5:アジト急襲・囚われのエルフ
「⋯⋯着いたぞ。ここがアジトの入り口だ」
男に案内されてやってきた場所は、トリスト平原からさらに西へと進んだ先にある岩場だった。
平原と荒野の境目にある岩場、その内の一箇所に、地下へと続く穴がぽっかりと空いていた。
「⋯⋯考えたな。王都から近い割には、荒野付近という誰も寄り付かない絶妙な位置。それに加えて、周りには似たような岩ばかりが点在していて目印になりそうな物がほとんど無い⋯⋯。土地勘や高い記憶力が無ければ、正確に覚えるのは難しい」
「ああ。だからこそ、ボスはここを選んだんだ。しかも、ボスは定期的に拠点を変える。だからこそ、騎士団にも見つからずに長年活動出来ているんだ」
「残虐な上に慎重派で切れ者か⋯⋯。手強い相手だな。だからこそ逃がす訳にはいかない。ここで全員捕らえる必要がある」
「決まりだな。それじゃあ早速⋯⋯」
「ちょっと待った!」
勢いで突撃しそうになったベルグを、男が慌てて制止した。
「何だ? まだ何かあるのか?」
「ああ。突入前に教えておきたい事があるんだ」
「それは?」
「《ボスがいる部屋》と《エルフの奴隷》がいる部屋は別、ってことだ。だから、どっちを優先するのかを聞いておきたくてな」
「うん? そんなの、ボスを先に潰せば良いんじゃないか?」
ベルグらしい脳筋のお手本のような回答に、アリサと男は盛大にため息を吐いた。
「良いか、ベルグ? 重要なのは、相手のボスが慎重派という事だ」
「それがどうしたんだ?」
「例えば、ボスのいる部屋を襲ったとしよう。するとボスはどう出る?」
「既に部下たちには『ボスの身に何かあれば、エルフの奴隷を持って脱出しろ』って命じてあるからな。ボスが追い詰められれば、部下たちは自分の判断でエルフの奴隷を持ち逃げするだろうよ」
「だそうだ、ベルグ。これで、私たちには『エルフの奴隷を先に救出する』という優先順位が出来てしまった。その上で、盗賊団を一網打尽にする策を練らなくてはいけない。だが⋯⋯」
「人数不足だ。言っておくが、俺の戦闘力は当てにするなよ! ゴブリン一匹倒すのがやっとの腕しかないんだからな!」
「分かっている。だから、これ以上の自虐は止めた方がいい。聞いてる方も惨めになる」
エルフの奴隷を救出し、その上で盗賊団のボスを捕らえる。
この無理難題に二人が唸っている横で、ベルグは一人、篭手をぎゅっぎゅっとはめ直していた。
そして。
「二人とも、何を悩んでいるんだ? そんなの、取れる戦法は一つだろう」
「⋯⋯何?」
アリサは『まさか⋯⋯』とでも言いたげな表情を浮かべ、男はその後の言葉を察してか頬に冷や汗がつうと流れた。
「そんなの、二手に分かれて同時に行えば良いだろう」
◇ ◇ ◇
『オレが囮となって先行し、盗賊団とボスをまとめて相手するから、君たち二人は奴隷の救出に向かってくれ。何、心配は要らない。盗賊の相手は慣れてるからな!』
ベルグの言葉を思い出し、アリサは溢れ笑いを抑えつつも、男の案内の下、エルフの奴隷が囚われている部屋へと向かっていた。
道中幾人かの盗賊に出くわしたが、アリサはその度に流れるように距離を詰め、剣すら抜かずに相手の首を絞めあげて気絶させていた。
「⋯⋯すげぇな、アンタ。その腕っ節、そこらの男にも負けてないんじゃないか?」
「褒め言葉としてありがたく受け取っておこう。ベルグが規格外なだけで、私だってそれなりに強いという自負はあるからな」
「⋯⋯全く、大した姐さんだぜ」
「姐さんと呼ぶな。お前のような舎弟を持った覚えは無いぞ」
「分かってる。言ってみただけだ」
二人は軽口を言い合いつつ、目的の部屋まで確実に進んでいた。
そして。
「⋯⋯着いたぜ。あの部屋だ」
「ふむ、見張りは二人か。⋯⋯なら、ちょっと行ってくる。お前はここを動くなよ?」
「分かってるよ。俺が出たところで、足手まといにしかならねえからな」
「ふっ」
男の返事を聞き、アリサは剣を抜いて曲がり角から勢いよく飛び出し、電光石火のごとく一気に距離を詰めた。
「な、何だ貴様は?!」
「て、敵しゅ⋯⋯ぐはぁっ!」
左側の見張りはアリサの速度に反応すら出来ず、顔面に拳がめり込み意識が飛んでその場に崩れ落ちた。
「く、くそっ! うおおおっ!」
残った右側の見張りが、アリサの頭上目掛けて斧を振り下ろす。
アリサは斧に剣の切っ先を当てて斬撃を逸らし、相手の勢いを利用して柄頭を見張りの鼻先に食らわせた。
「ぶ⋯⋯っ!」
「そのまま寝ていろ」
見張りの体勢が崩れたところに、顔面に追い討ちの膝蹴りをめり込ませて意識を刈り取った。
戦闘が終わった事を確認した男は、そうっと曲がり角から姿を現した。
「⋯⋯すごいな。ハハ⋯⋯。見張りの斧使いが二人がかりでも、アンタの相手にはならないんだな⋯⋯」
「不意を付いた事で、実質一対一だったがな。私の速度に反応出来ていない時点で、実力の底が知れたな」
アリサは努めて冷静にそう言いつつ、見張りの服から鍵を探し出して扉の鍵をガチャリと開けた。
ギィと錆の軋む音を響かせながら開いた扉の先には、鎖に繋がれたボロボロのエルフの少女がいた。
「⋯⋯酷いな、これは⋯⋯」
よく見ると、エルフの少女の目は虚ろで、身体もやせ細り、ろくに食事を与えられていない酷い扱いを受けていたのは誰の目にも明らかだった。
手首と足首の計四箇所に鉄輪が嵌められており、その鎖の先は壁に埋め込まれていた。
総じて、奴隷を捕らえておくための部屋という印象を与えていた。
アリサは鉄輪を剣で断ち切り、エルフの少女を救い出した。
「よし、もう大丈夫だ。私が助けに来たからな」
「⋯⋯」
アリサが優しく声をかけるが、少女からの返事は無かった。
アリサは奥歯をギリッと噛み締めつつ、少女を優しく抱き抱えた。
その軽さに、アリサは憤りを覚えた。
「⋯⋯行くぞ。早くここを出なくては」
「あ、あぁ⋯⋯」
男はそれ以上何も言わず、黙って地上まで先導した。




