エピソード 4ー2
……そう、そういうこと。
毒殺のターゲットはレオンハルトだ。
もしもその毒殺が成されたならば、ヴィオラは次期公王に近づき、けれど恒久的な第二王子派の敵として、第一王子派に属することになるだろう。
ヴィオラにとって、最悪の結果。
そんなことをして得をするのは、第一王子派だけだ。
だけど、私はこの展開を、可能性の一つとして読んでいた。
「レオンハルト公子殿下、一つ質問をよろしいでしょうか?」
「……え?」
よし。
ティーカップを口元に運ぼうとする、レオンハルトの手が止まった。
「貴女はどうやら、自分が侍女ということを理解していないようね。ヴィオラ公女殿下は信用が出来ると言っていたけど、身びいきだったのではないかしら?」
私の暴挙に、ベアトリスが舌戦を仕掛けてくる。でも、いまその相手をして、レオンハルトに紅茶を飲む機会を与えるわけにはいかない。
「レオンハルト公子殿下は、紅茶にハチミツかなにかを入れてお飲みになるのですか?」
「え? ハチミツ?」
レオンハルトはコテリと首を傾げる。
「息子がハチミツを入れるような子供だと揶揄しているのですか? いくら貴女がヴィオラ公女殿下の侍女だとしても、そのような物言いは許しませんよ」
「では、なにも入れないのですね?」
「さっきから、そう言っているでしょう!」
ベアトリスが声を荒らげた。
その直後、視界の隅でメイドが一歩、扉の方に足を踏み出した。それを見た瞬間、私は絨毯を踏みしめ、一挙動でメイドに飛びかかった。
「――なっ!?」
メイドが慌てて回避行動を取るけど――遅い。
私はメイドの腕を掴み、絨毯の上に組み敷いた。
「――なにをしているの!?」
「ノクス!?」
ベアトリスとヴィオラの声が響く。即座に、二人の侍女がそれぞれ、ベアトリスとレオンハルトを庇った。一瞬遅れで扉が開き、部屋の外から騎士やシエルが飛び込んできた。
メイドを組み伏せている私を見た騎士の一人が腰の剣に手を掛け、ベアトリスに判断を委ねるように視線を向けた。
「動かないでください!」
一喝することで、全員の視線を集めて動きを封じる。
その瞬間、シエルが口を開いた。
「ノクス、これはなんのつもりですか?」
冷たい声。
ヴィオラの敵となるのなら、この場で切り捨てるつもりだろう。問答をする猶予はない。私は声のトーンを落として、伝えるべき一言を口にした。
「紅茶の中に、正体の分からない液体が混入させられました」
「――なっ!?」
シエルが息を呑み、続いてベアトリスが怒りを滲ませた。
「……まさか、私がヴィオラ公女殿下を毒殺しようとしたとでも言うつもり?」
「いいえ。そのカップはいま、レオンハルト公子殿下の前にあります」
ベアトリスがハッとレオンハルトに視線を向ける。彼の手にはまだ、ティーカップが握られていた。ベアトリスはそれを震える手で取り上げ、テーブルの上に置いた。
「そのメイドが、レオンハルトに毒を盛ったというのですか?」
「毒かどうかは確信が持てません。ただ、液体が混入したのは事実です」
「それを信じろというのですか?」
彼女の問い掛けに思案する。
「嘘だと思うのなら、このメイドに飲んでもらいますか?」
「――ひっ!?」
私の提案に対して、メイドが短い悲鳴を上げた。
たったそれだけのことだけど、私の言葉の信憑性が増す。
「……まさか、本当に? なぜ、そんなことを?」
ベアトリスが問い掛けるけれど、メイドはなにも答えない。
代わりに私が口を開いた。
「ヴィオラ公女殿下ではありません。ましてや、ベアトリス第二公妃殿下でもないでしょう。であるならば……残る勢力は、そう多くありません」
結論づけると、ベアトリスはピクリと指を動かした。
「……そうね。貴方の言うとおりだわ」
思うところがあるようね。彼女は一度沈黙をはさみ、「今日のお茶会は中止とします」と口にした。それから、視線を私に向ける。
「ノクスと言ったわね。まずは、そのメイドをこちらに引き渡してくれるかしら?」
引き渡せ、か。
さてどうしよう? 身柄を引き渡せば、小瓶もろとも預けることになる。あとから、すべて私の虚言だったと濡れ衣を着せられる可能性も否定できない。
「決して悪いようにはしないわ。でも、私もまだ、貴女を信じ切れないの。分かるでしょう? 私にとっては、貴女もまだ第三者なのよ」
……第三者、ね。やはり、私も疑われているのね。
だけどそれは、私の推理が当たっていることも示している。
なら、犯人を引き渡しても悪い結果にはならないはずだ。
「分かりました。身柄を、引き渡します」
ベアトリスの要請に応じ、メイドの身柄を騎士の片割れに引き渡す。
その騎士はメイドを拘束しつつ、持ち物を検査した。
「ポケットから、怪しい小瓶を発見しました!」
騎士の手元に、その場にいる全員の視線が集まった。
――待って。
全員の視線?
嫌な予感を覚えて周囲を見回す。
一人足りない。騎士を注視する者の中に、もう一人いたメイドの姿がない。そのメイドは部屋の隅に回り込み、密かにレオンハルトに飛びかかるところだった。
その手には、鈍く光る短剣が握られている。
「レオンハルト公子殿下!」
とっさに踏み出す――けれど、間に合わない。
わずか数歩。けれど、決して届かない距離だ。
ベアトリスが一瞬遅れで気づき、侍女も身を挺して庇おうとする。
だけど、それも届かない。
レオンハルトは突然のことに硬直している。
引き延ばされた時間の中、メイドがレオンハルトに向かって短剣を振り下ろす。
刹那、ヴィオラが、ヴィオラだけが、レオンハルトのまえに飛び出した。
レオンハルトではなく、ヴィオラが殺される。
そう思ったけれど、メイドはとっさに短剣を止めた。
わずかに生まれた猶予。
だけど、私が残りの距離を詰めるには十分だった。間合いを詰め、隠し持っていた短剣でメイドに斬りかかる。その一撃はメイドが手に持っていた短剣で受け止められるが、凶行を止めることはできた。
キィンと甲高い音がお茶会の席に響き渡る。
「シエル! ヴィオラ公女殿下を!」
シエルに向かって乱暴に言い放ち、目の前のメイドに意識を集中する。
このメイドは死角からの不意打ちを難なく受け止めた。
ただのメイドじゃない。私と同じように、訓練を受けた者だ。
油断はできない。全力で排除する。
そう覚悟すると同時、メイドが鋭い突きを放ってくる。
顔面を狙ったそれを、首を傾けて回避。髪の一房が宙を舞った。
だが、メイドが短剣を引く一瞬の隙が生まれる。そこに攻撃を仕掛けようと半歩踏み出した瞬間、私は嫌な予感を察知して仰け反った。
すぐ目の前を、メイドの蹴りが通り過ぎる。
速い。それに洗練されていて、攻撃に隙がない。
それでも、技量は私の方が上。だけど、身体能力で負けている。
いまの私じゃ捌くのが精一杯だ。
「なにをしているの! そのメイドを取り押さえなさい!」
ベアトリスが命令を下し、騎士が即座に腰の剣を抜く。
メイドが意識がそちらに流れた。
――いま。
重心を落とし、地を滑るようにメイドとの距離を詰める。メイドがとっさに短剣を振るうけれど、私はそれを掻い潜り、メイドの鳩尾に掌底を叩き込んだ。
「――かはっ」
メイドが腹部を押さえて後ずる。
それでも戦意が失われていないのはさすが。だけど、彼女の抵抗はここまでだ。騎士が背後から詰め寄り、そのメイドを絨毯の上に組み敷いたから。
目の前のメイドは無力化された。
後は――と、素早く周囲の状況を確認する。
ヴィオラはシエルに保護されている。
レオンハルトとベアトリスも騎士に庇われていた。これ以上、新たな敵は見当たらない。敵は取り押さえられた二人のメイドだけだったらしい。
それを確認して、すっと息を吐く。
そこに、ヴィオラが駆け寄ってきた。
「ノクス、大丈夫!?」
「ええ、大丈夫ですよ」
笑って彼女の頭を撫でる。
けれど、すべてが終わったわけじゃない。
敵の制圧を終えた騎士たちが、警戒するように私を囲んでいるから。
「これは、なんの真似ですか?」
状況に気付いたヴィオラが警戒心をむき出しにする。
「ヴィオラ公女殿下、貴女がたに害意はありません。ただ、そちらの侍女は、お茶会の席に武器を持ち込んでいたこともあり、いくつか確認したい点がございます」
答えたのはベアトリス。
ヴィオラはその言葉に唇を噛んだ。
だけど、私はこの状況を、数多にある可能性の一つとして想定していた。
当然、その後にするべきことも頭に入っている。
私はヴィオラをそっと引き剥がし、シエルの方へと預けた。
「シエル、ヴィオラ公女殿下を安全な場所にお連れください」
「かまいませんが……貴女は?」
「私は大人しく取り調べを受けます」
「……そうですか。分かりました」
シエルはなにかを察したのか、それ以上の追及はしてこない。
だけど、ヴィオラが不安そうに私を見上げてくる。
「大丈夫です。言ったでしょう? 貴女に勝ち方を教えると」
この状況を覆し、ヴィオラに力の一部を取り戻させる。
その好機がいま。
だけど、実行にはこの場に一人で残る必要がある。
だから任せてくださいと微笑めば、ヴィオラはきゅっと唇を結んで頷いた。
「ノクス、貴女に任せます」
「仰せのままに、ヴィオラ公女殿下」
恭しくかしこまる。
ヴィオラは少しだけ私を見つめた後、ベアトリスへと視線を移す。
「大変申し訳ありませんが、私はこれで退席させていただきます」
「このような事態ですから、引き留めるつもりはございません。ただ、そちらの侍女にはいくつか確認したい点がございますので、この場に残していただけますか?」
「……仕方ありません。ですが、彼女は私の大切な侍女。必ずお返しください」
「ええ、お約束いたします」
その言葉を受け、ヴィオラは最後にもう一度だけ私に視線を送る。それに私が小さく頷くと、 ヴィオラはシエルや離宮の騎士を伴って退席した。
これで前提条件は整った。私は戦闘の意志がないことを伝えるため、戦闘で使った短剣を絨毯の上に落とし、それを足で騎士のいる方へと蹴り飛ばす。
さあ、ベアトリスとお話し合いの時間よ。




