エピソード 2ー1
私がヴィオラの汚名を晴らす手助けをする。
それを決意した直後、アルヴェイン公王が沈黙を破った。
「話は纏まったようだな」
「お待たせしたようで、申し訳ありません」
「かまわぬ。そなたがなにをするか、興味があったからな」
意外と話が分かる男かもしれない。
そう油断した次の瞬間、部屋の温度が一気に下がった。
「それで、誰の許しを得て、我が娘にそのような態度を取っている?」
――っ。
ははっ、さすがはヴィオラの父親。すごいプレッシャーね。でも、ここで怖じ気づくならまえに出た意味がない。私は引きつりそうになる顔に笑みを浮かべてみせた。
「無礼な態度を取ったことは謝罪します。ですが、ヴィオラ公女殿下があまりに未熟で、黙って見守ることが出来ませんでした」
「……ほう? 我が娘は未熟か?」
「未熟です。侍女から悪意ある嘘を教えられ、そのせいで恥を掻かされた。その証拠を持っているにもかかわらず、ただ泣いていることしか出来ないのですから」
「――なにを根拠に! いますぐ、その無礼者を引っ捕らえなさい!」
第二公妃が声を荒らげるが――
「待て。もう少し話を聞きたい」
アルヴェイン公王が異論を口にする。
「公王陛下、あのようなデタラメ、聞く必要はございませんわ!」
「デタラメかどうかはいまから確認する。聞いて困ることなどないのだからな」
あ、第二公妃の顔が歪んだ。
……ふふっ。この男、なかなかキツいことを言うわね。いまのは、証言されて困ることがあるのか? なければ黙っていろ。そう言っているようなものだもの。
おかげで、第二公妃からすっごい睨まれてる。私が言ったわけじゃないのにね。
「話を戻そう。ヴィオラは、悪意ある嘘を侍女から教えられた、だったか? 証拠があると言っていたように聞こえたが……事実か?」
「え、あの……その……」
問われたヴィオラが狼狽え、私に助けを求めるような視線を向ける。
……こうしてみると、幼い子供そのものね。
だとしても、甘やかしたりはしないけどね。
「ヴィオラ公女殿下。さきほど口にした歴史について、侍女に間違いだと教えられた方の、本の内容をいまここで話してください」
「え、でも、そんなことをしたら……」
ヴィオラが自分の腕を抱き寄せる。
「――大丈夫、ここで貴女を叩く者はおりません」
囁くように告げる。
ただ、静まり返っていた会場ではことのほか響いたみたいね。
近くにいいた、アルヴェイン公王がわずかに顔色を変えた。
「……えっと、本の内容をそのまま話せばいいの?」
「ええ。一字一句間違えずに、出来ますよね?」
「うん、それくらいなら大丈夫」
ヴィオラは事もなげに答えて、アルヴェイン公王のまえに立った。私たちの会話を聞いていた者たちは、なにを言っているんだ? と言いたげな顔をしてる。
当然よね。本の内容を丸暗記なんて、普通は大人でも難しいもの。
だから――戦きなさい、ヴィオラの、その才能の片鱗に。
「78ページ、17行目から。アルヴェイン公王家の成り立ちについて」
ヴィオラは胸を張り、本の内容を諳んじる。
それは、アルヴェイン公王が用意した本の内容と、一字一句たりとも違わない。
もちろん、ここにいる大半の人間は、それが一字一句同じかまでは分からないでしょうね。だけど、さきほどヴィオラが口にした内容とは違う、正しい歴史であることは明らかだ。
なにより、彼女の言葉には澱みがない。
「お聞きになったとおり、ヴィオラ公女殿下は正しい歴史を諳んじることが出来ます」
「なるほど。いまの内容を聞けば、それは疑いようもないな。だが、ならばなぜ、さきほどのような誤った歴史を口にした」
「それは……」
ヴィオラが再び私に視線を向ける。
私を頼りすぎね。私に裏切られることをまるで考えてない。あまりよくない傾向だけど……ま、今日くらいは仕方ないか。
私は小さく頷き、ありのままを答えるように促した。
「ナタリアに、いま話した本の内容は間違っているから、私が用意した正しい本の内容を覚え直すようにと言われたからです」
パーティー会場に衝撃が走った。
何人かの視線が侍女のナタリアに向けられる。
「わ、私はそのようなことを言っていません! ヴィオラ公女殿下、なぜそのようなデタラメを口にされるのですか!」
「デタラメなんかじゃないもん! そっちの答えは違う。口答えせずにこちらの内容を覚えなさいって、私を何度も叩いたじゃない!」
ヴィオラは自分の腕を押さえながら、ナタリアのことを睨み付けた。
会場のざわめきが大きくなる。そこかしこから「侍女があのように幼い公女に手を上げたというのか? いくらなんでも、そのようなことは……」なんて声が聞こえてくる。
でも、ヴィオラはどう見ても幼い子供だ。それは、さきほどまでの受け答えからも明らかだ。だからこそ、彼女の悲痛な訴えの信憑性が増している。
疑惑の目は、ナタリアに集まった。
「デ、デタラメです! 私はヴィオラ公女殿下に手を上げたことなんてありません。たぶん、そう! 間違ったことを言って恥を掻いたから、私のせいにしているだけです!」
ヴィオラが正しい内容を諳んじた以上、その言い訳は成り立たない。
それに……と、ヴィオラに視線を戻す。
彼女はいまも、自分の腕を押さえていた。
「ヴィオラ公女殿下、失礼します」
「え、ノクス、なにを――」
……やっぱりね。
さっきからヴィオラが押さえていた辺り。袖を捲ると、そこに痣があった。
「侍女に叩かれた跡ですね?」
「……うん」
ヴィオラは頷く。
だけど、ナタリアに睨まれて、すぐに私の背中に隠れた。
「アルヴェイン公王陛下、いまの痣をごらんになりましたか?」
「ああ。我が娘が虐待を受けていたことは事実のようだ。ナタリアよ。娘は、そなたの仕業だと訴えているが、なにか反論はあるか?」
「そ、それは、その……だから、ええっと……」
視線を泳がせ、脂汗を流している。全身で自分が犯人だと語っているようなものよ。後は彼女の仕業だと証明するだけ。それで、ヴィオラの潔白は証明される。
だというのに、第二公妃が口を挟んだ。
「お待ちください、公王陛下。このような場で話すことではございません。せめて、場所を移して尋問するべきではありませんか?」
余計なことを。
第二公妃はよほど、この断罪劇を止めたいのね。
だけど、貴女の思い通りにはさせないわ。
「アルヴェイン公王陛下、事実確認はここでおこなうべきです。でなければ、たとえヴィオラ公女殿下の潔白が証明されたとしても、人々には疑惑が残ります」
「……ふむ、そなたの言うとおりだ。皆の者には申し訳ないが、ことは我が娘の行く末を左右する重大な事件だ。いましばらく付き合っていただこう」
よし、これで後顧の憂いは絶った。
代わりに、第二公妃の私への敵意がすごいことになってそうだけど。
まったく、分かりやすいわね。
でも、いま戦うべき相手は貴女じゃない。
私は隠し持っていた答案用紙を懐から取り出した。
「アルヴェイン公王陛下、こちらをご覧ください」
その場に跪いて差し出す。
騎士の一人がそれを受け取り、危険がないことを確認した後、公王へと差し出した。
「これは……ヴィオラの答案か?」
ナタリアが「――ひゅっ」と声にならない悲鳴を零した。
「……なるほど。一枚目はすべてが正答にもかかわらず、ことごとくにバツが付けられている。対して二枚目は、さきほどのふざけた答えだが……すべて正解となっているな」
「――に、偽物です! そのような答案、私は知りません!」
悪あがきね。
なら、言い逃れが出来ないように引導を与えてあげる。
「証拠を消すつもりなら、ちゃんと燃えるまで見届けるべきでしたね?」
「ま、まさか貴女、それを焼却炉から――っ」
とっさに口を閉じるけれど手遅れだ。
それに気付いたナタリアは膝からくずおれた。
「アルヴェイン公王陛下。いまの反応だけでも十分だとは思いますが、必要であればその注釈の文字の筆跡鑑定をなさってください。一致するはずですので」
「注釈? 注釈なんて書いていません!」
ナタリアが慌てて否定する。
無理よ。そんなに取り乱して、見苦しく言い訳をしてるようにしか見えないわ。
――たとえ、その一点においてのみ、貴女の主張が真実だとしても、ね。
彼女が採点した答案用紙に、彼女が書き込んだ形跡はなかった。
おそらく、万が一を恐れてのことだろう。
だから私は、彼女部屋で見た記憶を頼りに、彼女が書き損じて捨てたとおぼしきメモを回収。その筆跡を真似て、答案用紙に細工を施したのだ。
だけど、それはただの小細工。
次の一手のための布石でしかない。
「アルヴェイン公王陛下、ナタリア様は異論があるようです。真偽を確かめるためにも、彼女の部屋を調べてはいかがでしょう? まだ、消し切れていない物証があるかもしれません」
「……ふむ、悪くない」
「――お、お待ちください! 私の部屋を捜索するなんて横暴です!」
「横暴? やましいことがなければ堂々としていればいいではないか。それとも、なにかやましいことがあるとでも言うのか?」
「そ、それは……」
そこで黙ったらダメじゃない。
まぁでも、狼狽えるのは当然よね。
実際にテスト関連の証拠が他にも残っているかは分からない。けど、第二公妃と通じているのは確実だ。指令書か、あるいは賄賂を受け取った痕跡か、なにかが残っているんでしょう。
――私を部屋におびき寄せたのは失敗だったわね。自分の部屋を囮にしたということは、普段はそこに見られて困るものを隠してあると、言っているようなものだもの。
「反論はないようだな。騎士たちよ、いますぐ彼女の部屋を捜索するのだ!」
「――はっ!」
騎士の一団が会場を出て行く。
束の間の静寂。
一息あけて、アルヴェイン公王は会場を見渡した。
「皆の者。まずは祝いの席を騒がせたことを詫びよう。詳細の確認はこれからだが、我が娘ヴィオラが己の意志でアルヴェイン公王家の歴史を貶めた訳ではないと理解いただけたと思う」
アルヴェイン公王が会場内を見回せば、目が合った者たちは静かに首肯した。
ただし、安堵しているものだけではなく、渋い顔をしている者もいる。前者は第一王子派で、後者は第二王子派の者たちだろう。
いずれにせよ、反論の声は上がらない。
「うむ、異論はなさそうだな」
彼は頷き、それからナタリア、そして第二公妃に一瞬だけ視線を向けた。
「残された問題は、誰が、なんの目的で、娘に誤った知識を与えたのかということだが……処断はこのアルヴェイン公王の名において下すゆえ、皆にはしばしの歓談に戻っていただきたい」
断罪劇はお開き。ヴィオラの疑いを晴らすという目的は達した。これ以上は身内の恥をさらすだけだから、事後処理は内々に進める、という訳ね。
それに納得した参列客たちは、一人、また一人とパーティー会場に散っていった。
次の瞬間、私の横にいたヴィオラがへたり込んだ。
小さな身体がわずかに震えている。
……まったく。
これが怪物ヴィオラの幼少期とはね。
あれだけの才能を持ちながら、宝の持ち腐れよ。
でも……そうね。ただの小娘にしては、よく頑張ったほうよね。
「ヴィオラ公女殿下」
片膝をついて右手を差し出すと、それに気付いたヴィオラは私の手を掴んだ。
「ノクス……ありがとう」
「お礼を言うのはまだ早いですよ」
これはただの前哨戦に過ぎない。
本当の敵との戦いは、ここから始まるのだから。




