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私を殺した公女、いまは幼女  ――私以外に、負けるな。【連載版】  作者: 緋色の雨


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エピソード 4ー4

 お茶会から帰還後、顛末をヴィオラに共有した。ある程度は事前に相談していたこともあり、とくに問題になることもなく了承してくれた。


 こうして、当面はベアトリスと後継者争いをしながら、第一、第二王子派の動きにも注視する、という方向で話が纏まった。


 周りはすべて敵。

 実家すらも味方じゃないかもしれない。

 八歳の子供には重すぎる事実。だけど、ヴィオラはその事実を静かに受け止めた。


 そうして数日が過ぎたある日。私は事情聴取という名目で、アルヴェイン公王に呼び出された。前回のような謁見の間ではなく、彼が使う執務室の一つだ。


 私がその部屋を訪ねると、彼は執務机――ではなく、ローテーブルを挟んだ向かいのソファに腰掛けていた。彼は私を見ると、その精悍な顔にわずかな笑みを浮かべた。


「よく来たな、その席に座るといい」


 彼が座る向かいのソファ。

 身分差を考えると恐れ多いけれど、公王が勧めるのならとその言葉に従う。


「本日は、事情聴取とうかがっていますが……」

「それは名目だ。そもそも、そなたを呼び出すように仕向けたのはそなた自身だろう? ヴィオラに、詳細の確認はノクスにして欲しいと言わせて」

「あら、気付かれていましたか」


 なんて、とくに隠すようには言っていなかったからね。


「それで、俺になんの用だ?」

「既にお聞き及びのことと存じますが、お茶会の席で騒動がありました」

「ああ。それでヴィオラが退席したのだろう?」

「詳細はご存じですか?」

「もちろん、ベアトリスからは聞いている。本当の事情も、な」


 ……へえ、アルヴェイン公王に本当のことを話したんだ。なら、私が思っている以上に、ベアトリスはアルヴェイン公王家に立場を寄せているのね。

 それなら安心してこの策が打てる。


「では、アルヴェイン公王陛下にお願いがございます」

「ふむ。そなたには、ヴィオラとレオンハルト、二人の命を救ってもらった恩がある。よほどのことでなければ、その願いを叶えると約束しよう」


 ずいぶん、評価してくれているのね。


「ヴィオラ公女殿下に、護衛の騎士を任命する権限をお与えください」

「それは、時期尚早だと告げたはずだが?」

「覚えています。ベアトリス第二公妃殿下が反対なさるから、ですよね?」


 以前アルヴェイン公王はこう言った。

 ヴィオラは離宮の身内に暗殺者を招き入れてしまった。同じ轍を踏む可能性があるから、ヴィオラに騎士を任命する権限を与えるのは時期尚早だとベアトリスが反対する。

 だから、騎士の任命権を渡すのは難しい、と。

 だけど――


「ヴィオラ公女殿下が離宮の安全を護るために騎士の任命権を求めたとして、ベアトリス第二公妃殿下は反対なさるでしょうか?」

「それは当然、反対するだろうな。――本来なら」


 彼は楽しそうに笑った。

 身内に暗殺者を招き入れてしまうような、未熟な者に騎士の任命権は与えられない。いまのベアトリスが、そのようなことを口に出来るはずがない。


 なぜなら、私とベアトリスの協定はただの口約束であり、第一、第二王子派に対抗するためだけに発揮される。もし公式の場でベアトリスがそのような発言をすれば、私は間違いなくこう反論する。


 ――切っ掛けは、お茶会の席で安全上の懸念があったからですよ? と。


 そうしてお茶会でなにがあったか明らかになれば、ベアトリスの面目は丸つぶれだ。


 もちろんヴィオラも痛みを伴うが、より傷を負うのはベアトリスに違いない。

 そして、二人の関係が悪化すれば、共通の敵である第一、第二王子派が得をすることになる。


 だから、彼女は反論しない。彼女なら必ず、私のもくろみに気付いて口をつぐむ。


「そなた、どこから計算していたのだ?」

「私はそこまで自分の能力を過信していません。予測を交えた計算は狂うもの。ですから、これは布石の一つが上手くはまったに過ぎません」


 計算が狂うことを前提に、無数の策を巡らせる。

 ただそれだけのことだ。


 ただ、今回の策は想像以上に上手くいった。

 だから、


「ヴィオラに騎士の任命権を渡すことはかまわない」


 許可をもらうことに驚きはない。

 だけど、彼から「ただ――」と付け加えられた言葉は、私の予想を大きく外していた。


 このときに抱いた感情は、とても言葉では言い表せない。

 アルヴェイン公王は、そんな私を見て苦笑した。


「ずいぶんと嬉しそうだな」

「……そうでしょうか? そうかもしれません」


 これが喜びだというのなら、私はいまだかつてないほど喜んでいる。


     ◆◆◆


 ベアトリスの私室。

 彼女はソファに身を預け、これまでのことに思いを馳せていた。


 ベアトリス第二公妃は、身内に暗殺者を引き入れるという失態を犯した。しかも、その暗殺者が、お茶会の席で息子の命を狙い、ヴィオラ公女たちに救われるという結末。


 すべてが明らかになれば、ベアトリスの名誉は大きく傷付いただろう。

 むろん、そのときは第一、第二王子派の動きも活発化する。それを考えれば、すべてを明らかにするのは、ヴィオラ公女の陣営にとっても選びにくい選択ではあったはずだ。


 それでも、話し合いの末に得られたのは、ベアトリスにとって悪くない結果だった。ゆえに、ノクスとの舌戦は自分の勝利だと、ベアトリス第二公妃は考えていた。

 侍女から、その報告を受けるまでは。


「――ヴィオラ公女殿下が直訴して、騎士の任命権を得ることになった、ですって?」


 手にしていたティーカップが、ソーサーの上でカチャリと音を鳴らす。


 ヴィオラ公女が新たな騎士を得る。

 実のところ、それ自体に大きな問題はない。


 ベアトリス第二公妃はあくまで、正当な手段で――少なくとも、周囲からそういう印象を得られる方法で、レオンハルト公子を次期公王に押し上げようとしているからだ。


 ヴィオラが暗殺されてはベアトリスも困る。

 そういう意味では、騎士を持つことに賛成ですらある。


 ただし、ヴィオラ公女が、レオンハルト公子も手にしていない、騎士の任命権を、アルヴェイン公王の信頼の証を得ること自体は問題だ。

 なんとしても、阻止する必要がある。


「名目は?」

「離宮の安全を確保するためと聞いています」

「あら、それならいままで通りの理由で――」


 阻止できると口にしようとして、ベアトリス第二公妃は息を呑んだ。

 彼女は扇を開いて表情を隠す。

 そんな彼女に向かって、侍女が意見を口にする。


「アルヴェイン公王陛下に、任命権の移譲を取り下げるように陳情なさいますか?」

「……ダメよ」


 エレオノーラ第一公妃が亡くなったとき、彼女が持つ騎士の任命権は、娘のヴィオラ公女に移譲されるはずだった。

 だが、幼すぎるヴィオラ公女に騎士の任命権を与えると、逆に敵を招き入れることになるかもしれない、といった理由を名目にして、ベアトリス第二公妃は反対していた。


 だけど、もし今回も同じ理由で反対したら? ヴィオラは必ず反論するだろう。身内に敵を招き入れたのはベアトリス第二公妃も同じだろう、と。

 そうしてお茶会での一件が明らかになれば、ベアトリス第二公妃の名誉は地に落ちる。


「まさか、これが狙いだったの?」


 お茶会の一件について、噂を自ら流す前であれば対策することもできた。安全上の懸念ではなく、茶葉の品質に問題があった、といった内容に変えることで。


 だけど、率先してその噂を流した後では手遅れだ。

 反対すれば、痛手を負うことになる。

 だが、口を閉ざせば、ヴィオラ公女に騎士の任命権を与えることになる。

 優秀ではあるが、まだまだ未熟?

 とんでもない。ノクスはベアトリスの一手先を読んでいた。


「せめて、被害は最小限に抑えなければ」


 どちらがマシかと考えれば、ヴィオラに騎士の任命権が渡る方がマシ。

 ノクスの思惑に気付き、傷を浅くすることは出来た。けれど、譲歩を引き出したつもりで、相手の思惑に乗せられていた事実は変わらない。


「今回は、私の負けね」


 その事実を受け止める。だが、後継者争いで負けたわけではない。

 彼女は扇をギュッと握りしめる。


「……本当に、エレオノーラを思い出すわ」


 ベアトリス第二公妃にとっての最初で最後のライバル。その再来を予感して、彼女はわずかに口の端を吊り上げた。

 

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