第三十八話
ブラナン島のリフールにある港湾事務所は緊張が高まっていた。テーブルを囲んでいるのは港湾事務所の所長と副所長とリーグだった。
「風巫女のリーナが暴風の接近を感知しました。厳密に言うと崩れた卵です。崩れた事で風巫女の感知精度が落ちているため正確な進路が不明です」
リーグは現在置かれている状況を所長に伝えた。
「崩れた暴風の卵ですか?……暴風でも残滓でもなく崩れた卵……リーナ様の感知は飛び抜けていますので間違いはないと思うのですが……対応指針がないです」
所長は何をどう対処すれば良いのか分からなかった。
「通過は今晩になるという予測です。選択肢は元から二つしかありません。リフールから離れるか留まるかです。離れるなら西をお勧めします」
リーグは会話の流れを進めるため選択肢の整理から入った。
「西ですか?」
「東は海流が酷くて全くお勧めできません。南は向かい風で北は卵崩れにかち合う可能性が否定できません。単純にダメな方向を除くと西しか残りません」
「確かに……とはいえ西方航路は難所が多いし真西は航路の目標物がないので戻って来れるかが怪しいです。そう考えるとリフールに籠るしか……」
西方航路は厳密には南西に向かう航路でいくつかの群島に繋がっていた。直線的ではないが航路の指針となる目標物が多かった。
「西方航路を通れる船であれば一泊二日で離れていれば安全だと思うかな。それ以外の船は諦めてリフール残留が無難だし手当てする時間も多めに取れます」
所長はメモを書いて事務員を呼び港湾内にいる船主か船長にメモの複製を渡すように指示した。メモには出るなら午前中で残るなら暴風対応が書かれていた。
「飛散物が出ないように固定や撤去を指示しました。港湾設備も事務員たちに確認に入らせましたし冒険者へのお手伝い要請も出す事にしました」
所長は暴風対応の中で初期対応に絞っていた。港湾区画は広いため人手として冒険者に入ってもらう対応も決めたので後は手順通りに進めるだけだった。
「冒険者ギルド管轄の大型外洋船に海流の警告は出さなかったの?」
リーグは話の流れで救助した冒険者ギルド管轄の帆船を思い出した。
「東方航路は閉鎖中なので警告は出しましたが出港していきました。リーグくんの口からその話が出るということは……海難事故ですか?」
所長はリーグに尋ねられ苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「分流に流されて錨でしがみついてました。あれは素直に流された方が良かったと思いますよ? 北に行こうとして南に落ち始めたら慌てるとは思いますけど」
「協定外の船ですが港湾を管理する立場としてもリーグくんには感謝を」
リーグの口振りで海難救助したと理解した所長はリーグに感謝を伝え創世の女神にも感謝の祈りを捧げた。管轄外と言っても海に関わる仲間であった。
リーグは暇を告げて次の造船工房に向かうため港湾区画と造船工房を塞いでいる壁を水壁で飛び越えた。リーグはここを飛び越える常習犯だった。
「こんにちはー」
造船工房の工房事務所にリーグは入り声をかけた。小さい時から出入りしているため口では工房と言いつつ工房という意識は薄かった。
「おっ戻ってたか。なんかバタバタと環礁に行ってたみてえだけど環礁ベリーの在庫不足か? リーナの嬢ちゃんは環礁ベリーがなくなると萎れるからな」
造船工房主はゲラゲラと笑い出した。
「今回は向こうでもバタバタで在庫はヤバいです。リサおばちゃんの在庫を全部かっさらわないとまずそうな感じですよ。それは置いて暴風が来ますよ?」
工房主の揶揄りに軽く答え暴風の件も軽く伝えた。
「おぉ足りねえからって奪っちゃ……はっ?……暴風ってそんな話は聞いてねえぞ! なんでリーグがそれ伝えに来てるんだよ!ってリーナ嬢かよ!」
ゲラゲラ笑っていた造船工房主の動きがピタリと止まり声を荒げた。
「環礁で気が付いて逃げて来たけど今晩には追い付かれるみたい。卵崩れみたいで進路が不明確だから飛びそうな物は隠して固定も厳重にお願い」
リーグはスラスラと説明して暴風対応をお願いした。
「んがー、この間は残滓がふらついて絡んできたのに今度は卵崩れかよ……卵崩れってなんだ?」
造船工房主は頭を抱え前後に身体を揺すった。リーグは『大変だったみたい』と藻掻いている造船工房主を眺めていた。
「ん?……あぁ暴風の卵が風の切れ目で残滓にならなかったやつ。普段は残滓しか来ないよね。環礁にいると先触れでチョコチョコ出てくるよ?」
「ちくしょう……残滓より面倒くさそうなやつじゃねえかよー」
造船工房主は雄叫びを上げて工房事務所から駆け出し外で叫んでいた。どうやら従業員に指示を出し冒険者たちを呼びに行かせたようだった。
『造船工房って飛ぶもの多いから大変だよね。暴風だと船台に置いた建造中の船も転がされる時あるし。子どもたちの遊び道具も飛んでくよな』
リーグは造船工房を後にした。折角なのでリリーナ号のドルナンさんを訪ねる事にした。ヒョイッとまた壁を越えてリリーナ号に向かった。




