エピソード 4ー1
アルヴェイン公王家の本宮。
とある一室にお茶会の席が設けられている。
白いテーブルクロスが掛けられた丸テーブルには、色鮮やかなお菓子と銀の食器が並び、その向こうにはベアトリス第二公妃と、その息子のレオンハルト公子が座っている。
そして、二人の背後には侍女やメイドたちが静かに控えていた。
離宮から同行しているシエルと騎士、それにベアトリスの騎士は部屋の外に待機している。
「ヴィオラ公女殿下、よく来てくださいましたね。どうぞこちらの席に」
ベアトリスに促され、ヴィオラは彼女の向かいの席に座った。その所作は洗練されていて、とても八歳のそれには見えない。
私もそれに続き、ヴィオラの背後に控える。
けれど、それを見たベアトリスは少しだけ眉を寄せた。
「そちらの彼女は貴女の侍女ですか? 以前はメイドの格好をしていたように思いますが」
「ええ。あの一件の後、侍女に任命しました」
「まぁ、そうでしたの」
ベアトリスは両手を合わせ、少女のように大仰な仕草で驚いてみせた。まだ二十七歳の彼女には、その仕草が妙に似合っている。
だけど次の瞬間、わずかに顔を伏せて不安そうな顔をする。
「でも、先日、あのように痛ましい事件があったばかりでしょう? ヴィオラ公女殿下も、侍女を側に置くのは不安ではありませんか?」
「いいえ。そういった危険は、ノクスが排除してくれますから」
ヴィオラは真っ向から否定した。毅然とした態度はいいんだけど……なんか、こうして聞いていると、私がヴィオラによいしょさせてる見たいね。
ちなみに、私が教えた言い回しじゃない。
私がこういったケースの対処として教えたのは、問題なのはナタリア個人であって、侍女という存在ではないと伝える、というものだった。
まあ、効果としては同じだから問題ないのだけど。
その答えに対し、ベアトリスはわずかに難しい顔をした。たぶんだけど、いまの一手を、私をこの場から排除する足がかりにするつもり、だったんでしょうね。
ベアトリスはわずかに沈黙した後、ふっと笑みを浮かべた。
「そうでしたか。とても信頼していらっしゃるのね。でも、よければ身内だけでお話いたしませんか? 他の者がいては、話せないこともあるでしょう?」
邪魔な侍女を下げろと、迂遠な言葉で告げる。
そんなベアトリスに対して、ヴィオラはコテンと首を傾げてみせた。
「では、ベアトリス第二公妃殿下も、侍女たちを下げるのですか?」
「いえ、それは……心配には及びませんわ。彼女たちは、私の信頼する者たちですから。ここでの会話を外部に漏らすような真似はいたしません」
「それなら安心してください。ノクスも、ここでの会話を外に漏らしたりはしませんから」
そつのない返し。
ベアトリスは言葉に詰まり、周囲の温度が下がる。さすがにベアトリスや、その侍女たちがその内心を表情に出すことはないけれど、レオンハルトは居心地が悪そうだ。
一呼吸ほどあけ、ベアトリスが再び口を開く。
「ずいぶんと、その侍女を信頼なさっているのですね」
「ええ。私が選んだ侍女ですから」
ヴィオラは誇らしげに笑った。
後ろで聞いている私は少し居心地が悪い。
でも、ここまでハッキリと信頼を口にすれば、不信を口実に私を排除するのは不可能だ。そう思ったのだけど、ベアトリスは更に食い下がった。
……やはり、私の予想通りね。
ヴィオラを貶めることが目的なら、このやり取りに固執する理由はない。
つまり、ベアトリスの目的は、ヴィオラを私から引き離すこと。それはたぶん、彼女もまた、私が第一王子派だと疑っているからだ。
私がそう確信している間にも二人の会話は続く。
「だから、彼女の提案に応じて、使用人の多くを解雇したのですか? ナタリアに操られていた貴女がいま、その侍女に操られていないと断言できますか?」
痛烈な皮肉。
けれど、ヴィオラはふっと微笑んだ。
「ノクスは様々な知識を与えてくれました。でも、最後には必ずこう言います。その知識をどう使うか、決めるのは貴女だ、と」
「それが誘導された意志ではないと、言いきれますか?」
「私は自らの意志でノクスを信じると決めました。私の侍女を悪く言わないでください」
それ以上の侮辱は許さないと、ベアトリスを睨み付けた。
空気が張り詰め、二人の睨み合いが始まる。場慣れしているであろう侍女はともかく、メイドは居心地が悪そうだ。しきりにメイド服の裾を引っ張り、視線を彷徨わせている。
「……お母様、喧嘩はやめようよ」
レオンハルトの泣きそうな声が響いた。ベアトリスはハッとその身を揺らす。彼女は続けて中腰で席を立ち、隣に座るレオンハルトの頭を撫でた。
「……ごめんなさい。私が悪かったわ」
優しい顔。
息子のことを心から愛しているのね。
彼女は席に座り直し、ヴィオラへと向き直った。
「言い過ぎました。さきほどの言葉は撤回します」
「撤回を受け入れます」
「ありがとう。では、少し気分を変えましょうか。実は、珍しい茶葉を用意したのよ」
ベアトリスが合図を送ると、メイドがお茶の準備を始めた。彼女が空気を軟化させたことで、レオンハルトも表情を和らげる。
「ねぇ、姉様。今度離宮に遊びに行ってもいいですか?」
「え? 私は、かまわないけど……」
一瞬だけ声を弾ませ、それからベアトリスに顔を向けた。
その視線を受け、ベアトリスはわずかに苦笑する。
「レオンハルト。離宮は大変な時期なのよ。だから、いまは我慢なさい。もう少しすれば、きっと落ち着くから、ね?」
「もう少しって?」
「そうね、数年くらいかしら」
「ええ、長いよぅ……」
可愛い。ヴィオラが可愛がる気持ちがよく分かる。
って……ん?
物思いに耽っていた私の視界の端、メイドの姿が目に付いた。
さきほどから挙動不審だったメイドだ。
彼女はポケットから小瓶を取り出して、その中の液体を一雫、ティーカップに垂らした。
……なるほどね。
だから、挙動不審だったんだ。
私の他には――誰も気付いていないわね。
それとも、気付かない振りをしている?
彼女が液体を入れたティーカップは一つだけだ。
まさか、こんな公式のお茶会でヴィオラを毒殺するつもり? いや、そうとは限らないわね。偽の毒で、騒ぎを起こさせて、こちらを陥れようとしているのかもしれない。
あるいは――
確信が持てない以上、下手に騒げばこちらが不利になる。
ここは慎重に、ティーカップがヴィオラの前に運ばれてきたら対処しよう。
万が一がないように神経を研ぎ澄ます。
部屋の中にいるのはヴィオラ、ベアトリス、レオンハルト。そして、侍女とメイドが二人ずつ。部屋の外には、それぞれの護衛騎士とシエルが待機している。
最悪は、騎士を交えて戦うことになるかもしれない。
スカートの上から、太股のベルトに装着した短剣の存在を確認する。
そしてほどなく、メイドがティーカップをそれぞれの前に並べていく。毒とおぼしき液体の入ったカップは――レオンハルトの前に置かれた。




