エピソード 2ー2
宿敵に手を貸した。
成り行きとはいえ、それ自体に後悔はない。
ただ、それによって、色々と面倒なことになった。ナタリアの一件が収束した後、私は騎士たちによって別室に連れていかれ、軟禁状態にある。
……公式の場で、メイド風情が公女殿下に詰め寄ったんだもの。結果的に助けたとはいえ、不敬罪にならないとも限らない。これ以上、面倒にならなきゃいいけど……
いざというときは、この本宮から脱出する。
ローテーブルの前、ソファに浅く腰掛けたまま、脱出の経路を思い浮かべる。そうして待機していると、ほどなくしてアルヴェイン公王が部屋に入ってきた。
その後ろにはヴィオラ。
立ち上がって迎えると、私に気付いたヴィオラが駆け寄ってくる。
「ノクス!」
「と、危ないですよ」
ヴィオラは無邪気な笑みを浮かべながら私の腕にしがみついた。
……ずいぶんと懐かれたわね。
「そなた、何者だ」
頭上からアルヴェイン公王の声が響く。
少し顔を上げれば、彼のアメシストのような瞳が静かに私を見下ろしていた。私はヴィオラにしがみつかれたまま、可能な範囲でカーテシーをする。
「アルヴェイン公王陛下、さきほどは失礼をいたしました」
「俺は何者だと聞いているのだが?」
ペースを乱されるのは嫌い、という訳ね。さて、なんと答えたものかしらと考えていると、ヴィオラに腕を引っ張られた。
「ノクスは給仕見習いだよ!」
「……見習い? ヴィオラが知っているということは、離宮のメイドだな? それが、なぜこの場にいて、ヴィオラに有利な証言をした?」
それは私の方が聞きたい。
「ここにいるのは、体調を崩した先輩に、代わりを頼まれたからです。ヴィオラ公女殿下に有利な証言をしたのは……ただの成り行きです」
「ほう? ただの成り行きで、ヴィオラの潔白を晴らす証拠まで用意したのか?」
そればっかりは耳が痛いわね。
本当はヴィオラが断罪劇を繰り広げた後、そう言えば……みたいな形でさりげなく、証拠を提出する予定だった。決して、こんなふうに派手に立ち回るつもりはなかった。
少なくとも、ヴィオラの敵だとは思われていないはずだけど……
「……まあよい」
――え?
「いいのですか?」
実際、私は怪しいわよ? 今回はヴィオラを護ったけど、それは油断させるための罠――という可能性だってある。実際、私のしていることはそれに近い。
なのに……いいの?
困惑していると、彼は向かいのソファに座った。
「……なにをしている? そなたたちも座れ」
「と言われましても――」
私は一介のメイド。
公王と向き合ってソファに座るなどと……なんて思っていたら、ソファに腰掛けたヴィオラに引っ張られ、私もソファに座ってしまった。
……いいのかしら? そんな疑問を抱いている間にもカートを押すメイドが現れ、ローテーブルの上に、紅茶とお菓子を並べ始めた。
状況が理解できない。アルヴェイン公王ともあろう者が護衛も付けず、正体不明のメイドと向き合うなんて不自然……いや、そうだ。
よく考えれば変よ。すべてが不自然だわ。
第一王子派はもちろん、アルヴェイン公王だって、離宮に監視役くらいは送り込んでいるはずよ。ヴィオラが苛められていたことだって、ある程度は気付いていたはずだ。
なのに、こんなことになるまで見過ごした?
あり得ない。
あるとしたら――意図的に放置した可能性。
私はメイドが退出するのを待って顔を上げた。
「アルヴェイン公王陛下は、大切なモノは遠ざけるべきとお考えですか?」
「壊れやすいのであれば、そうするべきであろう」
あぁ……やっぱりね。
第二王子派の工作員として暗躍していた頃、私は多くの権力者を始末した。リストに上がった人物に共通するのは、敵対する人物であることと――有能であること。
離宮に追いやられ、継母の手先に苛められるような子供を狙うことはない。正確には、危害を加えるメリットよりも、デメリットの方が多すぎる。
自衛すら出来ないのであれば、下手に庇うのは悪手。
突き放すことこそが、護ることになる。
歪んだ愛情、とはいえないわね。
歪んでいるのは、権謀術数に塗れたこの世界の方だから。
「――なのに、そなたは娘を表舞台に引っ張り上げた。恐らく、第二王子派は、何者かが、そなたを使って、ヴィオラを護っていたと思うだろう」
「それは……」
「実際、第二王子派は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。ベアトリスも、表面上は無関心を装っているが……恐らく、心情は穏やかではないだろうな」
つまり、次はもっと過激な方法で狙われるかもしれない、という訳ね。
私が、その引き金を引いた?
「そなたには、その責任は取ってもらう」
「……責任、ですか?」
最悪のパターンが思い浮かぶ。
いまここで、私が派閥争いとは関係のない勢力の暴走だったという証拠を捏造して処分する。上手くすれば、ヴィオラへの影響を最小限に留めることが出来る。
いま、逃げるべきかしら?
けれど、私の腕にはヴィオラがしがみついている。この子を振りほどけば、どうしても一手遅れる。いま逃げるのは……得策じゃないわね。
そんなことを考えていると、アルヴェイン公王がふっと笑った。
「――ヴィオラ」
「なぁに? お父様」
「今回の一件、そなたも無傷とはいかぬ。新しい家庭教師を付ける必要があるし、侍女やメイドも大々的に入れ替える必要がある。なにか希望はあるか?」
「……希望を言ってもいいの?」
コテリと首を傾げる。
「希望があるのなら言いなさい。ただし、その内容によって、そなたの運命は大きく変わることだろう。ゆえに、選択は慎重に――」
「――ノクスがいい」
「ノクス? そのメイドのことだな?」
「うん! 家庭教師も、侍女も、メイドも、全部ノクスがいい! だってノクスは、私に戦い方を教えてくれるって、そう言ってくれたもの!」
それは私が過労で死ぬ。
少し助けただけなのに、どんな懐かれ方よ。
「ふむ。娘はこう言っているが、そなたに異論はないか?」
異論しかありませんが?
なんて言ったら始末されそうな雰囲気ね。
それに、私の介入で歴史が変わってしまった。ここで介入を止めれば、ヴィオラが殺されるかもしれない。そうでなくとも、私以外の誰かに派手に負けるかもしれない。
そんなのは、こう……なんというか、気に入らない。
それに、こんな幼女に勝っても嬉しくない。私が倒したいのは最強の怪物。彼女を鍛えられる環境は、私の望みにも適している。
掛け持ちの役職も、暗躍するときに使い分ければ武器になる。
だから――
「そのお役目、謹んでお受けします」
いつか私が倒すその日まで、ヴィオラが他の誰にも負けないように。




