第四十四話
リフールを抱える湾の中を小さな帆船が帆走していた。周囲に船影はなくジブセイルだけ帆装した小型帆船は北西から西に進路を変えていた。
「なっ……なんでこんなに速度が出るんだ?」
左舷後方から左舷中央に風上が動きリーグは更に少しだけ風上に船首を落とした。リーグはジブシートを調整して風にジブセイルを沿わせた。
リーグはティラーに延長棒を引っ掛けてステップに足を置き手すりに腰掛けた。左舷側に荷重を掛けた。船底の水壁は一度解除して後ろ半分だけ展開した。
横滑りしていた小型帆船は前半分の水壁がなくなった事でサイドキールとセンターキールの間に作られたチャネルに水流を取り込み加速し後方に噴き出した。
二本のチャネルが仕事を始めた事で直進性が高まった。加えてサイドキールも刺さり横滑りに抵抗を始めた。これにより横滑りは止まり前進に集中し始めた。
リーグは取舵を当てて更に風下に船首を落とした。送り出していた右舷側のジブシートを引いて絞って風上の移動に合わせた。
左舷前方からの風を受け小型帆船は更に加速した。滑走をしていない帆船はハルスピードを超える事ができない。どんなに頑張っても5kt程度が限界である。
「この風でジブ帆しかないのにこんなに速度が出るのは……この大きさで船舶風壁魔道具を積んでるのかね?」
ドルナンは船が安定したのでリーグに尋ねた。
「魔道具はないですよ。これは自前の水壁であの魔道具を再現してるだけです。この小型帆船は船底もカクカクしてるから船底も抵抗を一部なくしてるよ」
軽くリーグは答えたがドルナンは驚きしかなかった。魔道具の効果を魔法で再現する事は理解は出来ても納得できるものではなかった。
ただドルナンは知らなかった。船舶風壁魔道具は名が示すように風壁を再現する魔道具である。つまり魔法が先にあり魔道具に落とし込まれた物である。
そして同系統の魔法である水壁で再現する事は可能だった。
問題があるとすれば王国は広いが風壁で実現できる魔法使いは四人しか存在しなかった。そして水壁で再現できるのはわずか二名だけだった。
船舶風壁魔道具として生まれ長い年月が過ぎた事で作られた経緯は既に人々の記憶から消えていた。作った本人たちも愛用しているので尚更だった。
リーグはジブシートをコクピットの床に落とし足で踏み簡易ファーラーのロープをクリートから外してリズムよく引きジブセイルを巻き取り始めた。
ジブセイルを少しだけ残した状態でジブシートと簡易ファーラーのロープをクリートに掛けて固定した。ティラーを押して取舵を当てて桟橋に進路を向けた。
リーグはリリーナ号が停泊している一番奥の桟橋に進路を向けた。直進に入ったので船底の水壁を解除して船底のキールを除く全体に水壁を展開し直した。
「リリーナ号って出港の向きに変えてないんだね。船首側に乗せるなら船首の右舷側に横付けすれば良いかな?」
リーグはドルナンに停止する位置を確認した。
「ここから惰性であそこまで行くのかい? いやそれはどうでもいいか。荷役桁はフォアマストにも設置しているから大丈夫だ」
ドルナンは船首の右舷で問題ない事をリーグに伝えた。ある程度まではウィンチで吊り上げられ小型帆船はギリギリだが動滑車なしで上がる重さだった。
「この小型帆船はカッターが元になってるのかい? マストは中央付近だし船首静索は船首の竜骨に繋がってる。船首斜柱も付けてないよね」
完全にまったり状態になったのでドルナンは気になっていた点を聞いた
「結果論としてかな。ガフ帆の上帆桁がきちんと降りるようになったのがこの船だから。それまでは上帆桁が固定だったからガフ帆を大きくできなかった」
マストとガフ帆は制約から今の位置に落ち着いていたとリーグは説明した。その構造に今のガフを付けたので結果としてカッターに近いと認めた。
「確かに……リリーナ号の設計時に揉めたのも縮帆だった。縮帆ができない大きなガフ帆は扱いが難しい。横帆の艤装を全て外してやっと降ろせるようになった」
ガフの昇降はかなり面倒だったとドルナンは話しだした。特に縮帆時に固定する索具は造船技師も頭を抱えていたと思い出し笑いをした。
「最初に会った時の試作船はガフ帆を止めてたよね。あの形の帆は王国でも見たことがあるのを思い出したよ。あの小型帆船より更に小さい帆船だったな」
ドルナンの話した小型帆船は一人乗りで遊んだり練習したりする船種だった。やはり帆の広さが欲しくガフ帆が標準的なのは揺らがなかった。
フェルノート王国ではリーグの試作船はスループと呼ばれていとドルナンは教えてくれた。そもそもの船種の分類など雑談の種は尽きなかった。
桟橋に停泊しているリリーナ号が近付いてきた。
小型帆船はスルスルと桟橋に接近しジブセイルは巻き取り惰性で侵入した。リリーナ号の船首寄りの場所で一気に速度を失い停止した。




