第七十話
フィリーエル環礁の亀裂から出たリーグたちは空腹を抱えたまま礁島の拠点に向かい水壁の上を歩いていた。一層を鐘一つぐらいの時間を駆け続けてきた。
一層の入口付近にあった冒険者たちの拠点は既に撤去され誰もいなかった。
「冒険者たちの撤収は完了してるね。あの暴風が通過して誰も減る事なくリフールに向かえるのは本当に良かった。まだ何かあるとは思うけど次に進める」
拠点に向かいながらリーグは環礁からの撤収に向けた心構えを整えた。基本的に置いていく設備は動かせない物か動かしても意味が薄い物だけだった。
一応は収納空間も構造の歪みを叩き直して補強は入れてあった。しかし次に訪れた時に残っているかは暴風しだいなので壊れても致し方ないと割り切っていた。
「やっぱりというか……亀裂から出て分かったけど暴風は出てくるわ。強いのか速いのかは分からないけど巣から出て来るのは確定と思って」
現時点で『女神様の暇潰し』をリーグとリーナは感じ取っていた。この地域では暴風というより暴風の巣自体が活発化する事は前提で考えていた。
「たぶんだけどブラナン島北部の分流も影響を受けた結果って気がする。あの分流の本流自体まで活性化してると跨ぐのがちょっと厳しくなりそう」
リーグは時間を遡り最近の異変を考えると海流の分流自体も影響の一端だったのではと疑った。なので『女神様の暇潰し』を公言しないよう注意喚起した。
「女神様が注目してくれる事は良い事だと思う。でも影響が出る事を何となく感じている人は多いからしらばっくれよう。その方が変な影響が出ない」
ドルナンに視線を向けてリーグが口元で指をクロスした。
「あとドルナンさんの帰路は本流を跨ぐ事になります。リリーナ号の操船は凄く上手いです。ドルナンさんはどっしり構えて船長たちに任せて上げてね」
リーグは目を細め余計な事はしない方が良いとドルナンを揶揄った。
ドルナンは少し憮然としたが船長たちの技術は認めて貰えていると捉えリーグに頷きを返した。帰路ではリーグたちが先導するとドルナンに約束した。
「問題はここからリフールに戻る航路よ。境界までに追いつかれる事は絶対にないからその後の航路をどう選ぶか……南に下っておくのが無難よ?」
リーナが話の筋を帰路の航海に向けた。
「そこは船長も交えて検討しよう。明日の出航までにリーナの感知精度は上がるし境界までは並走する形で進めば半日分の情報蓄積もできるからね」
リーグは航路選定は船長に任せるつもりだった。リーグは船長が適切な選択をする事ができるように正確な情報を渡す事に専念するつもりだった。
「えっ? リーグくんたちはあの小型帆船で戻るのかい?」
ドルナンはリーグたちが並走すると聞いて驚いた。
「そうですよ。総合的にはリリーナ号の方が圧倒的に速いですけどね。でも安全に倒した場合の自由度は俺たちの方がかなり高いですよ?」
ドルナンの疑問にリーグは当然と答えた。ドルナンの取るべき選択とリーグたちが取る選択はそもそもの前提が違っていると説明した。
「そうか……君たちはリフールの安全も考えた選択肢を持たないといけないという事なんだね。最優先は自身としても確かに選択の基準がかなり違うか……」
ドルナンはリーグの話で立ち位置がそもそも違う事を思い出した。ドルナンも王国の海岸航路で暴風となれば立ち振舞は全く違うものになると理解した。
「必要があるなら俺たちは東側から侵入してリフールに入れます。夜間航行を厭わないなら二日で帰ることも可能ですからね。これはリリーナ号では無理です」
リーグの言葉にドルナンは理解を示した。
未知が多い南方諸島で夜間航行はリリーナ号にとってリスクしかなかった。暗礁や海流を調べられるリーグなしでは選択肢にもなり得なかった。
そしてリーグがいたとしてもやはりリスクが大きく夜間航行は無理と判断した。
リーグたちが礁島の拠点に戻ると人気もなく荷物もなかった。リーグは収納空間を確認し予定外の物が残っていない事を確認した。
「指示通りにリリーナ号が出航できる方向で動いてくれたようです。今晩は礁島で寝れると思いますが荷物を出し過ぎると置いていく事になりかねません」
礁島の拠点は完全に撤収となる。夏本番が終わり暴風の季節が終焉した後に再び訪れ拠点の再構築を行うことになる。しばらく拠点は人気のない場所となる。
拠点から西側水路に向かい歩いて行くと環礁外に停泊しているリリーナ号が見えてきた。二張りほどヘキサタープが張られ小さな拠点が作られていた。
リーナが環礁ベリーを冒険者たちにお裾分けし一袋分を冷却室に収納した。これはかなりの冒険ではあるが寒い中で綺麗に並べて祈りまで捧げていた。
夕食はドルナンと船長に加え冒険者パーティーのリーダー三人も呼び明日出航の予定を伝えた。リーナからは暴風が出てくる予報も伝えられた。
夕食の後はリリーナ号の船尾室で船長を交えて航路の方針を詰めた。




