第三十二話
「リーグ起きてー。そろそろ転進するよー」
リーナが仮眠を取っているリーグに声をかけた。リーグはモゾッと動き上半身がむくっと起きた。目の上に置いていた黒いレジンシートがポトッと落ちた。
「うーおはよーまだ明るいねぇ」
リーグは水球で全身丸洗いをした。
リーナはジブシートをクリートから外しファーラーのロープを引いてジブセイルを半分ほど巻き取った。小型帆船は速度を落とし滑走を止めた。
全身に付いた水滴を操作して船外に捨てたリーグがリーナと場所を交代し操船を担当した。リーグは船首から三個目のクリートの先を確認し取舵を当てた。
右舷から吹き込んでいた風が右舷船尾寄りに廻り込んだ。ジブセイルとガフセイルは張っていた状態からシバーして少し嫌がりながら風を受け止め始めた。
「追い風に入ったよー」
リーグは北西の方向に回頭し終わるとティラーを中央で固定した。
メインシートを外しグイグイ引きメインブームを引き寄せ左舷後方にリーチが向くように調整し風を正面から受けるようにした。
メインシートをクリートに掛け夕食を作り始めたリーナを避けてマストまで移動した。メインブームのタック側から太いレジンロープを外した。
レジンロープはメインブームのクリュー側に繋がっていてグイッと引いて船首から二つ目のクリートに掛けた。これによりメインブームは左舷側に固定された。
追い風の中で帆走する場合に一番注意すべきなのがジャイブだった。それも意図しないジャイブはメインブームに弾き飛ばされ事故に繋がる可能性があった。
「下帆桁は固定したよー。追い波が来るから縦揺れに注意ね」
リーナに声をかけリーグはマストに付けた灯光魔道具を起動した。そして船首に向かいバウに付けた灯光魔道具も起動した。
船尾に戻ったリーグはファーラーのロープを外しジブシートも外して左舷側を引いてジブセイルを出し切った。テンションを緩めるとジブセイルが風を受けた。
ジブセイルも正面から風を受けるように調整しジブシートをクリートに掛けて固定した。ファーラーのロープは纏めて右舷側のステップに置いた。
そしてピークハリヤードを一度外しリーチの張りを少し緩めた。
縦帆も追い風を受ける帆走になると横帆に近い挙動を示し始める。帆が風を受け純粋に帆を押し始める。右舷後方から押され小型帆船は左舷にヒールした。
ジブセイルとガフセイルは左舷前方に押された事で二つの作用を見せる。ひとつは船体を左舷側に傾かせる力でありもうひとつは左舷方向の横滑りであった。
リーグはこの動きに対して少しだけ面舵を当てた。
左舷側のサイドキールが深くなり横滑りに対する抵抗力が増える。加えて深くなったチャネルはより多くの水流を飲み込みチャネル内の流速が上がった。
これにより風下に落ちようとしていた船首を押し留め横滑りも緩和された。そしてチャネルに多く流入した海水が船首の左舷側を持ち上げヒールを安定させた。
リーグが当てた面舵は船首に掛かっていた風下に向かおうとする動きを封じた。
小型帆船の帆走が安定したところでリーグはティラーをレジンロープで固定した。船尾から海面に手を入れ水中探査を行い追い波や海流を確認した。
「追い波は特に変わりなくいつも通り。縦揺れは諦めるしかない。海流は流されるほどの物はまだないか。何本かある強い海流が見つかれば位置も分かる」
リーグは右舷側のステップを開けて乾燥したハサミの身を取り出した。これは軽いのでかなり隙間に詰め込んであった。モグモグしながら水流を監視した。
風の揺れはリーグには感知できない。そのためバウとマストに点灯した灯光魔道具で船首の向きを把握し受ける風でティラーを操作した。
海流をいくつか抜け日の出が近くなり空が明るくなってきた。前方にブラナン島の島影が見えてきた。リーグは「少し南か」と進路変更の準備に入った。
「んー、おはよ〜」
リーナが日の出が近づき空気の雰囲気が変わった事で目覚めた。
「おはよー。少し南に寄ってたからもう少し北に上がるよ。ただ……分流が南に落ちてきてるみたいで海流が忙しなくなってる。ちょっと揺れそう」
リーグは北に向ける事で追い風を背負う形になるためジブシートをクリートから外した。ティラーを引いて左に回頭し進路を北寄りに変えた。
右舷側のジブシートを手早く引きジブセイルを右舷側に切り替えた。ガフセイルとの釣り合いを考え一杯には出さずクリートにジブシートを掛けた。
「メインブームを留めてるからこのままリフールに向かうよ。速度が乗らないから南に落ちてきてる分流を避ける航路にするよ。卵はどんな感じ?」
リーグは海中に手を入れ海流の把握を徹底した。
「あー! あれ見てー! 大型の外洋船みたいのが停泊? 帆を全部畳んで止まってる。……なんで船尾が南西に向いて停泊してるの?」
入港に向けて周囲の監視を始めたリーナが異変を見つけた。ブラナン島に近いとはいえ沖止めする場所ではなかった。リーグはため息をつき進路を確認した。




