エピソード 4ー5
問題のある使用人をまとめて解雇した離宮は、深刻な人手不足に陥っていた。引き継ぎをする余裕もなかったために、離宮の中は混乱に陥っている。
そんな中、必死に離宮を支えているのがメイド長を始めとした居残り組。
ミアもまた、早朝から汗を流し、廊下を走り回っていた。
自分の担当だけでなく、洗濯や厨房の手伝いまでしている。
そのことに不満はない。
それどころか、ヴィオラ公女のために働けることに充実感を抱いていた。
「先輩、見てくれていますか?」
洗濯物を干しながら、青い空を見上げる。
ミアに仕事を教えてくれた先輩は、ナタリアに濡れ衣を押しつけられて解雇された。
ヴィオラに肩入れしたという、ただそれだけの理由で。
そのとき、ミアは先輩の無実を訴えられなかった。
もしそんなことをすれば、自分も解雇されると分かっていたから。
この世界では珍しくない話だが、三女のミアに帰る家はない。あまり裕福ではない家に生まれたミアに許されたのは、自立するか、親の決めた相手に嫁がされるかの二択だった。
だから、先輩のように解雇されるわけにはいかない。
だけど、先輩の教え子として、先輩の理念に反することも出来なかった。なにより、小さな公女様を虐めるというのが気に入らなかった。
だから思いついたのだ。
新人にヴィオラの世話を押しつける、という名目を。
ナタリアには、新人メイドの動向を探るためだとか、色々と理由を付けた。そして新人メイドが潰れてしまわないように、裏では新人メイドの本来の仕事を減らすように立ち回った。
ミアに、それを正当化するつもりはない。
間違った行いだと理解してやっていた。
それでも、ミアにはそれしか出来なかったのだ。
罪の意識に苛まれながら、前に進むしかなかった。
でも、そんな日々に転機が訪れた。
ノクスという新人メイドが、あっという間にナタリアを排除してみせたのだ。
罪を精算する日が来たのだと、ミアは覚悟を決めていた。
だけど、なぜか許されて、いまもこの屋敷で働き続けている。
後ろめたくもあり、嬉しくもある。
今度こそ、ヴィオラ公女殿下のために全力で働こう。そんな決意を抱くミアの足元を一陣の風が吹き抜けた。軽く広がるスカートを押さえていると、そこにシエルがやってくる。
「ミア、裏口に補充の人材を乗せた馬車が到着します。貴女が迎えに行ってください」
「かしこまりました」
ノクスが侍女になるのと同時にやってきた執事。本宮から来た彼を警戒する気持ちもあった。けれど、ノクスとどこか似た空気を纏う彼を信じようと決めた。
ミアは彼の言葉に従い、裏口へと足を運ぶ。
「あ、もう到着してる」
馬車から数人の女性が降りてくるところだった。
それを目にしたミアは小走りに駆け寄る。そして、新たに降りてきた女性を見て息を呑む。ミアは信じられない思いを抱きながら、その女性の前まで足を進めた。
「……ミア?」
ミアに向かって呟く。
彼女は、ミアに仕事を教えてくれた先輩だった。
彼女と再会できたことが嬉しい。でも、喜ぶことは出来なかった。
濡れ衣を掛けられ、離宮から追い出された先輩。無実だと知っていたのに、ミアは保身に走って見捨てしまった。その罪悪感が押し寄せてくる。
「……先輩」
まともに顔を見られなくて顔を背ける。
次の瞬間、ミアは両肩を掴まれた。
「ミア、無事だったのね!」
「……え?」
「ミアは三女で帰る家がないって言ってたでしょ? だから、私と同じように辞めさせられたりしてないかって心配してたの。だから、貴女が無事で嬉しいわ!」
「……っ」
先輩の言葉がミアの胸を抉った。先輩は辞めさせられてもなお、ミアのことを心配していた。なのにミアはずる賢く立ち回り、いまも離宮で働き続けている。
「ごめん、なさい」
「え? 急にどうしたのよ」
「あのとき、なにも出来なくてごめんなさい。先輩が無実だって知ってたのに」
「……なんだ、そんなこと」
ミアの懺悔を、先輩はなんでもないことのように笑い飛ばす。
「私の味方をすれば、貴女も解雇される。それが分かっているのに、私を庇ってどうするのよ。むしろ、よく我慢してくれたわね、ありがとう」
責められても仕方ないと思っていた。なのに、先輩はありがとうと言った。
申し訳なくて、自分が情けなくて、目に涙が浮かぶ。
「感謝されるようなことはなにも。それに、その後も、ここに残って……」
「でも、問題のある使用人は解雇されたんでしょう?」
「それは、でも……決して、褒められるようなやり方じゃなくて……」
顔を伏せる。
「なにを言ってるの? 平民の娘が公女様を護ったのよ? 方法が褒められない? そんなのは、地位もお金もある貴族様だから言えることよ」
「先輩……」
先輩の理論は乱暴だ。
でも同時に、ミアがヴィオラを護るにはそれしかなかった、それもまた事実だと思えてくる。そのために他のメイドに迷惑を掛けたことは許されないけれど、それでも護れたものもある、と。
その事実が、ミアの気持ちを少しだけ軽くしてくれた。
「それに、私たちも報われているのよ」
先輩が嬉しそうに笑う。
「報われている、ですか?」
「ヴィオラ公女殿下は私がパンをお渡ししたことを覚えてくださっていたの。それで、濡れ衣を掛けられ、追い出されたことも。そして、十分な補償をしてくださったのよ。みんなの分もね」
先輩の言葉に、他の女性たちもうんうんと頷く。
「だから、再雇用の誘いにも応じたのよ。よそで働くなら紹介状も書いてくれるって言われたんだけど、『私を庇ってくれた貴女だから、もう一度働いて欲しい』なんて言われちゃね」
先輩は拳をギュッと握った。以前の先輩は、幼い子に対する庇護欲で動いていたように思う。でもいまの彼女は、仕えるべき主を見つけたメイドの顔をしていた。
「……お帰りなさい、先輩」
不意に、その言葉が零れた。
そして、先輩にそんな顔をさせたのはヴィオラ公女だ。あのとき、パンの一つさえ護れなかった小さな公女はもういない。使用人一人一人のことを忘れず、こうして引き戻してくれた。
だから、今度は自分たちがヴィオラを支える番だ。
「先輩、さっそくですが、人手が足りません。手を貸してください」
「ええ、もちろんよ!」




