エピソード 3ー1
第二公妃の動きが想定より速い。
暗殺未遂事件があった直後に、もう次の手を打ってくるなんてね。
とはいえ、お茶会に招待されたならば、舞台は第二公妃が住まう本宮だ。
離宮の準備不足については無視することが出来る。
だから問題なのは、ヴィオラが第二公妃の本拠地で上手く立ち回れるかどうか。そのことについて話し合うため、私とシエルはヴィオラの部屋を訪ねた。
「お茶会の招待状? あんなことがあった直後なのに?」
報告を聞いたヴィオラが小首を傾げる。
「黒幕が第二公妃という証拠はありませんから。あるいは、このタイミングでお茶会に招待することで、自分は関わっていないと主張するつもりかもしれませんね」
私たちは、暗殺未遂が第二公妃に連なる者の仕業だと確信している。
セレーネの証言も、それを後押ししている。
でも、ベアトリスが命令を下したという証拠はない。
「それでも、お茶会に応じるのは危険だよね?」
「それが、そうとも言えません。お茶会の席でなにかあれば、第二公妃の責任になりますから」
ヴィオラが亡くなれば後継者争いは終結する。
――とは言い切れない。
第二公妃派が露骨な方法でヴィオラを排除した場合、第一王子派が恒久的な敵となる。その場合、アルヴェイン公王家は第一王子派との戦いに引きずり込まれるだろう。
ベアトリスは、その展開を避けようとするはずだ。
だからお茶会の席で、ベアトリスが直接的な手段を選ぶ可能性は低い。
「じゃあ、お茶会に出席しても大丈夫なの?」
「可能性で語るなら、そこまで危険はございません。ただ、危険が全くないとも言い切れません。なぜなら、敵はベアトリス第二公妃だけではありませんから」
ベアトリスの後ろ盾である第二王子派。
彼らの目的は、アルヴェイン公王家を自分の陣営に引き込むこと。
第一王子派を不用意に刺激したくないベアトリスとは違い、手段を選ばない可能性がある。
「じゃあ、欠席するべき?」
「安全を優先するのなら、そうするべきでしょうね。ただ……」
私が言葉を濁すと、シエルがその後に続いた。
「欠席はあまり望ましくないと思われます」
シエルの言うとおりだ。
レオンハルトは次期公王の地位を争う上でのライバルだ。だけど同時に、同じアルヴェイン公王家の人間でもある。あまり距離を取り過ぎると、エルディア王国に付け込まれる可能性がある。
少なくとも、ヴィオラが次期公王となるのなら……って、あれ?
「そう言えば、ヴィオラ公女殿下は当主になりたいのですよね?」
回帰前がそうだったから、当然そういうものだと思い込んでいた。けど、よくよく考えると、ヴィオラがどうしたいか、聞いたことはなかった。
「うぅん……なりたいは少し違うかな。私は、当主にならなくちゃいけないの」
「義務、ということですか?」
「違うよ」
ヴィオラは首をふるふると振った。
それから、机越しに私を見上げる。
「私はね、本当はみんなと仲良くしたいんだ」
「……みんな?」
「お父様やレオンハルト、それにベアトリス第二公妃様とも」
アルヴェイン公王や、腹違いの弟は分かる。
けど、第二公妃まで?
「第二公妃は、貴女を離宮に追いやったのですよ?」
「……そうだね。でも、私がもっと小さい頃は、優しかったんだよ?」
「小さい頃というと……本宮で暮らしていた頃の話ですね」
つまり四歳までの話。
完全記憶能力を持つヴィオラだからこそ言えることね。
でも、そうか……その頃は優しかったのね。
それなら、その態度はベアトリスの本心、だったのかもしれないわね。
なぜなら、アルヴェイン公王家の後継者争いは少し複雑だから。
ヴィオラを次期公王に推す第一公妃派と、レオンハルトを次期公王に推す第二公妃派。それぞれには、エルディア王国の二大派閥を代表する実家が関わっている。
後継者争いがベアトリスの望みではなく、実家の意向である可能性は否定できない。
……だとしたら、あぁそうか。パーティーの席で、彼女があんなにも敵意をむき出しにしたのはそれが理由ね。
彼女は、派手に断罪劇を開演した私を見て、第一王子派の工作員だと思ったのだ。
であるならば、複数の可能性が浮上する。
一つは、ヴィオラの暗殺未遂にベアトリスが関わっていない可能性。
もしそうなら、このタイミングでお茶会の席を設けた理由にも説明が付く。
ベアトリスは、ヴィオラと真っ向から対立することを望んでいない。だからこそ、第一王子派の工作員かもしれない私を、ヴィオラから引き剥がそうとしている、と。
第一王子派の望みは、ヴィオラが公王になること自体ではなく、それを通じてアルヴェイン公王家を、自分の派閥に取り込むことだからだ。
つまり、表面上は第一王子派を後ろ盾に持つヴィオラと、第二王子派を後ろ盾に持つレオンハルトという形だけれど、実際は四勢力の思惑が入り乱れている。
ただ、エレオノーラを失った第一公妃派はいまや纏まりを欠いている。
いまのヴィオラに、彼らを纏める力はない。なのに、ヴィオラは今後、第二公妃派、第二王子派、そして第一王子派の三つの勢力。このすべてを敵に回す可能性がある。
そうなれば、何物でもない、いまのヴィオラは苦戦を強いられるだろう。
でも、だからこそ、これは好機だ。
なぜなら、自分以外の三勢力を敵に回す可能性があるのはベアトリスも同じだからだ。
つまり、一対三の構図を回避して、アルヴェイン公王家の後継者争いと、アルヴェイン公王家とエルディア王国との対立、という二つの構図に切り替える。
もちろん、コトはそう簡単にはいかない。
とくにいまは、私が第一王子派の人間かもしれないと疑われているから。
だけど、それらを覆したなら、力を持たないヴィオラが本来の力の一部を取り戻すチャンス。
そのための方針は決まった。
後は、ヴィオラにその覚悟があるかどうか。だけど、その問いは口にするまでもなかった。
ヴィオラが、覚悟を秘めた顔で微笑んだから。
「みんなと仲良くしたいのに、私の立場が弱いから許されない。自分の力で前に進まなきゃ、なにも手に入れられないって気付いたの」
脳裏によぎったのは、回帰前のヴィオラ。
もう少し早く出会えていたら、私と友達になれたかなと、彼女はそう言った。
「だから、私は当主になる。みんなと、仲良くなるために」
……びっくりするくらい甘いわね。でも、ただ甘いだけじゃない。ヴィオラはその甘さが隙に繋がることを知っている。それでも、全部抱えると決めているんだ。
私は、そんな甘さが嫌いじゃない。
それに、私の目標をヴィオラの成長を促すこと。
ヴィオラがやる気なら、私も覚悟を決めよう。
「わかりました。では、お茶会に立ち向かう方向でがんばりましょう」
「うんっ!」
「いい返事です。ではお茶会まで一週間、社交界における舌戦を徹底的に学んでいただきます」
「舌戦?」
「お茶会なら、侍女の私が背後に控えることは可能です。ですが、パーティーのように会話に割り込むことはまずできません。なにより、相手は私を排除しようとするはずです」
親子水入らずで話したい、なんて、一番ありそうなパターンだ。
それらに、ヴィオラは自力で対処しなければならない。
だから――
「あらゆるパターンを想定して、対応策を教えます。だから、ヴィオラ公女殿下は、そのすべてのパターンを暗記して、上手く返せるようになってください」
「うん、分かった!」
ヴィオラは元気よく頷いた。
けれど、シエルが難色を示す。
「対策は必要です。ですが、あらゆるパターンを想定するなど不可能です。ましてや、その対策法を一週間で暗記するなど、いくらヴィオラ公女殿下の記憶力がよかったとしても……」
不可能だと、シエルの目が訴えていた。
でもそれは、ヴィオラの凄さを知らないからだ。
「ヴィオラ公女殿下なら可能です。私は、そう確信しています」
「……公女殿下は、そこまでの記憶力をお持ちだと?」
「私はそう確信しています」
ヴィオラはすごいんだから。
そんなふうに笑うと、シエルは肩をすくめた。
「……分かりました。それが可能だとしましょう。ですが、貴女はどうですか? あらゆるパターンを想定して、その対処法を提示する。それが可能だと言うのですか?」
「ええ。今回は状況が限定しているので」
第二公妃がなにを言うかは想定しやすい。
だから対処は可能だと伝えると、シエルは乾いた笑いを零す。
「それはつまり、舌戦における、あらゆる状況に対処できると言っているも同然なんですが……」
本気で言っているのかと、顔を覗き込まれる。私は肯定も、否定もせずにその視線を無言で受け止めた。無言で見つめ合う。最初にその沈黙を破ったのはシエルだった。
「……分かりました。その方針で行くというのなら、私も可能な限りサポートしましょう」
「シエルが手伝ってくれるのなら心強いわ」
こうして、私たちはお茶会に向けた対策を立て始めた。
「……なんですか、この怪物たちは」
しばらくして、シエルがぼそりと呟いた。本番を想定して真剣に練習をしているヴィオラには聞こえていないと思う。でも、主に対していう言葉ではない。
なんて、私も心の中では、普段から言っているセリフだけど。
「気持ちは分かるわ。暗記したパターンを完璧に返すだけじゃなくて、パターンを組み合わせて、応用的な返しまで出来るなんてね」
おかげで、お茶会の対策は想定以上の速度で進んでいる。
「いえ、ヴィオラ公女殿下はもちろんですが、貴女も大概ですよ。よくあれだけのやり取りを想定できますね。まるで、自分自身がそういう経験をしたかのようですね」
おっと、怪しまれているわね。
「私はただ、第二公妃が言いそうなことを想像しただけよ。でも、シエルがそんなふうに言うってことは、私の想像力が上手く働いている、ということなのでしょうね」
褒められて悪い気はしない。という素振りを見せると、シエルは「そうですか」と息を吐いた。私はすかさず、別の話題を振る。
「そういえば、使用人の入れ替えについて、セレーネが手伝っていると言っていたわね。どう? 信用できそうかしら?」
「真面目に働いてくれていますよ。使用人の評価については、若干の甘さがありますが」
「甘さ?」
「この報告書を」
シエルに渡されたそれに目を通す。
私が提出した情報を元にセレーネが完成させた、使用人の評価シートだった。そして赤線を引かれたところには、少し予想外のコメントが書かれていた。
メイド長と、ミアに情状酌量の余地がある、というコメントだ。事なかれ主義に徹していたメイド長は分かるけど、私に仕事を押しつけてばかりだったミアを庇っているのは興味深い。
ただ、詳しく書かれた内容が事実なら、庇うことも理解できる。
だから問題なのは、その内容が正しいかどうか。
「……これ、本当?」
「少なくとも、否定する情報はありません」
つまり、確認するだけの価値はある、ということだ。こんな情報が得られるのなら、セレーネを味方に引き入れた価値もあったというものね。
なら、確実に味方に引き込むためにも、次は飴を与えなくちゃね。
「シエルはヴィオラ公女殿下をお願い。ひとまず、セレーネに会ってくるわ」
ヴィオラ公女殿下の私室を後にして、私はセレーネが匿われている部屋を訪ねる。特定のリズムでノックをすると、ほどなくして中から部屋の鍵が開かれた。
「あれ? ノクス様」
「元気しているようね」
挨拶を交わしながら部屋の中へと滑り込む。そのまま扉の鍵を掛けて、セレーネへと向き直った。顔色は決して悪くない。けれど、セミロングの髪は少しだけ乱れている。
やはり、軟禁生活は彼女に負担を掛けているようだ。
「不便を掛けるわね」
「いえ、私はそれだけのことをしましたから」
殊勝な態度なのはいいけど……
「どうして敬語?」
「だって、侍女、だったんですよね?」
「……ん? あぁ、別に身分を隠してたわけじゃないわよ」
メイドとして働いて数日で侍女になり、職務怠慢な使用人たちの首を飛ばしているものね。内偵をおこなっていた侍女だったと、思われるのも無理はないわ。
「そうなのですか?」
「ええ。私が侍女になったのは、ヴィオラ公女殿下の選択よ」
「……なるほど。では、やはりこのまま敬語で話させてください」
気持ちの切り替えが早いわね。
ナタリアに歪められただけで、もともと優秀なメイドだったんでしょうね。
「そうそう。貴女の報告書を見たわ。メイド長やミアがヴィオラ公女殿下を護ろうとしていたのは本当のことかしら?」
「はい。といっても、ナタリア様の命令に対して、消極的だったという程度ですが。命令に逆らえば辞めさせられるので、仕方がなかったのかな、と」
「……なるほどね」
自分の保身を優先したと取ることも出来る。
でも、友好的な使用人が次々に辞めさせられていけば、最後に残るのは悪意ある使用人だけだ。辞めさせられないように立ち回ることで、それを防いでいたとも言える。
……やっぱり、自分で話を聞いた方がよさそうね。
「ありがとう。貴女の意見は参考にさせてもらうわ」
「はい。最終的な判断はお任せします」
へぇ……。
ここで感情に流されず、客観的な報告がちゃんと出来る、か。
なかなかに優秀ね。
「っと、そうだった。がんばってる貴女にグッドニュースよ。クルトを無事に保護したわ」
「――本当ですか!?」
っと、すごい勢いで詰め寄ってくるわね。掴みかかられるかと思って、思わず間に肘を差し込んで距離を取ってしまったじゃない。
「いまは治療中だけど大丈夫、数日中に会わせてあげる」
「……っ。本当に、クルトと会わせてくれるんですか?」
不安と期待に揺れているわね。
無理もないわ。セレーネは侍女に騙されたんだもの。
「これをごらんなさい」
闇鴉から送られてきた匿名の手紙を差し出す。
「機密保持のために、宛先も差出人の名前もないけれど――」
余計な言葉は不要だったわね。
手紙を読んでいたセレーネが涙を流し始めたから。
そうして手紙を読み終えた彼女は、その涙もそのままに私をまっすぐに見つめた。
「ノクス様、このご恩は忘れません。なんなりと、ご命令ください」




