エピソード 1ー5
ヴィオラが断罪劇を企てている。
でしょうね。というのが正直なところ。
時期的に考えて、おそらくは彼女の初陣。だけど、彼女が負けるとは思えない。彼女が敵対する勢力を一掃する。そのお手並みを拝見、といったところだ。
でも、とばっちりで解雇されるのは困る。
なら、どうすればいいか? こういう状況において、やるべきことは難しくないわ。言われるがままに主人公に有利な証言をする、無害で善人のメイドAを演じればいい。
『あの……私、見ました。あの人が証拠を隠しているところを』
断罪の場で、目立たない程度に、ヴィオラに有利な証言をする。そうすれば、そこそこ役に立つ味方、という印象を植え付けることが出来る。
問題は、どうやって都合のいい証拠を押さえるかよね。
ヴィオラに有利な証拠を押さえるのは難しくないけれど、偶然を装うとなると難しいわ。部屋の金庫を漁ったら、たまたま不正の証拠が見つけちゃいましたなんて、さすがに言えない。
……そうね、少し探ってみよう。
という訳で、方針を決めた私は掃除を再開する。ただし、今度は部屋の中ではなく、廊下の掃除だ。そうして廊下を掃除しつつ、図書室の前に近付くたびに聞き耳を立てる。
だけど、扉が厚いのか、会話の内容はほとんど聞こえない。
……扉に近付いて聞き耳を立てる?
いや、そんなところを目撃されたら言い訳が出来ないわ。
ここで焦るのは三流よ。大丈夫、機会は巡ってくるわ。
そうして目立たないように情報を集め始めて数日が過ぎた。そんなある日、偶然を装って部屋の前を通ると、中からナタリアの金切り声が聞こえてきた。
「なんですか、この解答は! 前回、言いましたよね? こっちの教科書を参考にしろと!」
「で、でも!」
「口答えをしない!」
パシンと、乾いた音が響く。
続けて、ヴィオラの「ごめんなさい!」と泣きそうな声が聞こえてくる。
……暴力に訴える三流が、始末してやろうかしら?
いや、あれはヴィオラの獲物だ。彼女のお膳立てを台無しには出来ないわ。そんなことを考えていると、「分かればいいのです」というナタリアの声を最後に、部屋は静かになった。
……これ以上の進展はなさそうね。
それに、重要な情報も手に入った。ひとまずこの場を離れましょう。
私は掃除用具を片付け、屋敷の隅にあるゴミ捨て場へと足を運んだ。そうして物陰に隠れているとほどなく、周囲を警戒したナタリアがやってきた。
彼女は周囲を見回しながら、焼却炉の中にゴミを放り込んだ。
……予感、的中ね。
彼女が立ち去るのを見届け、彼女が捨てたゴミ――数枚の紙を回収する。それは、さきほどの授業でおこなったであろうテストの解答用紙と、書き損じのメモだった。
解答用紙、一枚目は完璧な答えで――すべてにバツが付けられている。そして二枚目はデタラメな答え。なのに、すべてに丸が付けられている。
欲を言えば、ナタリアの書き込みなんかがあれば、これを採点したのがナタリアだという明確な証拠になったんだけど……ま、そっちはなんとでもなるわ。
これで、ナタリアがヴィオラに嘘を教えたと証明できる。
「ダメじゃない。証拠はちゃんと燃えるのを確認しなきゃ」
管理の甘いことね。この分なら、ヴィオラもとっくに、同じような証拠を用意しているでしょうね。そうなれば、この証拠は必要なくなるかもしれない。
だから……そうね。
もう一つだけ保険を掛けておきましょう。
私は部屋に戻り、旅路で手に入れた打ち身に効く薬を鞄から取り出した。これをヴィオラに手渡しするのが一番だけど、それはナタリアに目を付けられるかもしれない。
……そうね、彼女だけが気付く場所に置いておきましょう。
誰も居なくなった図書室。
その本棚の一つ、ヴィオラが読んでいた本の後ろに薬の小瓶を隠した。
これでいい。
警戒心の強い彼女は使わないかもしれない。けれど、彼女が読んでいた本のタイトルを知っている誰かが薬をおいた。その事実を残しておくことが重要だ。
さあ、すべての仕込みは終わった。
後は断罪劇が始まるのを待つばかり。
そのときを心待ちにしながら、私はクルリと身を翻した。
それから数日は、何事もなく過ぎ去った。
――とは言えない。
あれから一度、部屋に侵入された形跡があったから。
蝶番に仕掛けた髪の毛が落ち、無造作に置いてあるように見せかけた小物の位置がいくつもずれていた。極めつけは、荷物袋の特殊な結び目が普通の物に変わっていたことだ。
誰かが私の部屋に侵入して、なにかを探していた証拠。
相手は素人。
問題は、なにを探していたのか、だ。
例の証拠を持ち帰ったのがバレた?
いや、気取られるようなヘマはしていないはずよ。だとしたら、偽の紹介状の件かしら? あるいは、単純に新人メイドの素行調査の一環、という可能性も否定は出来ないわね。
どちらにせよ、探られて困るような物は部屋に置いてない。
例の証拠も、肌身離さずに持ち歩いている。
だけど、私がなんらかの理由で怪しまれている、という事実は残る。
あれこれ考えた末に、私は様子見という選択を選んだ。
そうして警戒すること数日、
廊下を歩く私のまえにいつものメイドが立ちはだかった。最近知ったのだけど、金髪ツインテールの彼女は十六歳で、名前はミアと言うらしい。
そのミアが、私にとんでもないことを命じた。
「ノクス、ナタリア様の部屋の掃除をしておきなさい」
……いや、本気?
侍女の部屋の掃除を、新人のメイドにさせようというの?
「……あの、私がナタリア様の部屋を掃除して、かまわないんですか?」
「なによ、私のお願いが聞けないって言うの?」
「いえ、そのようなつもりはありませんが……」
「なら、いいじゃない。頼んだわよ! あ、部屋の鍵は開いてるからね」
むちゃくちゃよ。
この屋敷の使用人の倫理観はどうなってるの? 仮に私が物を盗んだりしたら、自分も責任を問われるという自覚はあるのかしら?
……ないんでしょうね。
いや、彼女になんらかの思惑がある可能性も否定できない。
たとえば、彼女がなにか盗んでいて、私に罪を押しつけようとしている、とか。そうじゃなくても、なにかあったとき、ミアが庇ってくれるとは思えない。
……うぅん、やっぱりマズいわね。
とりあえず、メイド長に確認をとって、保険を掛けておきましょう。という訳でメイド長の部屋に向かっていると、曲がり角でセレーネと出くわした。
「あれ、ノクスじゃない。どうしたの、難しい顔をして」
「あ、セレーネ先輩。ちょうどいいところに」
実は――と、ミアに侍女の部屋の掃除を押しつけられたことを打ち明ける。
「また押しつけられたの? あの子……止めろって言ったのに!」
あ、言ってくれてたんだ。そして、言ってもあれなんだ。
……どうしようもないわね。
「えっと。掃除自体は別にいいんです。でも、侍女の私室に入るのはマズいでしょう?」
「え? それは大丈夫よ」
いやいや、そんな馬鹿な。……え、本気で言ってる?
侍女、つまりは貴族の私室よ。ナタリアが選んだ使用人ならともかく、それ以外のメイドを出入りさせて、万が一にも物がなくなったりしたらどうするつもりなのよ。
「えっと……ナタリア様の部屋って、執務室を兼ねているの。だから使用人の出入りも多くてね。とくに立ち入りが制限されていないのよ」
「……だから、厨房付きのメイド見習いが掃除に行っても問題ない?」
「そうそう、そういうこと」
……そんな理屈が成り立つとは思えないけど。
「そんな警戒しなくても大丈夫だって。そもそも、ナタリア様は細かいことを気にしないから」
……ん? 妙に押してくるわね。
これは……まさか? 少し、探ってみようかしら。
「でもやっぱり、新人が侍女の部屋に無断ではいるのはマズいと思うんです。一応、メイド長には報告しておいた方がいいと思いませんか?」
「……そんなに心配なら、私も手伝おっか?」
やっぱりおかしいわ。
私を侍女の部屋に向かわせようとしているように感じる。
だとしたら……残念ね。
セレーネのことは、結構気に入ってたんだけどな。
でも、この程度なら合わせる必要はない。
敵が接触してきたのなら、気付かない振りをして出し抜くことが出来る。私は迷った素振りの後、「じゃあ……手伝ってもらっていいですか?」と口にした。
それに対し、セレーネは満面の笑みで「いいよ」と頷く。
「ありがとうございます。さすが、先輩は頼りになりますね」
「困ったときはお互い様、でしょ」
「そうですね。お互い様、ですね」
――騙すのは。
私は口元に自虐的な笑みを浮かべ、セレーネと一緒にナタリアの部屋を目指した。
掃除道具を持って、一応ノックして部屋に入る。
ナタリアはいなかったけれど、たしかに鍵は開いていた。
「失礼します」
セレーネは迷わず部屋に入っていった。
私を先に入らせてはめようと……という訳ではなさそうね。
なら、私も後に続きましょう。
足を踏み入れると、高価な調度品で取りそろえられた内装が見えた。片面に執務用の机があって、反対側は私室らしいスペースが広がっている。
わりと整理されているわね。
……机以外。
机の上にいくつかの資料や手紙なんかが無造作に置かれている。遠目に見ただけでも、重要そうな書類に見える。あれは罠、なんでしょうね。
でも、筆跡を私に見せたのは間違いだったわね。
わりと特徴のある筆跡だ。
私にはヴィオラみたいな瞬間記憶能力はないけれど、なんとなくの特徴は掴んだ。この時点で筆跡を真似るのは無理だけど、他の書類から彼女の書いた文章を見分けることは出来る。
そして、彼女の書いた手紙くらいなら、この部屋以外でも見つかるだろう。
つまり、彼女の筆跡を真似るめどが立った、ということだ。
「それじゃ、私はこの辺から始めるわね」
執務机とは反対側の棚、まずハタキを使って埃を落とす。この屋敷の使用人は怠けていると思っていたけど、この部屋だけは掃除が行き届いている。
誰がこの屋敷を掌握しているのか、これだけでもよく分かるわ。私は手を動かしながら、ちらりとセレーネに視線を向けた。すると、ちょうど私を見ていたセレーネと目が合う。
「ノクス、なにか分からないことでもあった?」
「いえ、そういう訳じゃないんですが。侍女ということは、ナタリア様も貴族なんですよね?」
「ええ、もちろん。ローダン子爵家の方よ」
繋がりが見えたわね。
第二公妃ベアトリスの実家から支援を受けている家だ。
「すごい方なんですね」
「……そうね、大きな権力を持った方よ」
ずいぶんと深刻そうに言うのね。
「セレーネ先輩、なにかありましたか?」
「あ、その……ないよ、なにも」
「そう?」
「ええ。それより、ノクスは仕事に慣れた?」
露骨に話を変えられたわね。
でも、ここは乗ってあげましょう。
「そうですね……だいぶ慣れてきました。先輩が色々と教えてくれたおかげです」
「それならいいけど。困ったことがあればちゃんと言いなさいよ?」
「困ったことって、仕事を押しつけられたり?」
視線が泳いだ。やっぱりだ。今回のこれはたぶん、セレーネもなんらかの形で関わっている。それを隠しきれない辺り、彼女は根が真面目なんでしょうね。
「ねぇノクス。ちゃんとご飯、食べてる?」
「食べてますが……どうして?」
「初めてあったときも思ったけど、十五にしては小さすぎよ。ちゃんと食べて大きくならないと、病気とかになっちゃうんだからね?」
これは……年齢が本当か探られてる? それとも、本当に心配されているのかしら?
「大丈夫、これから大きくなる予定です」
「――っ。あの子と、同じようなことを言うのね……」
「……あの子?」
首を傾げると、セレーネはハッと目を見張った。
「なんでもない。いまのは忘れて!」
セレーネは掃除を再開する。
その全身が、追求はして欲しくないと物語っている。ここで彼女を警戒させるのは得策じゃないわ。彼女の思惑が分からない以上、真面目に掃除をした方がよさそうね。
そう思って掃除を続けていると、また彼女の視線を感じた。
「……セレーネ先輩、さっきからどうしたんです?」
「え、うぅん、なんでもないよ」
「ホントに?」
「うん、なんでもない!」
なんでもないと言いつつ、どこか嬉しそうにも見える。
彼女は頬に指を添えた。
「そう言えば、知ってる?」
「いいえ、知りません。教えてくれますか?」
即答すると、「まだなんの話かしてないのに」と、ふてくされた声が返ってきた。
「ごめんなさい。でも、聞いて欲しいんだろうなと思って」
「……まぁ、そうだけどさ」
「ですよね? じゃあ、教えてください」
「うん、実はね。来週、本宮でパーティーがあるんだって」
「……へぇ。それ、詳しく教えてくれますか?」
最後のピースが埋まった。
ヴィオラはきっと、そのパーティーで侍女を断罪する。
◆◆◆
その日の夕刻、ナタリアの部屋にとあるメイドが現れた。
彼女は胸の前できゅっと手を握り、それから重い口を開いた。
「……ナタリア様、その……ご命令通り、ノクスがこの部屋に入るように仕向けました」
「そう。怪しい行動は?」
「机の上に仕掛けた、偽の資料にはまるで興味を示しませんでした」
ナタリアは扇を開き、口元を隠した。
(手紙はもちろん、領収書も密偵なら興味を示すはず。それに食いつかなかったということは、ヴィオラを担ぎ上げたい、第一王子派の手下、と言うわけではないのかしら?)
「……ひとまず、監視は続けなさい。計画の邪魔にならないように」
「もちろんです。だから、その……」
「ん? あぁ、弟の薬だったわね。すぐに用意させましょう」
「あ、ありがとうございます!」
メイド――セレーネは勢いよく頭を下げた。




