第三十一話
小型帆船が滑走に入り速度が上がる事でサイドキールで構成した二本のチャネルが船底の水流を整え加速させ船尾側に押し出していく。
これにより右舷前方から寄せる波は切り裂かれ一部はチャネルに吸い込まれ一部は船首を風下側に押そうとする。リーナは軽く面舵を当てた。
チャネルに流れ込む水流が船体に浮力を与えヒールを抑え込んだ。ヒールは安定しリーグとリーナは定位置に戻った。ここからリーナの風詠みの出番となる。
リーグはジブシートもクリートに掛け船体中央の収納空間から冷却保管箱を取り出し足元に置いた。中から冷やした環礁ベリーを取り出しリーナに渡した。
「風の機嫌はどう?」
「落ち着いてるわ。でも卵の気配は少しずつ強くなってる。崩れた卵はどう動くか判断が難しくなるわ。南風に後押しされるから距離も延びるし困っちゃうわ」
滑走状態の小型帆船は8ktを超えている。小型帆船のハルスピードは5kt程度なので相当に速度が乗っていた。これは中型カッターのハルスピードに近かった。
この滑走ができるようになった事で中型カッターを先導する事が可能となっていた。また海流をほとんど無視できるようになり環礁への往復が楽になった。
リーナは滑走が安定したのでティラーの固定を柔らかめのレジンロープに変えた。伸縮性がありティラーを固定するうえで舵を取られても復元力があった。
リーグとリーナは孤独岩を目指しながらも状況の変化を追った。夜間航行をしてリフールに向かう選択肢を未だに捨てていなかった。
昼食は生魚に押しやられ冷却保管箱に眠っていたコネ玉を鍋で焼きパンに挟んで食べた。冷やしていた環礁ベリーはすでにリーナの胃袋に消えていた。
「んー、孤独岩が視界に入った。想定より早くここまで戻ってきたから選択肢があるね。このままリフールに向かった場合はどんな感じになりそう?」
「リフールには卵より半日は早く入れると思う。リフールへ直撃する気配は薄いから逃げ込めるならそっちが推奨かなぁ。孤独岩だと足止めされちゃいそうよ」
リーナは孤独岩で停泊すると一日は足止めされそうと判断した。
「それじゃリフールにこのまま向かおう。進路を西に向けて孤独岩が南東まで進んだら北西に。このタイミングまで仮眠する感じで進めよう」
リーグは夜間航行を行いこのままリフールへ向かう事にした。孤独岩から北に向かう航路は南風に押される形になるため滑走は出来なくなる。
リーナがティラーを引き取舵を当て船首を左に回し西に進路を変えた。リーグはガフセイルとジブセイルを左舷側に張り出させた。
メインシートを船尾側のクリートに掛けた。リーグはジブシートを船尾側の両舷に伸ばした。両舷に付けてある滑車を噛ませクリートに掛けた。
メインシートとジブシートを船尾まで回した事でリーナ一人で操船することが出来るようになる。リーグは左舷側のステップにレジンマットを敷いた。
「進路を変えるまで鐘一つぐらいだからよろしくねー」
リーグは黒く染めた柔らかいレジンシートを造水で濡らして絞りレジンマットに寝転び目の上に被せた。リーナは「はーい」と答え操船を引き受けた。
リーナは風を詠みほとんど揺れない事を確認すると乾燥した環礁ベリーを摘まんだ。後方から追い掛けてくる暴風の卵は進路を揺らしながら近づいて来ていた。
コソコソっとマスト側の収納空間から趣味の編み物道具を取り出した。リーナは編み物を開始してたまに乾燥した環礁ベリーを食べていた。
横波で逸れそうになる進路をリーナがティラーをちょんちょんと動かし風の入りで西進を続けた。リーナは滑走している時の風がとても好きだった。
「帆で別れた風が帆の縁で合流する時に小さく渦巻いてまるで踊ってるようだよね。私の風とリーグの水の境界がずっと広がる大海原は楽しいよね」
右舷には孤独岩が段々と真横に移動してきていた。
孤独の岩礁は高い背で自己主張をしていた。しかしリーグとリーナぐらいしか立ち寄らない岩礁は謎の洞窟と岸壁を携え今日も孤独に海原に聳えていた。




