エピソード 3ー7
公王に謁見してから数日が過ぎた。
ベアトリスとのお茶会を前日に控えた今日もまた、私は忙しい時間を過ごしていた。朝からヴィオラとお茶会の対策を立てて、合間にナタリアが使っていた執務室でシエルから報告を受ける。
「まずはこちら、手紙が届いています」
「ありがとう」
濡れ羽色の羽が挟まれた、ロウェンからの手紙ね。
その封を開きながら、シエルに報告を促す。
「離宮から、第二公妃の息が掛かっているとおぼしき人物はすべて排除いたしました。それに勤務態度に問題のある人物も大半は排除しました」
「ありがとう。思った以上の働きね」
ロウェンもシエルも仕事が早い。
「この程度のこと、どうということはありません――と言いたいところですが、セレーネがよく手伝ってくれました。それに、雇用の方はまだまだで」
「……そっちは仕方ないわ」
ヴィオラに伝手はない。
下手に求人をすると、密偵ばかり送られてくることになりかねない。
騎士に関しては、そもそも任命権がない。エレオノーラ第一公妃の実家を頼るのも一つの手ではあるけれど、その場合は第一王子派の息が掛かったものが送られてくる可能性がある。
それは、ヴィオラの目的を考えると避けておきたい。
「使用人の不足に関しては、もう少しの我慢よ」
手紙の中身を走り読みしながら微笑む。
そこには、ナタリアに解雇された者たちの捜索の経過報告が記されていた。
「もしや、解雇された者たちを呼び戻すのですか?」
「そうだけど?」
それがどうかしたと首を傾げる。
「であれば、先にセレーネたちを復職させてもかまいませんか?」
「あぁ……そうね。経歴を誤魔化すならその方がいいわね」
使用人の入れ替え前からいた古参のメイド。
今後の扱いを考えれば、そういう肩書きの方が都合がいい。
「ちなみに、セレーネの身元はどうなっているの?」
彼女は対外的には死亡したことになっている。セレーネの姿を知る多くの者を解雇したとはいえ、その顔を知る者は皆無ではない。
「その件なら、お見せした方が早いでしょう。――セナ、入りなさい」
シエルが扉に向かって声を掛ける。
一呼吸置いて、大人びた容姿のメイドが姿を現した。
可愛らしさを残しつつも、大人びた雰囲気を纏う。ブラウンの髪も手入れが行き届いていて、毛先に細かいウェーブが掛けられている。
印象はかなり違うけれど――セレーネね。
「上手く化けたわね」
「やはりノクス様は分かってしまわれるんですね」
セレーネ――あらため、セナが苦笑した。
「話の流れがあったからよ」
通りすがりなら、見逃していたかもしれない。
「この化粧はシエルが教えたの?」
「僭越ながら、少し手ほどきをさせていただきました」
「ふぅん、どうりで」
化粧だけでなく、よく見たら立ち居振る舞いも以前より洗練されている。
短期間ながら、英才教育を施したという訳だ。
「これなら、顔見知り程度の使用人にはバレないでしょう。だけど、メイド長とミアは微妙ね」
友人とは言えずとも、知人程度の面識はある。たとえ顔立ちで気付かずとも、話している間に気付かれる可能性は高いはずよ。
後からバレるくらいなら、いま話してしまった方がよさそうだ。
「どうなさいますか?」
「いま、二人に事情を話しておきましょう」
「かしこまりました。では、二人を呼んできますね」
シエルが退出するのを見届け、セナに向き直った。
「クルトの調子はどう?」
「おかげさまで、だいぶ元気になりました。用意してもらった薬が効いてるみたいです」
「それはよかったわ」
これで、セナが裏切る可能性はほぼなくなった。
「貴女とミアには、ヴィオラ公女殿下付きのメイドになってもらうわ」
「私も、ですか」
「ヴィオラ公女殿下の希望なの」
「ヴィオラ公女殿下が?」
セナが私をじっと見る。
貴女はどう思っているのですか? とでも言いたげね。
「私としても、秘密を護れる人間が側にいた方が助かるから異論はないわ」
「そう、ですか。……非才の身ではありますが、精一杯務めさせていただきます」
「ええ、期待しているわ」
頭を下げるセナに向かって、私は小さな笑みを零した。
それからほどなく、シエルがミアとメイド長を連れて戻ってきた。その彼が私に向かい、「ヴィオラ公女殿下がお呼びです」と告げた。
「なら、この場はシエルに任せるわね。っと、そのまえに――」
私はミアとメイド長に視線を向けた。
「ナタリアに解雇された人たちの捜索は順調よ。全員ではないけれど、希望した人たちが近々戻ってくる予定よ。そしてその中には、ミアの先輩もいたわ」
「先輩が見つかったんですか!?」
「ええ。給仕の仕事をしていたわ。辞めるのに少し掛かるみたいだけど、戻ってくるそうよ」
それを聞いた瞬間、ミアはぽろぽろと泣き始めた。
私はメイド長をチラリ。
慰めるのは任せるわと目配せをして踵を返した。
それからすぐ、私はヴィオラの部屋を訪ねた。
ノックをして部屋の中に入ると、すぐにヴィオラが抱きついてくる。
「ノクス、待ってたよ!」
「ヴィオラ公女殿下、はしたないですよ」
受け止めながら、やんわりと引き剥がす。
「はぁい」
少し不満げに私から離れた彼女は、けれどすぐに笑顔になった。
彼女は壁際を指差した。
そこには、ドレスを纏った、大小二つのマネキンが置かれている。
「明日のお茶会のドレスが届いたの!」
ヴィオラが指差したのは、小さいマネキンに着せられた愛らしいドレス。
ヴィオラの銀髪と同系統。白と、薄い紫を基調としたふわっふわのドレス。裾にフリルをあしらったそのドレスは、彼女のために作られたのだと主張している。
「素敵ですね。ヴィオラ公女殿下に似合うと思います」
「ほんと? 嬉しいなぁ。じゃあ、こっちはどう?」
もう一つの、少し大きなマネキンが身に着けるドレスを指差した。
深い紺と白を基調としたドレス。ただ、さきほどの華やかなイメージとは違い、こちらはクラシカルなイメージ。どちらかというと、侍女が身に着けるような……
「もしや、私の、ですか?」
「うん! ノクスにプレゼントだよ!」
「プレゼント、ですか?」
トクンと、なぜか鼓動が跳ねた。
「あのね。私、いつもノクスに助けてもらってばかりで、なにもしてあげられてないでしょ? だからせめて、ノクスが私の侍女なんだよって胸を張れるように、このドレスを贈ることにしたの」
……ちょっとびっくりした。
私は、アルヴェイン公王に書面で通達してもらうことで、ヴィオラの侍女という地位を確立させた。方法は違えど、ヴィオラも同じことを考えていたのね。
「……もしかして、嬉しくなかった?」
「まさか! ……すごく、嬉しいです」
「ホント?」
「はい」
工作員として生きてきた私は、パーティー会場に忍び込むことも少なくない。
だから、美しいドレスを身に着けたことも一度や二度じゃない。でもそれは、任務のために渡された備品でしかない。こんなふうに贈り物をされたのは初めてだ。
私は一歩前に踏み出して、ドレスの袖をそっと掴んだ。
「ヴィオラ公女殿下、ありがとうございます。このドレス、大切にしますね」




