第六十四話
フィリーエル環礁にある亀裂の一層にドルナンは初めて足を踏み入れた。子どもの頃に売り出され話題となりドルナンも何度も読み返した冒険譚の舞台である。
『南方のフィリーエル冒険譚』
フィリーエルという少女が同じ名前の環礁にある亀裂に潜り冒険するという絵本であった。作者もフィリーエルとなっていた。
ドルナンはその絵本の中の世界が本当にあり眼前に広がっている事に感動していた。絵本の絵と似たラグーンが眼前に広がり身体が動かなかった。
『遭難して環礁に流れ着いたフィリーエルが海の中にある亀裂を見つけ入っていく。絵本らしく展開は早かったけど……俺も似た流れでここに来た……』
リリーナ号で暴風を抜け環礁に着き次の日にはここに立っている。まるでフィリーエルの行動をなぞるような展開にドルナンはワクワクした。
「えぇーマジであの爆裂ココナツを全部積むのかよ!」
冒険者の大きな声にドルナンの意識が現実に引き戻された。声の方を見ると冒険者たちが撤収作業をしていた。男性が嫌そうな顔でリーグを見ていた。
「リリーナ号は大型外洋船だよ? 積める積める。みんなの荷物を積んでも余裕で大きなカニも積めちゃうよ。獲りに行く時間がないけどね!」
リーグは余裕余裕と胸を張って男性に答えていた。ドルナンは首を傾げ何となく『ズレてる?』と男性の言葉のニュアンスの違いを感じた。
『爆裂ココナツはフィリーエルも工夫してココナツ水を取りだ……あっ!』
ドルナンの頬に一筋の汗が流れたような気がした。絵本の中でフィリーエルは爆裂ココナツで空を飛んでいた。いや、単に爆風で飛んだだけではあった。
『フィリーエルはケロッとしていてココナツ水を入手するのに工夫していた。結局は遠くから爆裂させて桶で受け止めて……その在庫を積むのか?』
ドルナンは絵本の中でも驚いたページを思い出し昨日のリーグがしていた行為の意味が繋がった。そして思い出した事で知りたくない事実に気が付いた。
『レストール北部の爆裂ココナツは絵本が名前の由来なのは有名だ。でも……レストール領の爆裂ココナツは大鍋一つだったはず。ここのは倍量なのか?』
大鍋二つに並々と収まっていたココナツ水を思い出し小さな震えがきた。
「いやいやいや、えっ?……マジ? 頼むから爆裂しないように何とかしてくれよー。あれで吹き飛んだ時はマジ死ぬかと思ったんだぞ!」
男性は心の底からの願いをリーグに届けと言葉に祈りを込めた
「あれはココナツだと思って穴を開けようとしたヘルムさんのミスだよ。しかも槍で何回も突いたし。考えてみなよ……ヘルムさんの一撃で割れないんだよ?」
リーグはその時の事を思い出して笑っていた。
『ココナツ水はリリも好きで良く買ってたな。あれって割るための専用魔道具があって性能的には二個纏めても割れるとか聞いた事があるんだけど……』
ドルナンは何となく絡繰りが分かった。
王国で売られている爆裂ココナツ割り魔道具はフィリーエル環礁仕様でありそもそも作者はルクレイでルクレイ印の魔道具なので合点がいった。
『やっぱり英雄のアルフォンス様も変わった方らしいけど愛し子のルクレイ様も絶対にへ……変わった方に違いない……』
何となくリリーナ号に爆裂ココナツは積み込む事になるとドルナンは諦めた。実はドルナンが知らないだけで既にリーグは積み込みを完了させていた。
場所は船員と相談し大きな網を中空に張った。何箇所かロープで補強し爆裂ココナツを網の上に転がしていた。爆裂ココナツは網の上でユラユラと揺れていた。
話の終わったリーグがドルナンも連れて一層を動き始めた。基本的に礁島を歩き浅瀬はジャブジャブと渡りリーフも横切って入口から左に向かった。
少し移動すると水路が現れ移動が制限されるようになった。リーグは水路からトンガリが襲撃してくると教えてくれた。少し深めの浅瀬にいるとも話した。
「手前の方はトンガリは小規模な集団のみです。パールのカイが群れている近くは確実にいます。カイに気を取られているとブスッときます」
トンガリの生態を話していたリーグは「右」と短く呟いたリーナの声に反応した。ドルナンの右手に移動して待ちの体勢になった。
「バシャッ」
水音と共にドルナンも見慣れたトンガリが襲撃してきた。リーグは引き寄せて小さな水壁を進路上に展開し槍骨を刺さらせて足止めをした。
「亀裂内ならトンガリも落とし物があります。基本は魔石でほぼ出ます。たまに切身と槍骨が落ちますね。魔石はリリーナ号で使えるからリーナお願い」
リーグは軽く説明してリーナに討伐を頼んだ。
討伐して落ちた魔石は魔石用の小袋に仕舞った。これは百個ほど入る小袋で亀裂を出る時は数を数え八袋までにする事が慣習的に徹底されていた。
魔石は千個を越えた辺りから魔石災害を引き起こすようになる。そのため一度に持ち出すのは八袋の八百個ぐらいに冒険者たちは徹底していた。
「あそこの浅瀬にカイとトゲトゲがいますね。今のトンガリがカイの傍にいるやつだったので安全にカイを討伐できるのでやってみましょう」
リーグの軽い言葉に見学と思っていたドルナンは「討伐?」と首を傾げた。




