
そして――固有魔力。
「……想像」
やはり、この名前が書かれている。
ファジー本人が言っていた「学習」とは違う。
「…………」
俺は記録を読み進める。
そこには、幼い頃からの記録が細かく残されていた。
何歳で魔法を覚えたか。
どの程度の速度で習得したか。
どんな状況で魔法を使ったか。
まるで――実験対象を観察しているようだった。
「…………気味が悪いな」
俺は紙をめくった。
そこには、さらに古い記録があった。
ファジーが生まれた直後の記述だ。
「…………」
出生直後。
国王による鑑定。
固有魔力――想像。
「…………」
俺はしばらく、その文字を見つめていた。
生まれた瞬間から。
王宮は、この少女の力を知っていた。
そして――
「……学習」
別の記録に、その言葉が書かれている。
ファジーの両親へ伝えられた固有魔力――学習。
「…………」
なぜだ。
なぜ、本当の力を隠す?
俺はさらに読み進める。
そこには、その理由についての記述はなかった。
ただ一つ。
王宮がファジーを継続的に監視していたことだけは、はっきりと分かった。
俺は椅子に深く座る。
ファジーは知らない。
自分が生まれたときから、王宮に監視されていたことを。
そして――自分の本当の力すら。
俺は昨日まで、彼女をただの暗殺対象だと思っていた。
だが、もう違う。
ファジー・オードという少女には、俺の知らない何かがある。
そして、その何かを恐れ、隠したい人間がいる。
「……国王か」
その言葉が、自然と口から出た。
王宮の記録。
王家の紋章。
出生直後の鑑定。
そして、隠された固有魔力。
すべてが国王へと繋がっている。
だが、それだけでは証拠にならない。
国王がファジーを警戒している。
それは分かった。
だが、俺が受けた暗殺依頼を、国王が出したという証拠はまだない。
「……まだ足りない」
俺は書類を折り畳む。
もっと調べる必要がある。
翌日――俺は王都の裏通りを歩いていた。
向かう先は、以前、依頼を受け取った場所。
古びた建物。
暗殺依頼は、いつもここから始まっていた。
「…………」
扉を開ける。
中には誰もいない。
机の上にも、何も置かれていない。
俺は周囲を確認する。
依頼主と直接会うことはない。
だからこそ、ここに残された痕跡を探す。
机。
椅子。
床。
壁。
何もない。
だが――俺は床に残された小さな傷に気づいた。
「……これは」
机を動かした跡。
その近くに、薄い紙片が落ちている。
俺は拾い上げた。
「…………」
紙には、王宮で使われているものと同じ香料の匂いが残っていた。
「……またか」
偶然とは思えない。
だが、それでも決定的な証拠にはならない。
俺は紙片を懐にしまった。
そのとき――外から足音が聞こえた。
一人……こちらへ近づいてくる。
俺はすぐに物陰へ隠れた。
扉が開き、男が入ってくる。
男は周囲を確認すると、机の上には何も置かず、そのまま出ていった。
俺は男が去ったのを確認してから、再び周囲を調べる。
だが、他に手がかりはない。
俺は静かに建物を出た。
そのとき。
窓の外に、人影が見えた。
「…………!」
俺はすぐに身を隠す。
外にいるのは――騎士。
そして、その胸元には王家の紋章。
騎士はしばらく建物を見つめていた。
やがて、何事もなかったかのように歩き去っていく。
俺は、その背中を見送る。
王宮も動き始めている。
俺が調べていることに気づいたのか。
それとも――最初から監視されていたのか。
俺は窓から外を見る。
遠くに見える王宮。
「……急がないとな」
俺はそう呟いた。
ファジーを守るためにも。
そして――この暗殺依頼の正体を知るためにも。
俺は、もう一度王宮を調べることを決めた。




