第四十八話
海流を跨ぎ東南東に進路を向けたリリーナ号は安定した帆走を続けていた。船員たちも帆の傍にはいるが雑談などで時間を潰していた。
「南下している海流が思ったよりも強かったのね。ゼリナ姉さんは南下の兆候は感じてたみたいだし……ちょっと厄介な状況になりそうだわ」
リーナは海流の変化は海巫女が見ていると前置きした。そして海流の変化は風にも出るため風巫女もその変化を感じる事になる。
「ブラナン島の南側に重い空気が集まり始めてるの。これは南下してる海流がかなり冷たいからね。海面が冷やされてその上の空気も冷えて重くなってるわ」
リーナは簡単に因果関係を整理した。重くなった空気は動きたがらないので南風の邪魔になり始めていると現在の状況も整理した。
「あの卵崩れがブラナン島の東側を突き進んだのはこの影響もあったかもしれないわね。変な場所に蓋が出来たから蓋の近くの風速が上がってるの」
リーナの説明だとフラフラしていた卵崩れはその風に叩かれて一気に北寄りの進路になった可能性を指摘した。
「縮帆しないとまずい可能性もあるってことか。リリーナ号のマストはそれなりに高いから影響は俺たちの小型帆船より大きいよね?」
リーグは風速の増加は海面近くは影響が少ない点の補正をリーナに確認した。小型帆船基準と大型外洋船は根本的に背の高さが違い過ぎた。
「そこまで風速が上がりそうかい?」
「んー、感覚的にはいつもの中型カッターならギリギリな感じがする。あの子たちは縮帆できないから移動自粛かしら。降ろす準備の徹底を指示する感じ」
リーナとしても細かく高度の違いは判断できなかった。慣れた中型カッターを例に出すのが限界だった。
「中型カッターは桟橋に停泊していた帆船だよね。あの形は低めのマストだったよね。リリーナ号の半分ぐらいなのかな」
指標の中型カッターをドルナンは思い浮かべた。
「南方諸島だと強風になる時があるのと風の切れ目でマストを持っていかれないためだね。切れ目を中立で突き抜けるのが定番だから」
マストの低さは生存戦略とリーグは指摘した。とにかく風に対して頑丈にという流れでマストは低く船体も少し幅広で設計されていた。
ただ風には強いが海流の影響を受けやすいのが欠点だった。酷い時は海流の上でクルクルと回り流されていく場合もあった。
最近はリーグたちが使っている布を大きくし海中に投げ入れる船も増えてきていた。停船時の補助や海流で回された時の抵抗に使われていた。
リフールでは『布錨』と呼ばれ始めていた。安く作れ最悪でも船上で作れる事から重宝されていた。ただ良く流され紛失しやすいものでもあった。
「ガフ帆を中立にして風の切れ目を抜けるのは王国でも定番だな。セトリアナ大河の河口付近は海風と陸風の狭間があって中々に面白いぞ」
ドルナンは風の切れ目ネタとしてセトリアナ大河を持ち出した。帆をどうするかは船長次第でたまに船足を失ったりマストを失う帆船がいると笑った。
「まぁ……リリーナ号のマストが折れると間に合わなくなるからリーナは強くなる前に教えてね。船長さんは縮帆する可能性を伝えといて」
リーグは雑談に流れた話で必要な部分だけリーナと船長にお願いした。
船内で昼食の準備を始めようかという辺りで風速の上がる場所に近付いた。リーナから警告を受けた船長は指示を飛ばして縮帆を行った。
「風上が少し船首寄りになります! 巻くほどではないので風に合わせて!」
リーナが声を掛けた。船員たちはフォアシートとメインシートを絞る準備に入った。ジブシートは既に絞られ少しシバリングしていた。
少しすると風速が上がってきた。ジブセイルが大きく張りグイグイ引き始めた。逆に縮帆して少し元気のなかったガフセイルたちも帆を張り始めた。
「ジブ帆が強すぎるぞ! 少し巻け! その後はガフ帆も少し緩めるぞ!」
船長が思ったよりも風速が上がった事でジブセイルもファーラーに巻いて縮帆する事にした。ガフセイルも元気に張り過ぎなのでリーチを緩める事にした。
「この風で中型カッターはギリギリなのか……」
船長は冷や汗をかいていた。全帆で航行していたら転覆はしなくてもかなり大事になっていた。これだと縮帆も二段階目を検討する風速だった。
状況を見ていたリーグとリーナは大型外洋船の帆の構成は南方諸島にはちょっと弱いと思った。リーナは帆の状況を良く観察しリーグに質問していた。
リーナはリリーナ号が耐えられる大凡の風速を理解した。できれば二段階目のリーフも見たかったがもう少しでこの風速は終わるので次回に期待していた。




