第七十一話
早朝のラグーンを小型帆船がジブセイルとガフセイルを上げてゆっくりと水路に向かっていた。船尾側にリーナが座り中央にリーグが座っていた。
水路を出るとリリーナ号は姿はなく左舷の先にその船尾が見えた。
リーナはティラーをクイッと引いて取舵を当て船首を南西に向けた。リーグはメインブームを右舷側に押し出してジブシートも右舷側を引いた。
リリーナ号も環礁付近にある暗礁を抜けると取舵を当て南西に進路を落とした。このまま環礁が見えなくなるまで南西に向かう進路を取ることになる。
「次の暴風は環礁の北側を抜けるわ。そのまま北に上がってくれるとブレナン島には来ないんだけど……まだ北風優勢だから頭を押されて南に落ちて来るの」
早朝の情報共有で暴風の進路に関する話をリーナがドルナンと船長に伝えた。この時期は巣を出ても北上する力が弱く結果として西に流れると話した。
流石に風の境界を破壊した前回の暴風よりリーナは弱いと判断していた。その分だけ進路は詠みやすくなるが進路そのものが厄介なコースだった。
結果として安全航行を優先するリリーナ号は往路と同じぐらい南寄りの進路を取る事にした。暴風はそこまで南寄りの進路にならない判断だった。
「時期的な事を考えると大きいし強いわ。ただ速度は常識的なのでブレナン島近海に近付くのは四日から五日後になる計算になるのよね」
リーナは左舷側で少し離れた位置を並走するリリーナ号を眺めリーグと情報の整理と抜けなどの擦り合せをしていた。
「リリーナ号は夜間に帆を畳んで流されるから位置がズレる。想定だと北側に押される予定だけど海流次第なところがあるから孤独岩近辺で調整を入れるよ」
予定では風の境界を越えた南風の場所で二晩なのでどうしても風で北に押される。南下する海流は避けて貰うように頼んであった。
「それで良いと思う。孤独岩なら遠くから見えるしリリーナ号は方位磁石があるから見失っても再発見は難しくないもの。やり過ごしてから入った方が良いわ」
孤独岩近辺でも暴風の影響がないわけではない。南側に退避していれば躱すことは可能だった。注目されているドルナンが狙われる訳ではなかった。
あくまでも創世の女神が注目してると暴風が頑張るだけの話だった。
「境界で会った暴風はブラナン島にかなり近寄ったよね? 速度は普通でも強さがかなり酷かった。境界から三日程度と考えると今頃暴風圏内だよね……」
すれ違った暴風がブラナン島に接近している頃合いとリーグは考えた。
「そこは信頼するしかないわ。あの感触はオリアおばさんなら感知するし風巫女としての信頼は高いからリフールの行政機関も最大警戒にしてるわ」
到達はしてると思ったが警告が出せる場所ではなかったので信じるしかないとリーナは言葉にした。風巫女の暴風警報はそういう物だった。
「問題は今回の暴風なの。あの大きな暴風の残滓で感知が阻害される可能性が高いわ。復興作業中に飛び込んで来たら行政機関がパンクしちゃうわ」
むしろ感知し難い可能性が高い今回の暴風が飛び込むのは問題だった。島内で復旧作業に関わる人が危険だった。特に海岸線を調査している人は危なかった。
そしてリーナは先行している暴風も想定と違う可能性を指摘した。この辺りの暴風は右回りで回転している。つまり西側は北風で東側は南風になる。
「普通は南風に押されて北上するけど西側の北風が強くて速度だけ落ちる可能性があるの。強い暴風がブラナン島の南側を抜ける理由がこれよ」
本来ならブラナン島に到達してるはずの暴風が手前で停滞している可能性も指摘した。その場合は明日も暴風圏内に入っている可能性があると話した。
リーナは更に後から来る暴風も場合によっては厄介と続けた。
「停滞すると暴風東側の南風はかなり強くなるわ。暴風の回転に引きずられるように南風が強化されてブラナン島の北東辺りに擬似的な境界ができちゃうの」
速度を増した南風が前を進んでいた風にぶつかり上空に逃げ道を探す事になる。そのため強い上昇気流の壁が生まれ一時的に前線が作られ風の境界なる。
複合的にブラナン島周辺の空域はかなり乱され集まった風が海上も乱す。
「西から東に流れる大きな海流と分流が影響を受けるか……。暴風の北側が海流の位置に来ると相当な波になって海水は掻き混ぜられる」
西から東に流れる普段は本流と呼んでいる海流は北から下ってくる冷たい海流だった。普段は温かい南方諸島の海流とは混ざらたがらない。
しかし暴風の北側は東から西に風が回る。海流に逆風がぶつかる事で波が立ち掻き混ぜられ強制的にブラナン島の北側に冷たい海流の渦が出来かねなかった。
「少し危険でもブラナン島の北東側は風と海を確認しておかないと対策が何も取れなさそうだよね。俺たちはそっちの現地調査に向かうか……」
当初に予定していた航路は破棄する事にした。リーグとリーナの小型帆船は北方に上がりブラナン島に東側の東方航路寄りから接近する方針を打ち出した。




