第七十三話
大海原を長い航跡を引きながら小型帆船が滑走していた。船上ではリーグがウルフ肉のコネ焼きを作りパンに挟んでリーナに供給していた。
滑走に入ると風を詠み揺れる風上に合わせてティラーをチョイチョイと動かしていた。ティラーはレジンで作った弾力性のあるロープで固定されていた。
雑談の内容はリーグが造船予定の次期小型帆船やブラナン島近海の海流の異変など幅広かった。実際は思いついた事をダラダラと話しているだけだった。
昼食も終わり暴風の残滓も越えたのでタックし北北西に進路を変えた。
リーグは夜間航行を行うため昼食後は仮眠に入った。リーナは安定した風を詠みながら編み物をしていた。神殿の女の子たちに配るレースリボンを編んでいた。
神殿には色々な理由で多くの子ども達がいる。夜にはお迎えが来て帰宅する子もいるが生活の場を神殿としている子どもも多い。
神殿にいる子どもは衣食住に困っているわけではない。衣類などは季節ごとにリフールの住人たちが持ち込んでくれるし食べ物も特に困る状況ではなかった。
リーナはデルア製布工房で遊びながら縫製や編み物を覚えた。中でも編み物が気に入りずっと編み物をしている事が多かった。
布を織る時は織り機を使うがこちらはリーグの方が好きだった。リーグはパタンパタンと織り機を動かすのが好きで糸を通すのも上手かった。
そういう意味では併設されている製糸工房でリーグは良く糸の撚り合わせもしていた。こちらも撚り合わせ機を回して楽しそうに遊んでいた。
「そういえば神殿のココナツは大丈夫かな。ココナツの種は神殿のココナツしかなぜか発芽しないから落ちると出せる苗が減っちゃうわね」
リーナは神殿のココナツたちが気になった。神殿のココナツは収穫対象ではなかった。時間をおくと種が取れ苗になり各地に送り出されていた。
神殿にあるココナツはフェルノート王国から譲られた苗が育ったものである。なぜか神殿のココナツだけが種になり発芽する不思議なココナツたちだった。
そのため南方諸島に広がっているココナツはすべてリフールの神殿が発祥である。なぜ神殿のココナツだけ種が取れるのかは未だに謎の状態だった。
「恐らくブラナン島は南部が厳しくなってるはず。次の暴風は北部に近寄ると思うけど……南部側の分殿に入って情報を出した方が良いかもしれないわね」
ココナツが気になった事でココナツの植樹が進んでいる南部側が気になった。リフールの神殿から南部の分殿まで馬でも鐘六つは掛かるのが気掛かりだった。
一人で操船しているので編み物をしながら色々な事が頭をよぎった。婚姻式まで一年ちょっとである。婚姻したらもっと遠くに出掛けてみたいと思っていた。
現状の小型帆船でも食料は海から入手でき水はリーグが出せるので遠征自体は可能だった。果物不足が致命的と考えるくらいには遠距離航海も余裕だった。
そんな事を考えていたら前方に小さく船が見えた。リーナはハッとしてリーグを起こした。思ったよりも早く東方航路に近づいたようだった。
「んー、おはよー」
呼ばれたリーグが返事をしてもぞもぞして手を海水に浸けた。水中探査と探知を行いムクッと起きた。邪魔にならない船首側に移動して水球で丸洗いした。
「もう少し北上しよう。あの船が東方航路を移動してるとは思うんだけど……境界を越えると北に上がるには滑走を止めないといけないからね」
リーグはレジンマットを収納空間に仕舞い右舷側のステップにレジンシートを敷いて座った。近くに海流はないから厳密な場所は分からないと話した。
しばらく北上し見えていた船が見えなくなったところで進路を西に向けた。
滑走は維持したまま西進し風の境界を跨いだ。風は一気に南風に変わりリーナが風上を確認しながら落ちた速度を回復させ再び滑走に入った。
「やっぱり南風が少しざわついてるわ。はっきり形にはなってないみたいだけど風が上空に巻いている感じがする。明日はかなり注意が必要そうね」
風の境界を越えた事でリーナの感知精度が上がった。ブラナン島に向かう方向はやはり風の状態が安定しきれず不機嫌さを感じると伝えてきた。
リーグはここを東方航路付近と仮置きして風の境界からの航路を考えた。もう少し進むと人は住んでいない小さな岩礁群が見えてくるはずだった。
その岩礁群が夜間の休憩場所の目印になっていた。リフールからだと二日目の休憩場所になる。夜間航行を続ければ日の出は次の休憩場所は越える計算になる。
「とりあえず暗くなる前に岩礁群が見つかれば場所が特定できる。日の出まで西に移動してリーナが周囲を確認すればリフールに入るルートは確定できるね」
リーグは思案を終わらせた。加熱魔道具や鍋などを取り出して夕食の準備に入る。リーナには風上の揺らぎがこの先でどうなりそうか詠んでもらった。
夕食は黄色いツナの切身とトンガリの落とし物の切身や乾燥させたカイやカニを入れたスープだった。リーグは乾燥カニの身を追加で加えて一杯食べた。




