第五十三話
「簡単に説明するとそのモデルはモデルの名前がないモデルなんだ」
ドルナンの話にリーグは更に首を傾げた。名前のないモデルというのがリーグには意味が分からなかった。
「あぁ……その釣り竿は王国最初の釣具工房が完成品として世に出した物なんだ。だから刻印は釣具工房の印章と番号のみ。しかも番号は読めない」
ドルナンは釣り竿の柄の部分にある印章を指差した。リーグも改めて見ると印章の下に書いてある文字は読めず意匠に見えた。
「それ番号だったの? ただの意匠だと思ってた」
リーグは貰った時に見たが単なる図だと思っていた。それが番号と言われてもよく分からなかった。ドルナンはリーグにうんうんと頷いた。
「これは釣りが好きな人が読む『釣り竿大全』という本で見てあこがれる……らしい。商人は飲んでる時のうんちく話で先輩にからかわれるネタなんだ」
ドルナンは苦笑を浮かべ商人が知っている理由をリーグに教えた。
「釣り竿にも大全シリーズがあるの?!」
リーグは馴染みのある大全シリーズが釣り竿にまである事に驚いた。ドルナンは頷き「釣り好きは多いから」と返した言葉は少しズレていた。
「それを出した釣具工房は王国最初の工房だよ。その最初の製品だからね……大全の最初の釣り竿がその釣り竿なんだよ。いわゆる始まりの釣り竿だね」
ドルナンはリーグの反応に見た釣り竿で生まれた緊張感が消えた。何も知らずに使いやすくて壊れ難いと笑顔で答えるリーグが可笑しかった。
「それって由緒ある釣り竿なの?」
リーグには釣り竿大全の最初に紹介されていると言われ余計に分からなくなった。由緒ある釣り竿をなぜあの男性は手放したのか分からなかった。
「俺が知ってる内容は大全に書かれてた説明文だけなんだ。由緒ある品かと言えばある。その釣り竿は製品だけど販売された製品ではないんだ」
ドルナンの言葉は更に分かり難くなった。
「売られなかった?」
「その釣り竿は製品というより完成品なのかな。釣り竿の作者が家族や親しい人にプレゼントした物だけなんだ。つまりは非売品しか存在しない」
ドルナンの言葉を理解して唖然とした。手元にある釣り竿は家族や親しい人にプレゼントした物という事は思い出深い品であるとリーグは理解した。
「これって貰って良かったのか?」
リーグは単なる釣具として釣り竿を愛用していた。しかしその釣り竿はあの男性の思い出深い釣り竿だったと知り返すべきではと思った。
「貰った流れは分からないけど……リーグに渡した人はリーグに渡したくて渡した物だと思う。その釣り竿の所有者はリーグだと思うよ」
ドルナンは海難救助のお礼で渡したのは感謝を込めてだと思った。海難救助は危険な行為であり正当と思える報酬と考えたのかもとも考えた。
「あの人は……軽くポンって投げ渡してきた。長く使ってきた愛用品って言ってた。二十年以上使ってるって事を軽く考えて受け取っちゃった」
リーグは釣り竿を撫でて言葉を紡いだ。
「まぁ……それで良いと思う。その釣り竿に値段はない。商人として価値はあると考えるけど……その男性には助けられた恩に報いたかったんだと思うよ」
ドルナンはリーグに心苦しさを感じて欲しいわけではなかった。以前に話した内容に繋がる状況だったのもあり釣り竿を確認し縁を感じ話したかった。
「実は少し縁というのを感じてる。その釣り竿を作ったのはルクレイ釣具工房で工房を作ったのはルクレイ様なんだよね。女神様も名指ししてたよね?」
ドルナンが話したかった核心を言葉にした。
「釣り竿大全の初版を出したのもルクレイ様で誰に渡したかも書いてあるんだ。その番号は一番を意味していて渡したのは義弟のマルセリオ様だよ」
ドルナンは持ち主の名を明かし王国でも有名な冒険家だと話した。そしてフィリーエルの叔父で冒険家の師匠という間柄だとリーグに説明した。
「諸々の縁に女神様がルクレイ様から使い方を聞けと言われた。いつかきっと縁が繋がるような気がするよ。それこそ女神様の導きかもしれないね」
リーグはドルナンの言葉は聞こえていたが頭には入ってこなかった。偶然助けた男性がルクレイの義弟でルクレイから貰った釣り竿をリーグに渡した。
あの女神様の手紙を神殿長はとても懐かしいとあの後に話してくれた。海巫女に水壁を教えたのがルクレイで風巫女には妻のヴィオナが風壁を教えていた。
ココナツを持ち込んだのもルクレイたちだった。妻のヴィオナはリフールで妊娠が発覚し安定するまで神殿で過ごしていた事も初めて聞かされた。
神殿の裏庭にある女神様の木もルクレイが耕して発芽したと神殿長は笑っていた。お供えの祭壇もルクレイが作り神殿に設置されたものだった。
リフールとルクレイたちの縁はとても深いと神殿長に説明された。
「環礁を発見しただけの人ではなくリフールと縁のある人……」
リーグは大人になり自分の帆船で大陸まで行けるようになったらフェルノート王国にリーナと一緒に訪ねたいと思っていた。
リーグはこの事をリーナに話しフェルノート王国を訪れる未来を話し合いたいと思った。リーグの耳元でリーナと色違いのイヤーカフが煌めいた。




