第七十六話
「うーん、一段階目の縮帆でなんとかなってるけど二段階目にした方が良いのかなぁ……。この風速ってまだ続く感じなのかな?」
西南西に進路を落とした小型帆船はかなりの強風の中を滑走していた。
「海面はほとんど風で押されちゃって海流は少し沈んだ場所に押し込まれてる。表面的に潮目も見えないし結構辛い状況になってるね」
水中探査で海流の状況を調べていたリーグが呟いた。
本来は存在を認知されている大きめの海流までもが海中に潜っていた。滑走していると気にならないが通常の帆走中であれば舵を取られる状況だった。
最近ではフェルノート王国から方位磁石の入荷もあり積んでいる船も増えてきている。海流に押され方位を失っても航路に復帰する事が容易になってきていた。
「この状況は距離が離れると海中に潜ってるのかは正直分からないんだよね。海流自体の乱れも多いから海巫女としては警告を出すしかないかなー」
ブラナン島に近寄ってきたが海流は暴風が残した強い南風でかなり荒れていた。
「この先に擬似的な境界が出てくるわ。境界で南風が吹き上がるから近寄らないのが重要よ。もう少し南に落として……しばらくは南西にしましょう」
海流を確認していたリーグに風を詠んでいたリーナが進路の変更を伝えた。
「思っていたより境界が強いわ。暴風が通過したばかりだから船は出て来ないと思うけど……吹き上がりに巻き込まれると最悪マストが倒れるかもしれないわ」
「どれぐらいで落ち着くと思う?」
暴風でブラナン島周辺の航路は全て閉じているはずである。落ち着いた航路から開放される事になる。リーグとしては風による閉鎖状況が気になった。
「西側の状況も見ないとちょっと不明な感じね。この辺りの吹き上がりは夜には終わると思うの。東側の風は明日には平常に近づいていくと思うわ」
既にブラナン島が見えてきていた。強い南風と複雑に乱れた海流が猛威を奮っていた。小型帆船も滑走を止めたら海流に飲み込まれる可能性があった。
「状況は混沌というのが分かったしリフールに入ろう」
リーグはリーナにブラナン島の北岸に滑り込む航路を示した。それなりに南に落ちてきているので海流の隙間で北に再度登る航路を取ることになる。
リーナはティラーを引き取舵を当て南西に向いていた船首を西に向けた。リーグは絞り気味にジブセイルとガフセイルを風に沿わせた。
リーグは水中探査で海流を確認し滑走を止める位置取りを決めリーナと位置を変えリーグが船尾に入りリーナが船体中央に移動した。
「この先はジブ帆で引っ張って。滑走が止まったら追風になるのでガフ帆はこっちで調整するね。北に上がったら場所を交換してリフールに向かうよ」
リーグは北に登るルートまで滑走で抜け取舵を強く当て船首を北に向けた。
メインブームを左舷側に出せるだけ押し出した。リーナがタック側のフックを外しクリューと繋がったロープを外し左舷側のクリートに掛けて固定した。
船首を北に向けきった位置でリーグはラダーを中央に固定しリーナと場所を交代した。ジブシートを外し右舷側を引きジブセイルを右舷側に広げた。
「追波が大きくなってるから注意して。いっそのこと追波に押してもらう?」
追波が容赦なく船尾を押し上げ始めた。こうなると平らに仕上げてある小型帆船は船尾を持ち上げる力を受けすぎるためピッチングが厳しくなっていった。
「普段はここまで追波は立たないんだけど風が厳しすぎるかー。船尾側の水壁を少し工夫してみる。突き上げがあるかもしれないから注意して」
リーグは船底の船尾側半分に抵抗のない水壁を展開した。急いで滑走を始める時に展開し船底の剥離抵抗を外すための水壁である。
加えて船尾に抵抗を強めにした水壁を展開した。本来であれば前に進むことで発生する渦抵抗を外すために抵抗のない状態で展開する水壁である。
小型帆船は追波に押され速度が上がった。それに対して小型帆船のピッチングが悪化し前後に大きく揺さぶられる事になった。
「揺れが酷くなったよ?」
リーナのいる船体中央は比較的ピッチングの影響を受け難いが苦情が出た。
「帆が受ける風も不安定になってバタつくからこれはダメだね。追波と同じ速度で前に進めば良いけど……それはちょっと無理みたいだし……」
リーグは水壁の展開を解除した。解除した直後はピッチングが酷くなったが周期的に追い掛けてくる追波のリズムに合わせて落ち着いていった。




