第六十三話
フィリーエル環礁の南側に環礁内で最大の礁島がある。その礁島には訪れる人たちの拠点と呼べる場所があった。木陰も多く浮き桟橋もあった。
その礁島はほとんどの木を失い砂地で形成していた形も大きく変わっていた。大型の暴風が木を飛ばし砂を飛ばした。そして海底の砂が礁島に持ち込まれた。
表面の形は変わったが浮き桟橋を設置していた小さな入り江と小さな岬は奇跡的に残っていた。入り江に面した砂地にタープの拠点が作られていた。
「えぇー亀裂に俺が入るのかい?」
波音と人が動く音しかなかった拠点にドルナンの声が響いた。声を上げた原因は朝食を取っている時にリーグから今日の予定が話されたからである。
「えぇ、せっかくフィリーエル環礁まで来たんです。フィリーエルが冒険した亀裂を見ないと後悔だらけになってしまうよ? 近いし危なくないよ?」
リーグはウルフ肉のコネ焼きパンをモグモグしながら亀裂を安全と断言した。近くのテーブルで朝食を相伴していた冒険者は胡乱な視線をリーグに投げた。
冒険者たちは早朝から移動を始めていた。荷物が多いので何回か往復が必要だった。リフールに帰れると早起きして往復しちゃっかり朝食に紛れ込んでいた。
「あとドルナンさんには是非ともお土産を持ち帰って欲しいと思います。リーナの名案もあり亀裂で一汗かいて奥さんのリリーナさんに贈り物を集めましょう」
リーグは昨日の残りのココナツミルクスープを美味しそうに飲んだ。一晩置いたスープは味が更に深みを増していてリーグの好きな一品だった。
昨日は食べれなかった血の気の多いツナの背身は爆裂ココナツの皮を使い朝から焼かれていた。切り分けた切身をたまに口に入れ堪能していた。
「ドルナンさんだと奥には入れないので手前側だけです。トンガリは見飽きたと思いますがここなら魔石を落とすしパールのカイやトゲトゲは見れますよ」
リーグはニコニコとココナツ水で喉を潤し亀裂に入る準備に取り掛かった。リーグは昨日の「そう少し」というリーナの言葉が少しだけ気に掛かっていた。
結局はリーグに押し切られたドルナンは動きやすく濡れても大丈夫な身支度にした。撥水加工がされたレジン糸も編み込まれた海での定番服だった。
「ここから慣れるために水壁の上を歩いて行きますよー」
リーグは広めの水壁を飛び石のように展開した。海面より少しだけ浮かせて並べた。リーナが先頭でドルナンとリーグの順で海面を歩き始めた。
「サップを係留してた浮きブイがどっかに流されたので歩きだけど良い景色でしょ? サップから眺めるのも中々に良いんですよ」
リーグとリーナは普通にテクテク歩いているがドルナンは足元に注意しながら歩いていた。ドルナンが顔を上げると波の穏やかなラグーンが広がっていた。
「確かにこれは……凄いな。王国の海岸航路では見れない光景だね。帝国との航路も岬や入り江はあるが違う景色だしね。ブラナン島の南端も違ってた」
ドルナンは足元に注意しながらも景色を眺めた。南方諸島はやはり王国とは違い全体的に華やかだった。風の質感も海岸航路とは違うのではと思った。
「ここから海に入りますね。ドルナンさんは俺が水壁を展開します。身体より少し大きめで張るけど足元の水壁を踏み外さないでね。海流に流されるから」
リーグがドルナンに軽く声を掛け水壁を展開した。リーナは風壁を展開したがパット見では分からないのでそのまま海に沈んでいくようにドルナンには見えた。
海中に入ると景色がガラリと変わった。見えていた水壁が海水に同化し周りが全て海水なのに息ができる不思議な空間に閉じ込められ現実感がなかった。
『これは……凄い……こんな景色は見た事がない。水中メガネで入った事はあるけど視界が違い過ぎる。視界が歪まないとこんな風に見えるのか……』
ドルナンは海中の景色に圧倒された。周囲を泳ぐ小魚や海底のサンゴなど色合いは少し違うが王国の浜焼き場で見た光景に近いが全く違うようにも感じた。
「こんな浅いところにもシイラがいるんだね」
ドルナンが後ろにいるリーグに話し掛けた。リーグは口の動きに気が付いたので口の前で指をクロスした。リーグは会話できないことを伝え忘れていた。
ドルナンは会話が出来ないことを思い出した。そして周囲に集まってきたシイラがグルグルと周り始めた。ドルナンは狙われていると思った。
そのときドルナンの脳裏に『諦めてシイラを食べる』というリーナの言葉が蘇った。ドルナンは周囲を周るシイラを見て言葉の通りなんだと納得した。
王国でもシイラは好奇心が強く潜ると囲まれると有名だったことを思い出した。ただ当たると痛いで済まない場合があり注意喚起も含まれていた。
亀裂に入ると洞窟状になり壁が仄かに明るくなった。仄かに明るい通路は途中で海水がなくなった。ドルナンはキョロキョロしながら入口を潜った。
ドルナンの眼前には明るいラグーンと礁島やリーフが広がっていた。




