エピソード 3ー5
城にある謁見の間。
アルヴェイン公王は玉座に座り、きざはしの下に立つシエルから報告を受けていた。
内容はヴィオラ公女と、彼女を取り巻く離宮の状況について。
そして、その中心にいるノクスという少女について。
「まずは暗殺未遂の件ですが、ナタリアは、自分は関係ないの一点張りです」
「ふむ。ヴィオラを虐待していたこと自体は認めているのだったな?」
「ええ。ですが、罪の重さがあまりに違うため、その言葉が真実かどうかは判断できません」
ヴィオラ公女を虐待し、嘘の教育を施したことは決して軽い罪ではない。だが、公族の暗殺未遂に比べれば些細な問題だ。ナタリアが保身のために嘘を吐いている可能性は十分にある。
だが――と、アルヴェイン公王は口を開いた。
「ベアトリスにも事情を聞いた。ヴィオラを離宮に封じるように根回しをしたことは認めているのだが、それ以外のことについては驚いていた」
ベアトリス第二公妃はアルヴェイン公王を支える、優秀な第二公妃である。優秀であるがゆえに、驚いた演技をすることもある。
だが、あの驚き方は演技ではないと、アルヴェイン公王の勘は告げていた。
「部下の暴走であると、アルヴェイン公王陛下はお考えですか?」
「有力なのはその線だな。あるいは、第二王子派の独断か」
ベアトリスは、第二公妃派のトップだ。だが第二王子派からみれば、派閥メンバーの一人でしかない。その背後関係が、状況をよりややこしくしている。
なにより――と、アルヴェイン公王は壁に掛けられた肖像画に目を向けた。そこには、アルヴェイン公王とベアトリス第二公妃、そしてエレオノーラ第一公妃の仲睦まじい姿が描かれている。
それは決して、画家が捏造した光景ではない。生前の第一公妃と第二公妃の仲は良好だった。エレオノーラ第一公妃の死を、もっとも悲しんでいたのはベアトリス第二公妃だった。
なのに、いまはこんなことになっている。
エレオノーラ第一公妃が亡くなったことで、後継者問題が浮上したのだ。しかも、第一、第二王子派がそれに便乗し、自らの思惑で暗躍を始めた。
ベアトリス第二公妃がヴィオラ公女を離宮に追いやったのはそんな時期だった。
野心ゆえの決断ではある。だが、最大の目的は、素早く趨勢を決めることで、派閥争いを抑え込むことだった。
彼女にそんな必要を迫ったのは国の情勢だった。
「俺が不甲斐ないせいだな」
「まさか、アルヴェイン公王陛下のせいではありません」
シエルが否定する。
アルヴェイン公王はゆっくりと、けれど明確に首を横に振った。
「俺にもっと力があれば、エルディア王国の顔色をうかがう必要なんてなかった」
「だとしても、それは封国という立場上、仕方のないことです」
「……そうだな。ならばせめて、未来で嘆くことのないよう、いまできることをしよう」
アルヴェイン公王は両手で自分の頬を叩き、それからシエルに視線を戻した。
「それで、ヴィオラはどうしている? 無事なことは聞いているが、その後、トラウマになったりはしていないだろうか?」
朝目が覚めたら、横に暗殺者が倒れていた。アルヴェイン公王とて平然とはしていられない。そんな状況を、まだ八歳の娘が経験した。
その負担を想像するだけで、アルヴェイン公王の胸は痛くなった。
「見ている限り、トラウマの類いはないように思います」
「……ほう? ヴィオラのメンタルが強いのか、それともあの娘のおかげか?」
「恐らく両方かと」
「そう、か。出会ったばかりだと認識していたが、ずいぶんと信頼されているようだな」
「それだけパーティーでの一件が強烈だったのかと」
「あぁ、あれか。あれは俺も驚いた」
ただのメイドが、公式の場で公女に掴みかかる。
決して普通のことではない。
アルヴェイン公王が止めなければ、ノクスはよくて牢屋いきだっただろう。
だが、介入が正しかったかどうかは……アルヴェイン公王はまだ判断がついていない。
ノクスを好きにさせたことでヴィオラ公女の名誉は挽回された。
だが、ヴィオラ公女が暗殺者に狙われたのもまた、それが原因だ。
「後悔、なさっているのですか?」
「それはいつものことだ。エレオノーラを失ったときも、いまも」
「ヴィオラ公女殿下は生きておいでです」
「そうだな」
だからこそ、繰り返したくないと思っている。
だが、中途半端な介入は、エルディア王国に付けいる隙を与える。
それを防ぐためには、エレオノーラ第一公妃の子か、ベアトリス第二公妃の子、どちらが次期公王にふさわしいか、答えが出るまで見守る必要がある。
「見守ることが、こんなにも辛いことだとはな」
独りごちて、拳をぎゅっと握りしめた。
せめて最悪の結果にはならないように、アルヴェイン公王は考えを巡らす。
「離宮の様子はどうなっている?」
「ナタリアの失脚以降、離宮の使用人の整理は順調に進んでいます。問題のある者は解雇か処分済み。新しい使用人の雇用が追いついていませんが、これは時間が解決してくれるでしょう」
「では、問題はないのだな?」
アルヴェイン公王の問いに、シエルはゆるゆると首を横に振った。
「いいえ、警備態勢の見直しが遅れています」
「なぜだ?」
「ヴィオラ公女殿下には騎士の任命権がございませんから」
「あぁ……そうだったな」
元々、第一、第二公妃には、自らを護る騎士を任命する権利が与えられていた。だが、第一公妃が亡くなった後、彼女の持つ権限はヴィオラ公女に移されていない。
「早急にヴィオラに引き継ぎをと、言いたいが……」
幼いヴィオラ公女に強権を与えれば、派閥争いが激化するのは目に見えている。騎士の任命権を与えるには、それ相応の理由が必要だ。
「ノクスは、その件についてなにか言っていたか?」
「いいえ。それを話し合う前に、お茶会の招待状が届きましたから」
「問題が山積みだな」
頭が痛いと、アルヴェイン公王は頭を振る。
「ところで、ノクス自身についてはどうだ? なにか、妖しい動きはしていないか?」
「いいえ。問題がないことが問題なくらいですね」
シエルはアルヴェイン公王から、ノクスの補佐――という名の監視役を仰せつかっていた。必要があれば、能力不足を補うことも想定していた。
だが、蓋を開けてみれば、シエルは文字通り補佐をしただけだ。
つまりは――
「ノクスは、やはりただの子供ではない、ということか」
「知識量は言うに及ばず、その立ち居振る舞いも平民とは思えません。子爵家のメイドだったというのは、恐らく嘘でしょうね」
「没落した貴族の娘――いや、どこかの工作員と言ったところか」
問題は、なにが目的でヴィオラに近付いたのか、ということだ。
パーティーでの立ち回りから判断すると、エレオノーラ第一公妃の実家が送り込んできた、第一王子派の工作員、という可能性が高かった。
だが最近の立ち回りを見ていると、それも違って見える。
どちらにせよ、それらは憶測でしかない。
彼女がなにを思って行動しているのか、確認する必要があるだろう。
アルヴェイン公王はそんなふうに結論づけた。
そして、それを待っていたかのようにヴィオラ公女の到着が告げられる。
「まずは、話を聞こう」
可愛い愛娘と語らうため。
そして、ノクスの目的を探るために、アルヴェイン公王は神経を研ぎ澄ませた。




