エピソード 3ー6
謁見の間にある、赤い絨毯の道。
ヴィオラに従って斜め後ろを歩きながら、顔を伏せたまま周囲の様子をうかがう。
洗練された大理石の空間に、玉座へと続く赤い絨毯が敷かれている。
その壮麗さは、私が知る中でも上位に入りそうだ。
そして進行方向には、護衛を含めた数名の気配がある。けれど、他の貴族たちは居ないようだ。余計な腹の探り合いをしなくてもいいのは助かるわね。
ピタリと、ヴィオラがきざはし――玉座へと続く階段の手前で足を止めた。私もそれに倣い、彼女の斜め後ろに控え、彼女に合わせてカーテシーをおこなう。
腰を曲げないヴィオラに対して、侍女の私は腰を曲げて頭を下げた。
「ほう。なかなかどうして、侍女としての所作が様になっているな」
頭上から声が降ってくる。でもまだだ。頭を上げることを許されていない。私はカーテシーを終えた後、顔を伏せたまま待機した。
ほどなく、「よい、顔を上げよ」という声が響く。
それに従って顔を上げると、きざはしの上に置かれた玉座にアルヴェイン公王が座っていた。そしてきざはしの下、横の方にはシエルが控えている。
やはり、ただの執事、というわけではなさそうね。
「ヴィオラ、大変なことがあったそうだな。ケガはないか?」
「はい。ノクスに護ってもらいました」
「……そうか」
アルヴェイン公王は小さく息を吐く。
その顔に浮かんでいるのは……安堵? それが父親としての顔なのね。
でも、彼はすぐに表情を消した。
「ヴィオラよ。いままでのそなたは、敵対するものにとってはただの弱者。排除するほどの価値もない存在だった。だからこそ、平和を享受することが出来たのだ」
「……はい」
ヴィオラの身体がびくりと震えた。
けれど、拳をギュッと握り、その顔は玉座から逸らさない。
「……だが、いまは違う。お茶会の招待状、受けるのは止めておけ」
「それ、は……」
ヴィオラはもう一度その身を震わせて、とっさに私の方を見ようとした。だけど寸前で踏みとどまって、ゆっくりと玉座へと視線を戻す。
「それは、出来ません。お茶会には、出席します」
「……なぜだ? そなたはいままでずっと、離宮に閉じこもっていたではないか。一体なにが、そなたの想いを変えたのだ?」
アルヴェイン公王の視線が一瞬だけ私を捉えた。
私の影響じゃないかと、疑われている訳ね。
「……お父様のおっしゃるとおりです。私はいままで、離宮に閉じこもっていてもいいと思ってました。でもそのせいで、私に優しくしてくれたメイドが脅されたんです」
アルヴェイン公王は痛ましげな顔をする。
セレーネたちになにがあったのか、離宮の情報は筒抜けのようね。
「私はみんなに護られるだけだった。でも、それじゃダメだって気付いたんです。だから、私は逃げません。自分の力で、私の生活を脅かす人たちに立ち向かえるように」
斜め後ろに控える私には、玉座を見上げるヴィオラの顔は見えない。
でも、その表情はありありと目に浮かぶ。
彼女はきっと、決意に満ちた顔で笑ってる。
そして、それを見たアルヴェイン公王は小さく息を吐いた。
「そうか。すべてを承知の上で選んだというのなら、好きにするがよい」
「お父様、いいのですか?」
「かまわぬ。だが……これだけは忘れるな。そなたは自分で道を選んだ。であるならば、その後に得られるであろう名声も、襲い掛かるであろう受難も、すべてはそなたの選択の結果だ」
「……はい!」
ヴィオラは力強く答えた。それから、「ありがとう、お父様」と父に向かって一歩を踏み出す。けれど、アルヴェイン公王はそれを手振りで止める。
「――ヴィオラ。私は娘のそなたを心から愛している。だが、私は父である前に公王だ。ゆえに、そなたに肩入れをすることは出来ぬ。昔のように、頭を撫でてやることも、な」
「……お父様」
父親と娘。
だけど、玉座へと続くきざはしには、親子の情を阻む壁があるのね。
これが、権謀術数に塗れた貴族社会。
それを実感したヴィオラはぐっと拳を握り、元いた場所へと下がった。
「失礼、いたしました」
「……よい。悪いのは、不甲斐ない私だからな」
きざはしの下からでは、玉座に座る彼の細かい表情は分からない。
それどころか、玉座に隠れた手元も見えない。だけど、工作員として訓練された私には、彼の腕の動きから、拳をギュッと握ったのが分かった。
「許してくれとは言わぬ。怨んでくれてもかまわない。だが、父として、そなたの行く末を見守っている。それだけは忘れないでくれ」
「……はい、お父様」
親子の、否。
公王と公女の謁見は終わった。
そしてヴィオラは退出を命じられる。
だけど私はアルヴェイン公王に引き留められた。驚いたヴィオラが私に視線を向けてくる。それに私が頷くと、彼女はそのまま退出していった。
そうして残された私は、絨毯の上に跪いた。
「よい、立って楽にせよ。いまはヴィオラの侍女としてのそなたと話したい」
「かしこまりました」
その場で立ち上がり、アルヴェイン公王を見上げる。
彼は不意に、その場で軽く頭を下げた――ように見えた。気のせい? そうよね。公王が、侍女に頭を下げるなんて、滅多にあることじゃないもの。
「ノクスよ。まずは二度に渡って、娘を護ってくれたことに感謝する」
「もったいないお言葉です」
気のせいじゃ、なかった?
そう油断した次の瞬間、彼の視線が鋭くなった。
「だが、そのうえで聞かせて欲しい。パーティー会場であのように反撃すれば、ヴィオラが命を狙われることも、そなたなら分かっていたのではないか?」
じろりと睨まれる。
これ、は……下手に答えたら殺されかねないわね。
でも、質問が、知っていたかどうかである以上、私の答えは決まっている。
「予想はしていました」
「それが分かっていながら、ヴィオラに手を貸した、と?」
「その通りです」
「ならば、そなたは第一王子派の工作員なのか?」
やはり、その可能性を危惧されているのね。
これは、私の予測が当たっているという証拠でもある。
だけど、まずはその誤解を解かないとね。
「恐れながら、私は第一王子派とは無関係です」
「……ならばなぜだ? なぜ、ヴィオラに手を貸した」
「私があの場面で手を貸した理由、それは……」
――それは、なんだろう?
ヴィオラに恨みはない。
ただ、彼女に負けたという悔しさだけはいまもなお残っている。
でも、私が彼女に手を貸したのはその悔しさが理由じゃない。
それじゃ意味が通らない。
私が手を貸した理由はきっと――
「ヴィオラ公女殿下の負ける姿が見ていられなかった。だから、手を貸しました」
「それだけ、か?」
アルヴェイン公王の困惑が伝わってくる。
意味が分からない気持ちは分かる。でも、私は嘘を吐いていない。
「付け加えるのなら、彼女に成長して欲しい、そう思っています」
「……不遜だな。だが、だからこそ、嘘ではないのだろう」
アルヴェイン公王は溜め息を吐く。
これは、ひとまずは許された……ってことで、いいのかしら? 油断した次の瞬間、なんて可能性も否定できない。戦々恐々と反応をうかがっていると、彼は大きく息を吐いた。
「それで、私に謁見を申し込んだ理由はなんだ?」
え? っと驚く私。
アルヴェイン公王はニヤッと笑う。
「私に頼みがあるから、ヴィオラの名を使って謁見を申し込んだのだろう?」
……バレてる。
やっぱり油断のならない男ね。
「それを承知の上で謁見の許可をくださったのですね、感謝します」
「感謝は必要ない。娘のために必要だと判断したまでだ。ゆえに、そなたがヴィオラを害することがあれば、そのときは必ず報いを受けさせると知れ」
「ええ、もちろんです」
そう答えた私を見て、アルヴェイン公王は訝しげな顔をした。
「そなた、なぜ笑っている?」
あら、表情に出してしまったわね。
でも、あんなことを言われたら、喜ばない方がどうかしているじゃない。
だって――
「ヴィオラにとって有益である限り、私という存在を容認してくださるのでしょう?」
「ははっ。いまのを聞いて、そう受け取るか。そなたは肝が据わっているな。では、ヴィオラのためになるという頼み、いまここで話してみろ」
「では率直に申し上げます。私がヴィオラ公女殿下の侍女であると、正式に通達してください」
アルヴェイン公王は訝しげな顔をした。
「騎士の任命権をヴィオラにと、そう願うと思っていたのだがな」
「くださるのですか?」
「いや、いまその権限を与えると面倒なことになる」
でしょうね、というのが素直な感想。だけど、せっかく向こうから話題を振ってくれたのだから、このチャンスを逃す手はない。少し、布石を打っておこう。
「ヴィオラ公女殿下は暗殺者に狙われています。それは口実になりませんか?」
「暗殺者は身内だったのだろう?」
幼いヴィオラに騎士の任命権を与えたら、敵を引き込んでしまうかもしれない、か。
「だから、騎士を任命するのは時期尚早だと?」
「そう反対する者はいるだろうな。あるいは自作自演だと、言うかもしれぬ」
なるほどね。
ヴィオラが騎士の任命権を得るには、ベアトリスを黙らせるだけの口実がいるわけだ。
「分かりました。では、騎士が不足したときは、本宮の騎士を派遣してくださいますか?」
「それくらいならかまわない。信頼できる相手を選んでおこう」
「ありがとうございます」
言質は取れた。
今回の目的は騎士の任命権じゃない。ひとまずはこれくらいでいいでしょう。
私は本命の目的を果たすために背筋を正した。
「いま必要なのは足場を固めることだと考えています。その中に離宮の警備態勢を見直すことも含まれますが、最優先なのはそれではありません」
「それが、そなたが侍女として認められること、か? 許可は出したはずだが」
首を傾げる。
そんなアルヴェイン公王に向かって、シエルが補足する。
「公王陛下は認められましたが、それは口頭伝達によるものです」
「……なるほど。今後、そんな話は聞いていない、と騒ぐ者が現れるかもしれない、か」
アルヴェイン公王を仮定の話としているけれど、私は確信している。ベアトリスがそれを理由に、私をお茶会の席から排除しようとする、と。
「いいだろう。そなたがヴィオラの侍女であることは書面で通達しよう」
「ありがとうございます」
これでお茶会に挑むための条件は揃った。
ベアトリスとの対決は目前だ。




