エピソード 2ー7
――内装はあの頃と違うけど、どことなくあの頃の面影があるわね。
いや、この場合は、いまの内装が元になるのか。
まぁどっちでもいい。私はロウェンがローテーブルの向こうにあるソファに腰掛けるのを見て、その向かいにあるソファにストンと腰を下ろした。
その様子を見ていたロウェンが、どこか呆れたような顔をする。
「なに?」
「いや、ずいぶんと肝の据わった嬢ちゃんだと思ってな。いくつだ?」
「十五歳よ」
「……その割には小さいな。いや、態度は見た目以上にでかいが」
若干ディスられているわね。まあ、実年齢は十一歳だし、精神年齢はもっと大人だ。そういう意味で、彼の直感は正しい。
ロウェンはこの頃から優秀だったのね。
そんなことを考えていると、ロウェンがローテーブルの上に足を置いた。
……あら、意外ね。
行儀が悪いのはその通り。こちらを侮っているのも事実。だけど、その姿勢はどうしたって反応が遅れる。私に対して、争う気はないという意思表示でもある。
私はそれに応じる形で膝を組んで見せた。
それを見たロウェンが口の端を吊り上げる。
「嬢ちゃん、闇ギルドの流儀に詳しいのか?」
「まぁそうね、否定はしないわ」
私が怪しいのはいまさらだ。
どこかの組織の人間とでも思ってくれた方が都合がいい。
「だったら単刀直入に聞く。符牒は誰から聞いた」
「誰から聞いたかは教えられない」
「おい……」
ロウェンが剣呑な雰囲気を纏う。
「――でも、どこから漏れたかなら知ってるわ」
「……つまり、又聞きしたってことか?」
にやりと笑って見せた。
ロウェンは肯定の意味と受け取ったでしょうね。
本当は、嘘も真実も口にしていないのだけど。
「さっき、声を荒らげていた男がいたでしょう?」
「レイカーのことか? ……ハメる相手を間違えたな」
殺気が膨れ上がった。喉元に切っ先を突きつけられたような恐怖が襲い掛かってくる。私はそれを受け流し、ロウェンに向かって微笑みかけた。
「あの男は、第二王子派が送り込んだスパイよ」
この言葉は本当。
そして私は、ここまで嘘を一つも吐いていない。
レイカーが符牒を漏洩したとも言っていない。だけど、私の言葉を誤認した彼にはこんな疑念が生まれる。レイカーがギルドの情報を流しているかもしれない、と。
「にわかには信じられねぇ」
「別に、信じる信じないは好きになさい。私はただ真実を口にしただけよ」
彼の瞳がじっと私を見つめる。
その視線を受け止めていると、やがて彼は小さく息を吐いた。
「……そうか」
あら、意外と冷静ね。
デマとして処理した? それとも、心当たりがあったのかしら?
……まあ、どちらでもかまわないわ。
彼がこの情報を活かして、運命を変えるのなら、ヴィオラの頼もしい味方になってくれるかもしれない。だけど、彼が回帰前と同じ運命をたどるならそれまでだ。
「……ところで、嬢ちゃんは工作員かなにかなのか?」
「いいえ」
「惚けるな。いくらなんでも、裏事情に詳しすぎる」
私は小さく微笑んで、ゆっくりとソファから立ち上がった。
彼が警戒心を露わにするけれど、私はかまわずマントの両端を摘まむ。それをスカートに見立てて、その場で優雅にカーテシーをして見せた。
「ご挨拶が遅れたこと、ここにお詫びいたします。私はノクス。アルヴェイン公王家の娘、ヴィオラ公女殿下の侍女をしております」
ロウェンは……ふふっ、理解が及ばないと言いたげな顔ね。
「侍女だと? 冗談にしても度が過ぎているな」
「事実だからよ」
「あーつまり、密偵が侍女の振りをしている、ということか?」
まぁそう思うわよね。
侍女は普通、貴族の娘だもの。そんな侍女が、こんなところに一人で来るとは思わないでしょうね。ましてや、いまの私は男装だものね。
私はソファに座り直し、手の甲で肩口に零れ落ちた髪を払った。
「色々と訳ありなのよ。その辺り、察してくれると嬉しいわ」
「……そうか。色々と思うところはあるが……まあ、いいだろう」
彼は肩をすくめ、ローテーブルの上から足を下ろした。
そうして、身を乗り出してくる。
「それで、依頼というのはなんだ?」
「あら、聞く気になってくれたの? さっきの情報、信じたわけじゃないんでしょう?」
「確認はする。だが、現時点では――ああ、信じていない。だから、報酬は別によこせ。そのうえで、内容によっては依頼を受けてやってもいい」
「それなら、話が早くて助かるわ」
私は腰のポーチから、金貨の入った巾着袋を取り出し、ローテーブルの上に置いた。
「とある男の子を確保して欲しい。ただし、周囲にはそうとバレないように秘密裏に」
「……殺すのか?」
そんなことを気にするなんて意外ね。回帰前にも何度か取引をしたことはあるけれど、もう少し冷血な男だと思ってたわ。
さて、なんと答えるべきかしら?
レイカーの問題が残っている以上、真実を口にするのにはリスクがある。だけど、下手なことを言ったら、セレーネの弟が手荒に扱われるリスクも否定できない。
……そうね。
「どうせ分かることだから言っておくわ。その子は暗殺者の弟なの」
「ということは……暗殺者の身内として処分するのが目的か?」
その問いに対して、私は静かに首を横に振る。
「その子供は無関係よ。ただ、なにか預かっている、なんてこともあるかもしれないでしょう? だから懐柔して、そういった情報を引き出すのが目的よ」
「だから丁重に、誰にもバレないように確保しろ、と?」
答えの代わりにクスリと笑う。
「いいだろう。その依頼、受けよう」
「ありがとう、貴方の働きに期待するわ」
差し出された手を取って握手を交わす。
彼は私の手を握ったまま、「一つだけ聞かせろ」と口にした。
「……なにかしら?」
「なぜ俺に依頼した? 裏切られるかも、とは思わなかったのか?」
あぁ、私の真意を知るために、手を掴んだまま質問をしたのね。
私が動揺すれば、その反応が分かるように。
「それなら答えは簡単よ。貴方は私を裏切らない。それを知っているから依頼したの」
「……は? なにを根拠に」
「エルディア王国の貴族に恨みがあるでしょう?」
回帰前にレイカーから受け取った情報の一つ。ロウェンは元、アルヴェイン公王家に連なる貴族の息子だ。だが、アルヴェイン公王家を取り込まんとするエルディア王国の貴族に家を潰された。
だから、ロウェンはエルディア王国の貴族を嫌っている。
確信のない情報だったけど……手を握ったまま質問をしたのは失敗だったわね。握手をした手を通じて、彼の動揺がわずかに伝わってくる。
レイカーの情報は正しかった。
表向きは金で動いているが、根本的なところではアルヴェイン公王家に加担している。だから、彼がヴィオラ公女殿下の侍女を名乗った私を売ることはない。
少なくとも、いまこの時点では。
「安心なさい。このことは、誰にも言わないわ。貴方が裏切らなければね」
「……怖い嬢ちゃんだな」
握手を止め、ロウェンは小さく息を吐いた。
「頼もしいでしょう? 私たちは共通の敵を持つ人間なのだから」
「はは、そうかもな。なんにせよ、長い付き合いになりそうだ」
「……そうね。今度は、きっと」




