第十五話
環礁で一番大きな礁島の西端にある木陰で寝転んで海を監視していた男性が小型帆船の接近に気が付いた。ムクッと起きて「やっと来た」と呟いた。
小さな違和感だったが見ていると帆であることが分かる。帆は薄い藍色で水平線の青空では見辛いが雲が背景ではその姿を晒していた。
「相変わらず西から近づくからほぼ北からの横風なのに速えなあ。いつもの如く波の上を滑ってんだから頭大丈夫なのかよ……『小型だから!』ってマジかよ」
小型帆船のためかなり近い位置で気が付いたのもあるが接近が早すぎた。環礁を構成するリーフや暗礁で環礁の外側は波を掴みにくいのに突き進んできた。
男性が見ていると船首のジブセイルがどんどん小さくなりちょこんと尖った。
ジブセイルが消えた事で隠れていたガフセイルが露わになるが姿を隠した。小型帆船はもう目の前でふわっと船尾が男性の視界に入った。
「すっげー」
小型帆船は船底が見えそうなぐらい右舷側にヒールしていた。男性の視覚が混乱する。急激な面舵で右に回頭しているのに反対にヒールしていた。
男性の目の前にある水路に飛び込むと海面ギリギリまで身体を出している少年が見えた。驚くことにマストから伸びたロープを右手で掴み左手を振ってきた。
「久しぶりー来たよー」
少年の声が男性の耳に入る頃には既にヒールが戻り急速に減速していた。水路に入り北風を正面から受け小型帆船は停止した。
リーナはティラーを固定して船尾に投げ込んだ小さな布を回収し始めた。リーグはジャックラインとピークハリヤードを外し緩めてガフの先端を落とした。
ラフとリーチが緩んだガフセイルはシバリングを始めバタバタと鳴った。
手が空いたリーナがクリュー側のフックを外した。リーグは「ありがとー」と軽く感謝してタック側のフックを外した。
リーグはダウンホールを引きガフを落としながらラフ側のガフセイルを引いてメインブームに乗せた。リーチ側はリーナが同様の作業をしていた。
できるだけ綺麗に畳みながらガフセイルを降ろし切るとリーナがメインブームにガフセイルを纏めて固定していった。
リーグはダウンホールを纏めフックに掛けた。二本のハリヤードとジャックラインはテンションを確認してクリートに掛けてマスト周りの整理を終えた。
そのままジブシートを外して引き少し出ていたジブセイルを半分ぐらい引き出した。左舷側にクリューを出しクリートに掛け固定した。
「桟橋に向かうよー」
リーグはリーナに声をかけて水壁でバウの右舷側を押して船首を左側に押し出していった。左舷側に出したジブセイルが嫌がってシバリングしたが放置した。
概ね北東に船首を回した辺りからジブが風を受け入れ始めた。東北東に向いたところでリーナはティラーを中央にし小型帆船はジブに引かれ前進を開始した。
微速で進んでいくと左舷の礁島から出た桟橋が見えてきた。先端に小さな旗が立つ浮き桟橋である。撤収時には引き上げて内陸に仕舞えるようになっていた。
桟橋の近くに海を監視していた男性がニヤニヤしながら立っていた。
「遅かったじゃねぇかよ」
「いやー、今さー新しい試作船を試験してるんだよね。ちょっと集中しちゃったから出るの遅れたんだよねー。めっちゃ横滑りするセイルボードみたいだったよ」
男性のからかいにリーグは気にせずありのままの事実を話した。
「さっき水路に入って来る時もセイルボードか?ってぐらいじゃねぇか。リーグが作る帆船は結局のところ全部セールボードって事だよな?」
「あそこまでの軽快性はちょっと無理かなー」
男性の更なるからかいにズレた真実でリーグは答えた。
「何言ってるの。セールボードじゃ舵柄がないから私がめちゃ暇になるでしょ!荷物も乗らないしここに『爽快の実』を運べなくなるわよ?」
リーナは無駄話に口を挟んで取舵を一杯に掛けて船首を環礁内に向けた。リーグはファーラーのロープを引きジブを巻き取っていく。
巻き取り終わるとクリートに掛けて船首側に向かいバウの収納空間から二本のロープを取り出して別々のクリートに掛けた。水壁を展開して駆け出した。
空中を駆け抜けたリーグは浮きブイの場所で飛び込んだ。一本のロープをブイから出たリングに引き解け結びで繋いだ。再び空中に出てピョンピョン駆けた。
別の浮きブイにロープを結び船尾まで空中を駆けて戻った。小型帆船の左舷側にはフェンダーが既に付けられリーナは桟橋に移動していた。
「船首側は二本取ったよー」
リーグは船尾を覗き込んで二本のロープを掴み砂浜に駆けていった。砂浜に刺さっている二本の係留柱にロープを結んで小型帆船に戻った。
係留に四本のロープを取り桟橋から係留索を引いて小型帆船を桟橋に押し付けた。フェンダーから「むぎゅ」と音がして桟橋に固定された。
後は船首側の係留索を引いて浮きブイとの間にテンションを掛けた。クリートに掛けて小型帆船を陸に固定した。
船尾側で砂浜の係留柱と係留索を調整していたリーナは座って『爽快の実』を食べていた。足元にお土産用の木箱が出してあり中身を確認したようだった。
リーグは肩を竦め木箱を担いで久しぶりの浮き桟橋の上に降り立った。
2026/08/22 クリーブをクリューに変更




