エピソード 1ー6
パーティーの当日。
会場は本宮なので、離宮のメイドは平常通り。
本来であれば、離宮でなにもない一日を過ごすだけのはずだった。だけど、ヴィオラを陥れようと、自ら舞台をお膳立てした者たちがどう破滅するか、それを見逃せるはずがない。
という訳でパーティーの会場。
私は本宮のメイドに紛れて給仕をしている。
ヘルプとして別宅の使用人が招集されたので、少し細工をして紛れ込んだ。
煌びやかなシャンデリア。
魔導具の灯りが降り注ぐ会場には、多くの者たちが集まっている。アルヴェイン公国の重鎮はもちろんとして、エルディア王国からも名だたるメンバーが出席している。
あっちの男はエルディア王国の王族。
その隣にいるのはガルヴェイン侯爵――ベアトリス第二公妃の父に当たる人物だ。他にも、いまは亡きエレオノーラ第一公妃の実家、フローリア侯爵も出席している。
それだけでも、いかにこのアルヴェイン公王家が重要視されているかは明白だ。
第一公妃の忘れ形見、ヴィオラがパーティーに出席する。このパーティーが彼女のデビュタント。公式の場に顔を出すのはこれが初めてだ。
多くの者が、彼女が次期公王にふさわしいかどうか、見定めようとしている。
ヴィオラは――いた。
会場の端っこで所在なさげにしているわね。ここまで来たら堂々としてもよさそうなのに。最後まで、第二公妃や侍女を欺こうというのね。
まったく、徹底してるわね。
もう少し、エルディア王国の有力者たちの目を気にしてもいいのに。
――いや、こういうときこそ、私が手を貸すべきね。
「ヴィオラ公女殿下、飲み物はいかがですか?」
「ありがとう。いまはいらない……って、あれ? ノクスがどうしてここに?」
「ヘルプで派遣されてきました。それより、そのように所在なさげな態度は侮られますよ。胸を張って、堂々となさってください」
なんて、普通なら、そんな言葉一つで胸を張れるはずがない。
でも、不安そうな態度が演技なら――
「あ……うん、ありがとう」
ほらね。
ヴィオラは堂々と胸を張った。まるで、私の助言の通りにしただけ、と言いたげに。そういう名目があれば、ナタリアたちを欺けるという判断なんでしょうね。
「それでは失礼します」
後は見守るだけ。特等席で見学するとしよう。
そう思って踵を返す――が、服の袖を引っ張られた。
「ヴィオラ公女殿下?」
「あのね……近くに控えていてくれない?」
「……かまいませんが、ナタリア様はいらっしゃらないのですか?」
「ナタリアは、挨拶回りに行くって」
「……そうですか」
って、ふざけてるの? たった一人の侍女が、パーティーで主の側を離れてどうするのよ。どう考えても、周囲から叱責を……いや、それもやりようね。
どうせ周囲にはこんなふうに言うつもりだろう。
ヴィオラが自分から一人になりたいと言った、とかなんとか。
「では、近くに控えていますね」
「うん、ありがとう!」
……あいっ変わらず、無邪気に笑う仕草が可愛いわね。回帰前のクールな振る舞いを見ていなければ、これが素の姿だと騙されるところよ。
『私たち、もっと早くに出会えていれば、友達になれたかもしれないわね』
……冗談言わないで。
このタイミングでどうしてあのときのことを思い出すのよ。
たしかに、私はヴィオラを認めてるわよ?
私が勝てないと思った相手は彼女だけだもの。
でも、ヴィオラは私の命を懸けた策を破り、楽しかったと笑った。私の命懸けが、彼女にとっては遊びでしかなかった。それを理解したとき、私たちは相容れない存在だと理解した。
……と、なんだか騒がしくなったわね。
あれは――ようやくお出ましね。
三十代半ばくらい。ヴィオラと同じアメシストの瞳を持つ、ブロンドの髪の男性。アルヴェイン公王がヴィオラに向かってくる。
そして、それに気付いたヴィオラがぴょんと跳ね、目を輝かせた。
「お父様、お久しぶりです!」
「あぁ、久しいなヴィオラ。社交界デビューおめでとう」
アルヴェイン公王はわずかに目を細め、ヴィオラの頬を軽く撫でた。
「えへへ……あっ、そうだ。お父様、ドレスありがとう!」
「喜んでくれたのなら、贈った甲斐があった、と言うものだ」
愛らしい子供と、子煩悩の親にしか見えない。
にしても、ドレスは父親からの贈り物だったのね。
どうりで、普段の装いと違って、今日は綺麗なドレスだと思った。
ヴィオラが離宮に追いやられるのを止めないくらいだから、あまり愛情はなさそうだって思ってたけど、意外と可愛がっているじゃない。
「ヴィオラ、今日はそなたに会わせたい者たちがいる」
「会わせたい人?」
「ああ。そなたが私の後継者を目指す上で、友好関係を築かなくてはならない者たちだ」
「……ええっと?」
ヴィオラが首を傾げると、ここで初めてアルヴェイン公王の表情が曇った。
「ナタリアから習っただろう?」
「……ごめんなさい」
「そうか……まぁいい。こちらに来て挨拶なさい」
いよいよだ。
ヴィオラの、華麗な断罪劇が始まる。
私はヴィオラのお付きとして、少し控えて彼女の後を追いかける。
合流したのは、ベアトリス第二公妃とその実家の侯爵、ヴィオラの母方の実家であるフローリア侯爵。そして、興味津々の者たちが遠巻きに見守っている。
「皆様、お初にお目に掛かります。アルヴェイン公王の娘、ヴィオラと申します」
凜とした声で名乗りを上げる。そこに、さきほどまでの怯えた様子はない。
周囲からも、ほぅっと、感嘆の息が零れた。
そうして、ヴィオラと重要人物たちとのやり取りが始まる。ヴィオラの所作は美しく、周囲からも好意的な声が聞こえてくる。
どうやら、ヴィオラはフローリア侯爵からも可愛がられているようだ。母親が亡くなっても、その実家との繋がりは消えていない。それが確認できた意味は大きい。
彼女のデビュタントは順調な滑り出しかに見えたが――
「――愚か者!」
しばらく団欒が続いた後、アルヴェイン公王が不意に声を荒らげた。
ベアトリス第二公妃に誘導された会話の末に、ヴィオラが授業で学んだ歴史を語った。そこで、ナタリアから教えられた嘘、アルヴェイン公王家を揶揄するような内容を口にしたからだ。
「ヴィオラ。おまえはそれでもエレオノーラの娘か」
フローリア侯爵が眉をひそめる。
でも、それも無理はないわ。
フローリア侯爵家は第一王子派。そして、その第一王子は、初代アルヴェイン公王――つまりはエルディア王国の当時の第一王女と同じ系譜を持っている。
なのにヴィオラは、アルヴェイン初代公王のことを、エルディアの国王に逆らい、アルヴェイン領に封じられた愚かな王女――と、受け取れるような発言をした。
自分の発言の重要さが理解できないほどの愚か者。
あるいは、第二王子派に恭順するための、あえての発言。
どちらにせよ、第一王子派や、母の実家に対する酷い裏切り行為だ。ベアトリス公妃は水を得た魚のように「まあまあ、子供の発言ではありませんか」と仲介をしている。
でも、私は見たわよ。
さっき貴女が小さく微笑んだのを。
ここまですべて、ベアトリス第二公妃の筋書き通りなんでしょうね。
でも残念。
ヴィオラは、貴女がこの筋書きを書くことすら、自分の計画に入れていたのよ。
「ヴィオラ。偉大なる初代公王は、当時の王にその才能を惜しまれ、この地を任せてもらったのだ。決して、この地に封じられた訳ではない。なぜ、そのようなことを口にした?」
「え、それは……その……」
ヴィオラが、助けを求めるようにナタリアに視線を向けた。
――そう。
そこで、ナタリアに教えてもらったと言えばいい。
もちろん、ナタリアはそれを否定するでしょうね。でも、一度見たことをすべて記憶するその才能を見せつければ、どちらが嘘をついているか証明することはたやすい。
さあ、華麗な断罪劇を私に見せて。
「……ごめんなさい」
……………………え?
なにを、謝っているの? そんなことをしたら、自分の間違いを認めるようなものじゃない。そんなことをして、なんの意味があるというの?
それとも、私が彼女の深謀を理解できていないだけ?
ここから、更にナタリアたちを追い詰める手が……ある?
「謝罪を求めているのではない。理由を聞いているのだ」
「えっと、だから、それは……ごめん、ごめんなさい」
涙? 泣いてる?
いや、さすがに演技よね。まさか、泣いて同情を誘おうというの?
ただの子供ならそれもありだ。でも、次期公王として、正しいとは思えない。
なにをやっているのよ、ヴィオラ。
あんな小物、さっさと断罪しなさいよ!
心がざわめくけれど、彼女は泣きじゃくるばかりだ。
周囲からも、落胆の声が聞こえてくる。
ヴィオラが私の上を行く天才でも、この状況が正しいとは思えない。
だとしたら、まさか……演技じゃ、ない?
ヴィオラは本当に未熟な子供で、ただただ侍女に騙されて泣いている?
……そうだ。
どうして気付かなかったのかしら。
回帰前の私は、ナタリアの実家、ローダン子爵家を知っている。ローダン子爵家が、ベアトリスの実家から資金援助を受けていたことを知っている。
でも、あり得ない。
こんな派手な事件で断罪されていたら、ローダン子爵家が未来で無事のはずない。つまり、これはヴィオラが仕組んだ断罪劇なんかじゃなくて……
――ふざけないで!
胸の内で膨れ上がったのは純粋な怒りだった。
組織のエースと呼ばれるに至った私が、唯一手も足も出なかった怪物。
私がもっとも恐れ、憧れた最大のライバル。
そのヴィオラが、こんな小物に負ける?
「――ヴィオラ!」
声を荒らげ、彼女のもとへと詰め寄った。
そして気が付けば、彼女の両肩を掴んでいた。
突然のメイドの暴挙に周囲の空気が凍り付く。
「なんだ、あの無礼者は! 即刻取り押さえよ!」
誰かが声を上げた。
それと同時、会場内にいた警備の騎士が動こうとするが――
「――待て」
アルヴェイン公王が待機を命じた。
……どういうつもり?
分からない。けど、これはチャンスよ。
「しっかりなさい、ヴィオラ!」
「ノ、ノクス?」
「反撃の条件は揃ってるじゃない! なのに、なにを呆けてるの!?」
「そ、そんなこと言われても。どうしたらいいか、分からないよ」
――はあ?
なにを言ってるの? 自分が嘘を教えられたって、証明するだけじゃない。物証なんて必要ない。貴女の記憶力があれば、簡単に証明できる。
それなのに、どうしたらいいか分からない?
「……本気で、言っているの?」
ヴィオラが目をそらす。
……この目、知ってるわ。
相手の期待に応えられないことを恥じている者の目だ。
じゃあ……本当に分からないんだ。
でも、どうして……?
あぁ、そっか。
いまのヴィオラは見た目通りの幼女なのね。才能はあっても、それの使い方がまるで分かってない。この頃は、侍女から嘘ばっかり教えられていたから。
……気に入らない。気に入らないっ、気に入らない!
私が倒したかったのは、最強の怪物よ。
メイドに詰め寄られて震えるような小娘なんかじゃないわ!
「ヴィオラ、よく聞きなさい。私が、その才能の使い方を教えてあげる」
「……え?」
分からない? 分からないんでしょうね、いまの彼女には。
だけど、いまが未熟なら、私が戦い方を教えればいい。
その結果、回帰前以上の怪物に育つかもしれない。
だけど、望むところよ。
回帰前より成長した彼女を倒してこそ、私はヴィオラに勝ったと胸を張れる。
なにより、ヴィオラの敵はナタリアだけじゃない。
だから、
「まず手始めに、この馬鹿みたいな茶番劇を、完全勝利で終わらせるわよ」
私を殺した公女が、私以外に負けるなんて許さない!




