表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私を殺した公女、いまは幼女  ――私以外に、負けるな。【連載版】  作者: 緋色の雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/15

エピソード 2ー6

 回帰前のある日。

 私はとある酒場の一角でお酒を嗜んでいた。この頃は成長も著しく、異性に限らず声を掛けられることも多かった。だから、ローブで顔を隠していた。

 にもかかわらず、粗野な身なりの男が向かいの席にどかっと座った。


「よう嬢ちゃん、晩酌してくれねぇか?」

「消えなさい」


 素っ気なくあしらうけれど、男はどこ吹く風だ。ウェイトレスの尻に伸ばした手を叩き落とされながら、負けじと酒を注文した。


「マスターの行動予定だ。アルヴェイン公王家に接触しようとしている」


 周囲の視線がないことを確認。男は私に紐で纏めた紙の筒を投げてよこした。私はそれを空中で受け取り、さっと懐の中にしまう。

 彼はレイカー。

 闇ギルド、闇鴉に所属する、マスターの右腕を名乗る男だ。


 回帰前の私は、彼を情報屋として使っていた。でも、このときに得た情報は闇ギルドのマスターの行動予定、それにある秘密が記されている。

 それらは、私が依頼した情報ではない。


「こんな物をよこして、どうしろって言うの?」

「俺がマスターになれば、今以上に情報を流してやれる。だが、マスターがこのまま第一王子派に所属したら、いままでみたいに情報を流すことは出来ないかもな?」

「だから、いまのマスターを始末しろと?」


 レイカーは答えず、にやりと下卑た笑みを浮かべた。


「貴方、マスターに恩を返すんじゃなかったの?」


 子供の頃、路頭に迷っていた頃に拾われた。

 その恩を返すと、酔っ払ったレイカーが零していたはずだ。


 なのに、いまはマスターを殺せとほのめかす。

 私をはめる罠にしてはお粗末だ。だけど、事実だとするならあまりに不義理。彼の言葉が信用できるかどうか、彼の反応を慎重にうかがう。

 だけど――


「質問しているのは俺だ。乗るのか乗らないか、どっちなんだ?」


 彼の言葉に、マスターに対する情は感じられなかった。

 後から分かったことだけど、彼は闇鴉を掌握するために、第二王子派が送り込んだ子供の工作員だったらしい。だから、彼が恩義を感じているという話も嘘だったのだろう。


 闇鴉を乗っ取るために送り込まれた子供の姿をした道具。

 彼は結局、闇鴉のマスターの地位を奪い、自分を送り込んだ組織をも壊滅させた。自分を育てた恩人を裏切り、自分に力を貸した後ろ盾をも裏切った卑劣な男。


 でも、私が所属する組織にとっては、彼がマスターになった方が都合はよかった。

 だから私は、レイカーがマスターになるように手を貸した。

 ――回帰前のこのときは。


     ◆◆◆


 鏡のまえに立ち、ガラスの向こうにいる、もう一人の自分に目を向ける。自認よりもずっと幼い姿の私が、青く冷たい瞳で静かに私を見つめていた。

 私が身をよじると、もう一人の私の一つに束ねた黒いロングヘアがさらりと揺れた。


 白いレースアップのブラウスに、黒く細身のパンツ。上着にはフード付きの黒いロングマントを纏い、足は黒いロングブーツで覆った。

 マントの下、腰にはポーチ、そして剣帯を付ける。


 回帰前の私が好んだ装備。

 この街に来て最初に用意した物だけど……うん、悪くないわ。惜しむらくは、身長が十一歳相応、ということかしら。少しだけ、子供が背伸びをしているように見えなくもないわね。


 だけど、この小さな身体を動かすことにもずいぶんと慣れてきた。トレーニングも続けているし、少しくらいの荒事なら対処できるはずよ。

 だから――


「任務を遂行する」


 作戦目的はセレーネの弟の確保。

 この任務は、第二公妃に知られてはならない。そうしなければ、セレーネが死亡したという情報に疑いを持たれる可能性があるからだ。


 つまり、直接出向いての保護は危険。

 私は離宮を後にして、街の中にある灰鴉商会を訪ねた。


 表通りに面したそれは、煤けた石造りの二階建て。裏が倉庫になっていて、多くの馬車が出入りしている。主に運送業を営むその商会には裏の顔がある。


 建物の中に足を踏み入れると、受付のカウンターが見える。そのほとんどが若い女性――だが、端にある一カ所だけは強面のおじさんが立っている。

 当然、他と比べて並ぶ客がいない。


 私は、迷わずそのカウンターの前に立った。


「なんだ、おまえ。配達の依頼なら、あっちのカウンターに並びな」

「灰鴉の倉庫から、濡羽色の樽に入った貴腐ワインを一つ」

「……あ?」

「宛先と到着日時については相談したいのだけど」


 強面のおじさんの顔が険しくなる。

 普通の子供なら泣いているかもしれない。でも、普通の子供じゃない私は悠然と微笑み返す。余裕の態度で反応を待っていると、彼は「ついてきな」と席を立った。


 彼の後を追いながら、私は小さく息を吐く。

 灰鴉商会は闇鴉の表の顔である。そして、さっきのやり取りは、闇ギルドに取り次いでもらうための符牒――なんだけど、それを私が知ったのはいまから数年後。

 この時期は通じない可能性もあったのだけど……ひとまず、面会は叶いそうね。


 強面のおじさんは階段を上って二階へ。そうして廊下の突き当たり、仕掛けを作動させると隠し扉が現れた。その奥には、下へと続く階段が見える。


「先に行きな」


 促され、薄暗い隠し扉の向こうへ。

 階段を降り始めると、後ろの隠し扉が重い音を立てて閉まった。壁に設置された小さな魔導具の光だけが、わずかに足元を照らしている。


「早く降りな」

「急かさなくてもそうするわ」


 夜目は利く方だ。それに、暗いところでも動けるように訓練をしている。だから、暗闇の中で階段を降りること自体は問題ない。

 問題なのは――いや、なるようにしかならないわね。


 黙々と階段を降りる。

 おそらくは地下一階。扉を開けて、フロアへと足を踏み入れる。

 そのフロアは真っ暗でなにも見えない。


「どうして真っ暗なのかしら?」


 声を発すると、声がいくらか跳ね返ってくる。記憶にあるフロアはそこそこ広い。だけど、この跳ね返り方の少なさは、いくつも障害物があることを示している。

 そして、わずかに聞こえる無数の息遣い。


「ずいぶんと大げさなお出迎えね?」

「そうか、これでも気を遣ったんだがな」


 次の瞬間、部屋に設置された魔導具の光源が一斉に灯った。眩しさに目を顰める――と同時、男が一人、床の上を滑るように距離を詰めてくる。

 この空気――久しぶりね。


 私もほぼ同時に踏み込み、同時に腰に吊した細身の剣を抜き放った。男と私、それぞれの剣の切っ先が互いの首元に突きつけられた。


 互いに、相手の命を握っている。

 なにかの切っ掛けで拮抗が崩れれば、お互いに死ぬことになる。

 シィンと、静まり返るフロア。


 私は視線だけを動かし、男の姿を確認した。

 歳は四十くらい。身体はよく鍛えられている。くすんだブラウンの髪の向こうに怪しく光る黄金の瞳。野性味はあるが、整った顔立ち。

 その姿には見覚えがあった。

 闇鴉のマスターだ。


「ロウェン、これはなんのつもり?」


 問い掛けると、ロウェンの眉がピクリと跳ねた。


「……嬢ちゃん、何者だ?」

「ただの依頼人よ」

「嘘を吐くな」


 ずいぶんと警戒されているわね。この警戒の仕方は普通じゃない。どうやら、子供が依頼に来たから、というだけじゃなさそうだ。


「……符牒はあっていたわよね?」

「あぁ、あってはいる。だが、おまえがその符牒を知るはずがない」


 かすかに首を傾げる。

 首元に突きつけられた剣の切っ先が、零れ落ちた髪の一本を切り落とした。


「どうやら知らなかったようだな。嬢ちゃんが口にした〝濡羽色〟って言うのは、最上級の顧客だけが使う符牒だ。それを知るのは、俺が直接教えた相手だけだ」


 あぁ……そういうこと。たしかに、符牒を教えてくれたのはロウェンだった。なにも言われなかったから、特別な符牒だとは思わなかったわね。


 どうしたものかしら?

 言い訳をするにしても、今後を考えると下手なことは言えない。

 ……うん、決めた。


「認めるわ。これは人伝に聞いた符牒よ」

「だろうな。で、誰から聞いた?」

「教えるのはかまわないけど、代わりに私の依頼を受けてくれない?」

「――このガキ! モノを頼める立場だと思ってやがるのか!」


 部下の一人が声を荒らげた。

 あれは……あぁ、レイカーね。


 レイカーは扱いやすいけれど、義理や人情という面ではロウェンに遠く及ばない。どちらかを選ぶのなら、その答えは考えるまでもない。

 彼を一瞥した後、私は視線をロウェンに戻した。


「……どう? 悪い話じゃないと思うんだけど」

「――てぇめ! どうやら死にてぇみたいだな!」


 レイカーが声を荒らげ、その手に持った剣を振り上げる。

 この男、いまことを荒立てたら、ロウェンが死ぬかもしれないって分かってないのかしら? あるいは、そうなってくれた方が都合がいいと思ってる?

 厄介な状況。

 だけど、その緊迫した空気が弾けることはなかった。


「――待て!」


 ロウェンが制止の声を発したからだ。


「……嬢ちゃん、これが最後だ。生きてここから出たきゃ、誰から聞いたのかしゃべりな」

「言ったでしょう。依頼があるって」


 ロウェンと私、無言で睨み合う。十秒か、二十秒か、ほどなくしてロウェンが小さく息を吐いた。それから、私の首に突きつけていた剣をそっと下ろす。

 私もそれに併せて剣を引いた。


 ……どうやら、殺し合いにはならずに済んだみたいね。

 そっと息を吐き、剣を鞘にしまう。

 ほどなく、ロウェンは「こっちだ」とフロアの奥へと歩き出した。


「親父、どうするつもりだ!?」

「てめぇらは待機だ。念のために、他のやつがいないか外を警戒してろ」

「だが――」

「命令だ」

「わぁったよ」


 レイカーは渋々と了承、他の者たちも命令に従って動き始める。

 それを横目に、私はロウェンと共に奥の部屋へと足を運んだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ