第七十五話
朝日が海面から顔を出し周囲が光で溢れた。海面の照り返しが波で乱舞し視界は完全に閉ざされた。リーナとリーグは目を細め明るさに慣らしていた。
「朝日が出る瞬間はほんと眩しすぎるわ」
細い目のまま目をパチパチしてリーナは苦情を口にした。目が慣れれば素敵な光景だが光が溢れ出た瞬間だけは目の保護に全力を傾ける必要があった。
特にリーナは前に日の出と寝起きが重なりムクッと起きた瞬間に光が溢れ出た。そして目を押さえてコクピットを転げ回った光溢れる黒い歴史があった。
「そういえば昼寝用に黒く染めたレジンシートあったでしょ? あれって小さくして目に貼ったら眩しくないかもしれないね。海中メガネにしてみる?」
リーグは昼寝の時に使う目隠し用のレジンシートを思い出した。水で濡らして目の上に置くと気持ちよく夜間航行を前にした昼寝では必ず使っていた。
リーグの提案にリーナは「ふむぅ」と出来を想像していた。
「それは良いかもしれないわ。海中メガネなら落ちないし。全体的にフワッと感を持たせて作れば面白いかもしれないわ」
海中メガネはリーナがデルア製布工房で作っていた。工房には魔力照射魔道具が完備されているのでリーナは小物を良く作りに行っていた。
ちょっと特殊なレジン糸を作ったりするためデルア製布工房はレジン粉を処理する設備も併設されている。リーグも子どもの頃は良く遊びで作っていた。
「形は考えてみるから型はリーグが作ってね。ついでにリーグがなくした海中メガネも作っておくわ。だから最終的な型は金属で仕上げておいてね」
リーグが懐中メガネをなくしたと気が付いたのは随分と前である。作ってもらおうと思いつつ優先順位が低く頼むのをずっと忘れていた。
その忘れていた海中メガネが金属型の取引材料になっていた。リーグは苦笑いを浮かべながらも頷いた。金属型は作るのが面倒だが頷くしかなかった。
「……ギリギリいけるわ。もう少し冷却保管箱の性能が良ければって思う。でもリーグが冷却室を作ってくれるし楽しみが一杯だわ」
リーナはいつの間にか船尾まで来てスターンに嵌め込んだ冷却保管箱から環礁ベリーを取り出して味見していた。どうやらギリギリのようだった。
「これは私の方で食べておくから朝食の準備はお願い。黄色いツナの切身を生と湯通しにしましょう。飲み物はココナツ水で良いと思うの」
リーナは当て舵を調整し船の揺れを減らした。そしてリーグにピークハリヤードを少しだけ緩めるように指示してメインブームのクリューを少し張った。
「あっ、ジブハリヤードも少しだけ緩めて前縁に遊びを作って。全体的に帆の張りを逃がしておきましょう。風速はまだ上がっていくから朝食後に縮帆ね」
リーナが風の機嫌を詠んでセイルトリムをリーグに指示した。
「もう少し南に落とさないと擬似的な境界に嵌まりそうな気がするの」
モグモグと切身を食べながらリーナがリーグに進路の話を始めた。
「あの暴風が南風を引っ張りながら進んだから風が集まりすぎたの。あと暴風はかなり速度が落ちた状態でブラナン島の南岸を抜けたみたいね」
リーナは暴風の残滓を辿って進んだルートを確定させていた。ブラナン島に直撃はしてないがかなり近かったとも話した。しかし問題は風向きと指摘した。
「ブラナン島に東風が吹くことは少ないわ。確かに強い暴風は南を抜けるけどほとんど南風を強めていくだけなのよ。慣れない方角からの強風なのが厄介なの」
リーナは南北に長いブラナン島は南風は南端から左右に別れて流れていると話した。リーグもブラナン島の形は知っているので頭の中で整理した。
「まずいのは南半分ね。北半分は東西の幅が広いけど南半分は細いでしょ? 中央に連なってる山々が中途半端な壁になっちゃうはずよ」
リーグは東から風が流れてきた時の状況を想像してみた。
「東から入ってきた風は海岸線を抜けたら山にぶつかるよね。で……風が巻いて反対側に落ちる……西側は乱流が落ちてくるってこと?」
リーグは風の動きそのものは理解しているので答え合わせをした。
「そうね。山に当たった風は巻いて吹き上がるわ。でもね……そこには西に向かう風がいるのよ。巻き上がった風が上空の風にはたき落とされてるの」
はたき落とされた風は怒りながら落ちていくと風の気分も解説した。
「海なら波が生まれて風は弱まる。それが地上だと波は生まれないから風の巻く速度だけが上がる感じになるのかな。たぶん木々の隙間にも入れないね」
木々の間を抜ければ風も弱まるが山肌の木々はその風を受け入れない。
「南半分の街道の調査と補修は始まってると思うの。そこに警告が不十分のまま次の暴風が入れば作業してる人たちがかなり危険だわ」
リーグはリーナが何を危険視しているのか理解した。警告の遅れによる二次被害ともいえる怪我人と行政に必要な情報連絡の喪失だった。




