エピソード 2ー4
「……貴女、厨房付きのメイドだよね? どうして私を殺そうとしたの?」
「それは……ええっと、その、なんとなく、です」
酷いわね。
時間はたっぷりあったのだから、言い訳くらいは考えておきなさいよ。孤児院育ちの子供でも、もう少しマシな嘘を吐くわよ?
そして、そんな感想を抱いたのはヴィオラも同じだったらしい。
「嘘吐かないで。誰かに命令されたんだよね?」
セレーネがピクリと身を震わせる。だけど表面上は取り繕って、「命令なんてされていません。私の独断です」と続けた。
「……ノクス、どう思う?」
「さきほど、セレーネが身を震わせたことに気付きましたか? あれは動揺したからです」
「え? あぁ……たしかに」
ふふっ、こういうとき、瞬間記憶能力があると強いわね。直前の光景を思い返して、それが事実だったと確認できるんだから。
でも、ヴィオラが本当にすごいのはたぶん、そこじゃない。
彼女は少し考える素振りを見せた後、「そっか、そこを見ればいいんだ」と呟いた。
……どうやら、なにをすればいいか理解したみたいね。
ヴィオラは再びセレーネに視線を向けた。
「ねぇ、セレーネは何歳?」
「え? 今年で二十歳ですが……」
困惑しながらも答える。
ヴィオラは、その様子をじっと観察していた。
「……あの、公女殿下?」
「あぁごめんね。じゃあ次の質問。そうだね……家族は居る?」
「りょ、両親は他界しています」
「ふんふん。いまのも……本当っぽいね」
……なるほどね。
まずは嘘を吐いていないときの反応を見て、嘘を吐いたときと比べるつもりなのね。一度見たことを忘れない。瞬間記憶能力を持つヴィオラには向いている方法ね。
とても八歳とは思えない。さすが未来の怪物。
だけど、最初から完璧に、とはいかなかったみたいね。
「ヴィオラ公女殿下、両親が他界していることと、家族が居るかどうかは別問題ですよ」
やんわりと指摘すると、セレーネが動揺した。ヴィオラは未熟だけど、セレーネも素人ね。言及を避けるなんて、隠したいことがあると言っているようなものじゃない。
でも、ヴィオラはしょんぼりと落ち込んだ。
「これで嘘を見抜けるかなって思ったけど……難しいね」
「考え方は合ってますよ。ただ、相手の反応は嘘と真実の二つではありません。その辺を踏まえて尋問すれば大丈夫です。一度、お手本をお見せしますね」
断りを入れ、セレーネの襟首を掴んで上半身を引き起こす。両手両足を縛られたままの彼女は、絨毯の上にぺたんと座った。
そのセレーネの顔を、じぃっと覗き込んだ。
「両親は居ないけど、兄弟姉妹が居るのでしょう? 兄や姉は――居ない、みたいね」
喋り続けながら、セレーネの視線や仕草を観察する。ここまで、緊張はしているけれど、反応はしていない。つまり、いま口にした候補に正解はない。
「つまり、弟か妹。……弟?」
セレーネは無反応を決め込んでいる。
だけど、弟と口にしたとき、彼女は無反応を貫こうとして息を止めた。
「ああ、弟が居るんだ」
「お、弟なんて居ないわ!」
動揺しすぎよ。
むしろその反応で確信したわ。セレーネの動機には、弟が関係している、と。
「弟のために、こんな重罪を犯すなんて、よほど弟のことが好きなのね」
「お、弟なんて居ないって言ってるでしょ!」
「無駄よ。調べればすぐに分かるもの」
セレーネが唇を噛む。
「いまのうちに言っておくわね。このままだと、貴女の弟もマズいことになるわ」
彼女は酷く怯えた顔をした。
「マ、マズいって、どういう意味?」
「貴女がやったことは公女暗殺未遂、つまり反逆罪が適用されるわ。貴女は処刑、そしてこのままなら、貴女の家族――弟も連座で処分されるでしょうね」
「――っ。弟は、クルトは関係ないわ!」
両手両足を縛られてなお、全身を使って訴えかけてくる。
……それだけ、弟――クルトが大切、という訳ね。
問題は、弟と暗殺にどんな繋がりがあるか、ね。
「そのクルトが人質に取られた……」
セレーネの呼吸が乱れる。だけど、さきほどのような動揺は見られない。
当たらずとも遠からず、といったところかしら?
そういえば、セレーネは最初から誰かの指示を受けて動いていた節があったわね。そして、何度か聞いた、私の体調を気遣う言葉。
「もしかして、クルトの容態が悪いのかしら?」
動揺したわね。
じゃあ後は簡単だ。
「ヴィオラ公女殿下を殺せば、クルトを治療してやるとでも言われた?」
「…………」
あらら、ついに黙っちゃった。
でも、その沈黙が答えなのよね。
つまり、弟を護るために、ヴィオラを暗殺しようとした。
たぶん、自分が殺されることも覚悟の上で。
泣かせる話ではあるけれど……
「それ、騙されているわよ」
「……な、なにを根拠に」
「根拠もなにも、貴女が暗殺に成功していたら、家族は問答無用で連座処分よ。そして失敗したいま、依頼主が貴女の弟を護る理由なんてない」
つまり、成功しても失敗しても、黒幕にセレーネとの約束を守るメリットがない。
むしろ、関わった証拠を消そうとするはずだ。
「そん、な、そんなはずない。あの方は、クルトの薬を用意してくれるって言ったもの!」
「その薬、もうもらったの? 私なら、そんな物証、絶対に渡さないけど」
セレーネは目を見張り――がくりと項垂れた。
「だ、だって、他に方法なんて……」
あぁ、なるほどね。
セレーネ自身、完全に信頼してたわけじゃないんだ。
それでも、弟を救える可能性があるのならと、一縷の望みに賭けた、と。
セレーネはたぶん、組織に生き方を学ばなかった私だ。
他人を食い物にするのではなく、他人に食い物にされる日常。
この世界は弱い人間に優しくない。
セレーネを可哀想と思わなくはない。
でも、同情で運命は切り開けない。自分の足で前に進むのなら、ここで情に流されてはいけない。ヴィオラは大丈夫かしらと視線を向けると、ヴィオラは胸元で拳をきゅっと握っていた。
「ヴィオラ公女殿下、同情なさったのですか?」
「え? あ、その……えっと」
視線が泳ぐ。その仕草は明らかに肯定を示していた。
ヴィオラ自身もそれに気付いたのだろう。小さく息を吐き、それからコクンと頷いた。
「……私ね、弟が居るの」
……意外ね。
弟がいる事実が、じゃない。いまこのタイミングで弟の話題を出すことが、だ。
だって、ヴィオラの弟というのは、第二公妃の息子だから。
ようするに、第二公妃がヴィオラから次期公王の座を奪い、与えようとしている相手。回帰前もとくに交流があるようには見えなかったけど……いまこの時期は、嫌っていないのね。
いやそれより、問題はそのことをいまこのタイミングで口にしたことね。
「同情して、どうするつもりですか?」
「それは……」
答えられない、か。
セレーネを許すのは論外だ。
でも、ヴィオラはまだ八歳、この事情を知って揺れるなというのも無理な注文よね。
「……ヴィオラ公女殿下は、どうなさりたいのですか?」
「えっと……その、助けてあげたいと、思う」
「そうですか……」
怪物ヴィオラとしては零点。
だけど、優しい女の子だ。あるいは、年相応とも言える。
なにより、ヴィオラは決して、血も涙もない冷血な女ではなかった。
だとしたら、この答えは正解? 私は彼女の意見を肯定するべき?
……分からないわね。
「あ、あのね。ちゃんとダメなことは分かってるよ。ノクスが護ってくれなかったら、私は殺されてた。次も護ってもらえるとは限らない、って」
「……そう、ですか」
殺され掛けたことを、後に至る危険性を理解してなお、同情しているのね。
回帰しても、幼くなっても、ヴィオラはヴィオラなのね。
「じゃあどうしますか?」
「弟の安全と引き換えに情報を引き出す、なんていうのはどう?」
「悪くない答えです」
八歳の幼女であることを考えれば満点を上げたっていい。
でも、それじゃ根本的な解決にはなってない。それで弟を救えても、セレーネ自身を救うことは出来ないから。だから、ヴィオラはもう一度、葛藤することになるでしょうね。
だから、そのときは、少しだけ手を貸してあげよう。
そんなふうに考えながら、彼女の尋問を眺める。
「それじゃ、単刀直入に聞くね。黒幕は誰?」
「それは――」
セレーネは視線を彷徨わせた後、観念したようにポツポツと話し始めた。
だけど、結論から言うと、本当の黒幕は分からなかった。
セレーネは、黒幕を侍女のナタリアだと思っていたからだ。
いつもと同じ、ナタリアの遣い。そのメイドに、クルトを救う薬が欲しければ、ヴィオラを暗殺するようにと、昨日の夜に命じられたらしい。
でも、ナタリアは昨夜の時点で失脚して、拘束されている。
つまり、黒幕はナタリアとセレーネの関係を知る誰か。
指示を伝えたメイドを拘束できればいいのだけど……もう離宮には居ないでしょうね。
「……ノクスは、いまの話、本当だと思う?」
「おそらくは。ここで嘘を吐くメリットがありませんから」
「そっか、そうだよね……」
ヴィオラの愛らしい顔が苦悩に歪む。
セレーネが騙されただけだと知って、完全に同情してしまったみたいね。でも同時に、情に流されちゃダメなことをちゃんと理解してる。
だったらまぁ……ここら辺が落とし所かしらね。
「ヴィオラ公女殿下は、セレーネのことも許してあげたいと、そう思っているのですか?」
「それは……その、ごめんなさい」
「謝ることはありませんよ」
殺され掛けたのはヴィオラだ。
その当人が、公国の公女が許すと決めたのなら、罪を許すくらいは難しくない。
それに、私はヴィオラを回帰前以上の怪物に育てると決めている。
でもそれは、回帰前より冷血にする、という意味じゃない。宿敵である私と友達になんて口にする甘さがあったからこそ、彼女を慕った者もいるはずだ。
私は、彼女自身の矜持を否定するつもりはない。
だから――
「いっそ、セレーネを味方に引き入れる、というのはどうですか?」
「味方に?」
「セレーネを味方陣営に引き込み、相手の情報を手に入れるんです。普通なら、再びの裏切りを警戒する必要に悩まされることになりますが……まぁ、彼女なら大丈夫でしょう」
「大丈夫って……どうして?」
ヴィオラがコテリと首を傾げた。
「一つ目は、彼女に貴女に対する敵意はない、ということです」
「……え? 殺されかけたんだよね?」
「ええ。ですがそれは、ナタリアに命じられたからです。もしもナタリアの命令が公女殿下を守ることだったなら、セレーネは命懸けで貴女を守ろうとしたでしょうね」
それは、短剣を振り上げたときに謝っていたことからも明らかだ。
そして二つ目。
「彼女がナタリアに従ったのは、ナタリアを心酔しているからではありません。彼女が命令に従ったのは弟を護るため。つまり――」
「……弟の安全と治療を約束すればいい?」
さすが、優秀ね。
「弟のために命を懸けられることは証明されています。こちらが義理を果たせば、彼女は貴女を守ってくれるでしょう。問題は、暗殺され掛けた事実を、貴女が許せるかどうかですが……」
許すというのは、誰にでも出来ることじゃない。ましてや、自分を殺そうとした相手ならなおさらだ。普通は、そんな人間を許したりしない。
だけど、そんな悪意すらも呑み込んで、懐をの深さを証明できたのなら――
私の前で、ヴィオラはギュッと目を瞑った。
しばらくして目を開いたヴィオラは、ゆっくりとセレーネに向き直る。
「ノクス、彼女の拘束を解いて」
「危険ですよ?」
「分かってる。でも、ちゃんと目を見て話したいの」
「かしこまりました」
まずは両足の拘束を解き、続けて両手を縛る拘束を解く。私はいつでもセレーネを取り押さえられる位置取りを保ちつつ、二人の様子を見守る。
セレーネはまだ状況を飲み込めていないのだろう。絨毯の上にへたり込んだまま、困惑した様子でヴィオラを見上げている。
だが、ヴィオラは覚悟を秘めた瞳でセレーネを見下ろしていた。
「セレーネ、話を聞いていたよね? 私の味方になるつもりはある? もしも従ってくれるのなら、貴女も、弟のことも、私が救ってあげる」
ヴィオラの言葉に、セレーネは大きく視線を揺らした。それから胸の前できゅっと手を握り、ゆっくりとヴィオラの姿を見上げた。
「……なぜ、そこまでしてくださるのですか?」
「私を陥れようとしている人がいる。その人に対抗するためには、貴女を味方にした方がいいと思ったから。……それに、貴女はちゃんと、働いてくれていたから」
それは当たり前のことだ。
でも、ヴィオラの周囲にはその当たり前をしてくれる人がいなかった。
飢えた子供にとっては、一切れのパンが同じ重さの黄金より貴重なときもある。きっとヴィオラにとって、セレーネの振る舞いは得がたいもの、だったんでしょうね。
「さぁ、私は理由を言ったよ。後は貴女の返事を聞くだけ」
「あ、ありがたいお言葉ですが、私は公女殿下を殺そうとしたんですよ?」
「うん、そうだね。だけど、許してあげる」
ヴィオラが微笑むと、セレーネは信じられないと目を見張った。
「許すって、そんな簡単に……」
「簡単なんかじゃないよ。……でも、貴女の事情を聞いて、貴女にしてもらったことを考えて、それで助けてあげたいって思ったの。だから、今回だけは貴女を許すって決めたんだよ」
ヴィオラは、幼くてもヴィオラなのね。
たとえ未熟でも、彼女の本質は変わっていない。
でも、セレーネはまだ迷っている。だから、私は咳払いをする。
驚いたセレーネが私を見上げた。
「貴女には選ぶ権利がある。ナタリアに義理を通したいのなら断ってもかまわない。でも、弟を救いたいのなら従いなさい。これは貴女に巡った、正当な取引よ」
後ろめたく思う必要はない。
そう示唆すると、セレーネは胸の前で拳をギュッと握った。
「ヴィオラ公女殿下、どうか弟と私をお救いください。それが叶うのなら、他になにも望みません。残りの人生、私のすべてを貴女に捧げます」
神妙な顔でかしこまる。
ヴィオラが約束を果たせば、その言葉は本物へと昇華するだろう。だからきっと、後の歴史書にはこう記されるはずだ。
ヴィオラは自らを殺そうとしたメイドを許すことで、最初の忠臣を得たのだ――と。




