第五十話
孤独岩を左舷に見ながらリリーナ号は東南東に進んでいた。リーグは操舵手のいる操船台にお邪魔して方位磁石で西を確認しながら孤独岩を見ていた。
「この辺りから孤独岩の角度って分かります?」
リーグが操舵手に話し掛けた。操舵手は小さく頷きステアリングを固定し方位磁石と孤独岩を直線上に視認して「南西で南から二十三度です」と答えた。
リーグは礼を伝え船長に東に進路を変更するように声を掛けた。リーナに風の状態を確認すると「当面は安定」と戻ったのでガフセイルは絞らないでもらった。
「この状態が東進する時の基本的な状態です。この状態で風壁魔道具を展開すると一部の帆が外に出てしまいます。なので襲撃時は帆を隠すように絞ります」
襲撃が右舷側から来た場合は船足が落ちるのが注意点とリーグはドルナンと船長に説明した。風壁魔道具を展開する事で風を遮る点も合わせて話した。
「襲撃の前に海面が荒れます。通常は監視を強化して襲撃を早めに察知するので両舷の監視を指示してください。実際の監視はリーナがするので監視訓練です」
海面の荒れは経験を積んで察知できるようになる点を強調した。襲撃方向はリーナから出るので海面の変化を見て変化に気付けるようにと伝えた。
「左舷側から襲撃された時は帆はそのままで左舷側の風壁魔道具を起動してやり過ごす感じです。今回はフォアマスト側は俺が止めます」
リーグの説明にドルナンと船長は緊張感が高まった。魔物の襲撃は聞いていたが現場に入ると思っていたよりも危険度が高い事をひしひしと感じた。
「リリーナ号の船足なら追い掛けられる事はありません。風壁で突撃を弾けばそのトンガリは脱落します。ジブ帆の巻き取りに自信がなければ巻いてください」
現時点で滑走した小型帆船より速度が出ている。ジブセイルを巻き取っても滑走より少し遅いくらいになるとリーグは計算していた。
リーグは海難救助で大型外洋船に乗った事はあるが本格的な帆走で乗った事はなかった。リリーナ号は二本マストでかなりの速度で進んでいた。
『大型の帆はやっぱり力が強い。メインを三角にすると帆は小さくなる。ガフ帆の優位性はこの帆の大きさだよなー。操作性と帆走性能のどちらを優先するか』
リーグの頭の中では現在試作している小型帆船の帆の形を考えていた。ガフをなくせばかなり操作性が高くなるのは確認できていた。
問題は帆の大きさだった。リーグの出した結論はマストの位置を前に動かしメインマストの帆を大きくする事だった。検証はまだ道半ばだった。
『両舷の竜骨はあくまでも直進性を軸とした操船しやすさの補強。横滑りが減る分で前進する力に加算できるけど……。大きなジブ帆しだいということかな』
リーグが試作船の事を考えていると「左舷前方から来るよ」とリーナから警告が発せられた。その声で船長が左舷側の風壁魔道具を起動させた。
「規模は小規模だけどフォアマスト側に襲撃が集まりそうよ」
リーナがリーグに笑みを向けた。リーグは肩を竦めて左舷側の配置についた。いつもより海面から距離があるので警戒感を上げてトンガリが出るのを待った。
「ガギャン!」
トンガリが飛び出して槍のように飛んできた。リーグは飛んでくるトンガリの軌道上に小さな水壁を並べていった。トンガリの槍骨と水壁が擦れる音が響いた。
ドルナンと船長だけでなく船員たちも唖然と目の前の光景に目が釘付けになった。水中から高速で飛び出す槍の穂のような魚の集団は圧倒的に見えた。
しかしその槍の先にポッと水色の板が現れ槍を上空に弾いていた。何かが擦れる嫌な音が続き上空にトンガリが舞っていた。
見ていると宙に舞ったトンガリが黒い霞になり霧散し始めた。ドルナンが視線をリーグに戻すといつの間にかリーナが横に立っていた。
二人は視線をトンガリに向けながら何かを話していた。リーナがくすくす笑っていた。気が付けば擦れる音が消え周囲には風と波の音だけになっていた。
「もう大丈夫なので風壁魔道具は停止して良いですよー」
リーグの声がドルナンの耳に届いた。リーグたちはリーナの待機場所に向かっていた。ドルナンはさっきまでの喧騒が夢だったのか頭の中が混乱した。
その後も何度か襲撃を受けたが小規模の襲撃だった。特に損害もなくリーグが見つけた浅瀬で錨を落としゆっくりと休憩する事になった。
夕食はリーグの希望で王国から持ち込んでいたウルフ肉のコネ焼きが振る舞われた。南方諸島ではディア肉は入手できたがウルフは生息していなかった。
リーグはニコニコしながらウルフのコネ焼きを頬張っていた。




