エピソード 3ー2
貴族階級の屋敷には、いくつか共通するパターンがある。
たとえばそれは、非常時に外へ逃げ出すための秘密の通路だったり、家の権威を高める目的でエントランスホールに飾られた調度品だったりだ。
そして、この応接間にも、その系統の仕掛けが施されている。
その部屋に、メイド長とミアを呼び出した。シエルに連れてこられた二人は、部屋の真ん中にあるローテーブルの席の奥側、ソファに腰掛ける私を見て目を見張った。
「え、どうしてノクスが……?」
ミアが困惑している。
というかこの子、私の名前をちゃんと覚えていたのね。
「ナタリアが処分されたのは聞いているでしょう? その後任に選ばれたのよ」
「え、ノクスが? それって本当――っ」
ミアが途中で顔をしかめた。どうしたのかしら……って、ああ。メイド長の腕が、ミアの背後に回っている。こっそりと咎めたのね。
そのメイド長が、私に向かって頭を下げた。
「ミアが大変失礼いたしました、ノクス様。すべて、私の教育不足が原因です」
「え、あっ! 申し訳ありませんでした!」
ミアもメイド長に続いて頭を下げる。
「顔を上げて、ソファに座りなさい。今日二人を呼んだのは、話を聞かせて欲しいからなの」
二人は顔を見合わせ、恐る恐るといった感じで向かいにソファに並んで腰を下ろした。
そこにシエルが現れ、ローテーブルの上に紅茶とクッキーを並べた。二人にそれを勧めるけれど、顔を上げたメイド長の表情は、どこか諦めに似た感情が浮かんでいた。
「……これは、最期の晩餐ですか?」
なかなかシャレた表現ね。
ミアがびくりと身を震わせ、太股の上に置いた手がスカートをギュッと握る。それでも反論をしようとはしないのは、それだけのことをしたという自覚があるから、なのかしらね?
「安心なさい。それなら夕食にしているわ。貴女たちを呼んだのは話を聞きたいからよ」
「話、ですか?」
困惑するメイド長をまえに、私はティーカップを口元に。
しばらく香りを楽しんだ後、コクリと喉に流し込んだ。
「まずはミア。貴女は新人に仕事を押しつけてはサボっていたわよね?」
「そ、それは……っ。申し訳ありませんでした!」
「謝って欲しいわけじゃないの。なぜそんなことをしたのか、その理由を知りたいのよ」
サボりたかっただけでしょ? というのが私の率直な感想。
でも、セレーネは、それがヴィオラのためだったと主張した。
あまり、いやだいぶ、信じられない。けど、いまのセレーネが、意味もなく自分の評価が下がりかねないようなことを言わないと思うのだ。
だから、事情があるなら話なさいと、もう一度促す。
ほどなくして、ミアはようやく顔を上げた。
「実は、その、ナタリア様から、ヴィオラ公女殿下のお世話を真面目にするなと命じられていたんです。そのうえで、彼女が嫌がるようなことをしろ、と」
「そこは予想通りね」
周りの扱いが悪ければヴィオラの自尊心は下がり、ナタリアを頼らざるを得なくなる。
やっていることは虐待であり、洗脳だ。
「それは分かるけど、なぜそこで私に仕事を押しつけたの?」
「ヴィオラ公女殿下に味方するかもしれない、生意気な新人メイドをいびるという名目があれば、ヴィオラ公女殿下の身の回りの世話をさせることが出来るからです」
「……あぁ、なるほど」
分からなくはない。
あまりスッキリとしない答えではあるけれど。
「事情は分かったけど……もう少し他の手はなかったの?」
「それが出来なかったから! いえ、その……すみません」
ミアはなにかを言いかけて、けれど俯いてしまった。
……なにか、事情があるようね。
ちらりと視線を向けると、それに気付いたメイド長が口を開く。
「ミアがヴィオラ公女殿下を心配していたのは事実です。私がミアの行いを黙認していたのも、結果的にはそれがヴィオラ公女殿下のためになると判断したからです」
「……人に仕事を押しつけるのがマシだと?」
「そうしなければ、すぐに辞めさせられてしまいますから」
セレーネは……まあ、例外か。
役割的には、ナタリアがヴィオラ側に送り込んだ工作員。ヴィオラの味方の振りをして、同じくヴィオラに味方しようとする使用人の情報を得ていたと聞いている。
私と接触が多かったのもそれが理由。
「すぐに辞めさせられると言ったけど、実際に辞めさせられた人がいるの?」
「……何人も。私に仕事を教えてくれた先輩もそれが理由で解雇されました」
ミアがぽつりと呟く。
「その先輩はなにをしたの?」
「他のメイドがヴィオラ公女殿下の食事を減らしたことを見かねて、こっそり自分のパンをあげたんです。そうしたら、公女の食事をくすねたと訴えられたんです」
むちゃくちゃね。事実と真逆じゃない。
「それで、解雇に?」
「はい。繰り返しますが、先輩はなにも悪いことをしていません。でも、窃盗を理由に解雇された先輩は紹介状も書いてもらえず、いまはどこでなにをしているかも分からなくて……」
酷い話ね。
そんな先輩を見ていたら、ヴィオラに優しく出来ないのは分かる。
話を聞く限り、ミアもまた被害者だ。
悪いのは――
「悪いのは、部下を護れなかった弱い自分です」
メイド長が切実な声で訴えた。
「……貴女は、すべてを知っていたのね?」
「はい。でも、逆らえば辞めさせられる。そう思うと、従うしかありませんでした」
そして、無実と知っていながら、そのメイドを解雇した、と。
「それは、自分が助かりたいがための保身じゃないと言える?」
「それは……」
メイド長はうつむき、ゆっくりと首を横に振る。
「自分が辞めさせられたら、次はナタリア様に忠実なメイドが選ばれる。それが怖いと言い訳をして、みっともなくこの地位にしがみついていただけかもしれません」
二人とも、罪の意識はあるのね。
解雇するには十分なことをしている。でも、情状酌量の余地があるのも事実ね。
率直なところ、罪に問うほどではないけれど、だからと言って手厚く迎えるほどでもない。私は二人に紹介状を出して解雇でいいと思っている。
嫌な思いをしたこの離宮で働くより、新しい職場でやりなおした方が幸せだろう。
でも、その判断を下すのは私じゃない。
「ヴィオラ公女殿下、どう思いますか?」
壁に向かって問い掛ける。
貴族階級の屋敷には、いくつか共通する仕掛けがある。
その一つに、応接間を監視する隠し部屋の存在がある。これは、よく知らない客が来たときに、別の部屋から待たされているときの様子をうかがったりするためのものだ。
今回はそれを、ヴィオラがこっそりと話を聞くために使った。
そしてほどなく、シエルが扉を開け、そこからヴィオラが部屋に入ってきた。彼女はきゅっと唇を結び、張り詰めた面持ちで私の隣に座る。
「ヴィオラ公女殿下、事情は聞いていましたね。二人をどうなさいますか?」
「そのまえに」
ヴィオラは私を見上げた。
「ねぇ、ノクス。彼女たちは過ちを犯した。でもそれは、私が弱かったからだよね? 私が強ければ、ナタリアに圧を掛けられることはなかった。そう、だよね?」
「――それは違います!」
否定したのはメイド長だった。
「私はエレオノーラ様より、幼い貴女を御護りするようにと仰せつかっていました。なのに、私は貴女を護ることが出来なかった。責任はすべて私にあります!」
メイド長は必死だ。
そこにミアが続いた。
「私にも責任があります! 先輩に後を頼むって言われたのに、そうしないと仕事を辞めさせられるからって、公女殿下の方が不安だったのに!」
二人は必死に言いつのる。
彼女らがなにを大切にしているか、いまの態度がすべてを物語っているわね。
「ありがとう、メイド長。それにミアも。そんなふうに庇ってくれて嬉しいよ。でも、ごめんね。いまはノクスの意見が聞きたいの」
ヴィオラは私を見上げた。
甘えなんて少しも感じさせない。厳しい意見を欲する大人の顔だ。
まったく、八歳の子供が、なんて顔をしているのよ。
そんな表情を見せられたら、私も本気で答えるしかないじゃない。
「それが原因だと言うには語弊があります。ですが、因果関係があるのは否定できませんね」
ヴィオラのせいではない。
でも、ヴィオラが強ければ問題が起きなかったのもまた事実だ。
「……ありがとう」
ヴィオラは微笑んだ。
もう、貴女のせいだと言われて微笑むなんて、私はどんな反応をすればいいのよ。そんなことを考えていると、ヴィオラは二人へと向き直った。
「決めた。二人にはそれぞれ半年の減給。それとメイド長には権限の一部に制限を掛ける」
「……それは、つまり、私たちを許す、ということですか?」
メイド長は信じられないと言いたげだ。
でも、ヴィオラは首を横に振った。
「許してもらうのは私の方だよ。もう二度と、みんなが理不尽な目に遭わないように強くなる。だから、もう一度、私のことを支えて欲しいの」
ヴィオラはまっすぐな瞳で訴えた。
……私なら、紹介状を書いて二人を解雇していた。
でも――
「もったいない、お言葉です。必ずご期待に応えて見せます」
「ありがとうございます。私も、これからは精一杯働きます!」
二人の言葉は、きっと心の底から湧き上がったものだ。
ヴィオラは私と違う選択をして――
そして、私が想定する中でも最高の結果を残した。




