3:冒険者
「おお、すごい城壁だな! 王都というのはこれが普通なのか?!」
「そうだな。だが、ここは国王陛下の座す王都であるが故、通常の街よりも高く堅牢に造られている」
初めての王都にまるで子供のようにはしゃぐベルグに対し、アリサはやれやれといった様子で答えた。
「それよりも早く来い。街へ入る前に審査を受けるぞ」
「審査?」
「ああ」
二人は門の前まで進み、アリサが先に警備兵に挨拶をして冒険者の証であるバッジを取り出して見せた。
「失礼。私は冒険者の者だが、連れが王都どころか、街にすら行ったことの無い程の田舎者でな。身分証となるものを持っていないのだが、私が身元保証人となって彼を入れることは出来ないだろうか?」
「冒険者協会所属のアリサさんですね。申し訳ないのですが、身分証が無ければ入場料をいただくしかありません。二千フロン、銅貨二十枚が必要となります」
「うーむ、そうか⋯⋯」
「何だ? 入るのに金が必要なのか?」
「そうだ。ベルグ、持ち合わせはあるか?」
「そうだなぁ⋯⋯。爺さんからもらった小遣い程度なら持ってきているぞ。これで良いか?」
そう言って、ベルグは懐から硬貨の入った袋を取り出した。
アリサは先に袋の中身を確認すると、驚きのあまり袋の口をばっと閉じた。
「ベルグ」
「ん?」
「君は、この硬貨の価値を分かっていないのか?」
「よく分からないな。硬貨というのはどれもだいたい似たようなものでは無いのか?」
「はぁ⋯⋯」
村から一歩も外に出たことのないベルグの壊滅的な知識ぶりに、アリサは頭を抱えた。
そして、『この男は常識を叩き込むまで一人にしてはおけない。しっかりと教育してやろう』と、内心でそう決意した。
「良いか、ベルグ。これは《ウェリタクス貨》と言って、今から千年以上前に使われていた硬貨だ。その価値は、今の《フルミエス貨》の実に十倍近い。ウェリタクス銅貨一枚が、フルミエス銀貨一枚に相当するのだ。これは絶対に他人に見せるんじゃ無いぞ。分かったな?」
「そうなのか? 了解した。だったら、こっちだな」
ベルグは剣の柄頭を取り外し、そこから硬貨をじゃらりと数枚取り出した。
それは、紛れもなく現在流通しているフルミエス銀貨だった。
「⋯⋯君は、何故そこに隠しているんだ?」
「道中の旅は何があるか分からないからな。『金は複数の場所に隠し持っておけ』と、爺さんから教わっていた」
「⋯⋯いや、何も言うまい。銀貨があるなら、これで支払いを済ませよう」
アリサはベルグの代わりに入場料の支払いを済ませ、ベルグの左腕をがっちりと掴みながら街へと入っていった。
「おお! 凄いな、街の中はこうなっているのか!」
村の中しか世界を知らなかったベルグの目には、王都の街並みは全てが新鮮に映った。
石畳で舗装された道、高く積まれたレンガの建物、新鮮な食材が所狭しと並ぶ露店などなど。
その全てが、ベルグにとっては眩い輝きを放って見えていた。
「ハハハ、ここはいいところだな! アリサ、あそこの店は何だ? 美味そうな匂いがするぞ!」
「あそこは食事を提供している店だな。後で奢ってやるから我慢しろ。まずは冒険者協会だ」
「っていうか、いつまで腕を掴んでいる気だ?」
「外を歩く時はずっとだ」
「は?」
「君はちょっと手を離すとすぐにあちこちに行って迷子となり、そして行方不明となって要らぬトラブルまで引き起こす⋯⋯。そんな未来が見える」
「失礼だな。オレがそんな馬鹿に見えるのか?」
「見えるさ。今までのはしゃぎようを見る限りな」
「ハハハハハ! 確かに、あちこち行ってしまうというのは否定出来ないな!」
どこまでも元気なベルグに悩まされつつ、アリサは冒険者協会を訪れた。
中へと入り、そのまま茶髪の受付嬢がいるカウンターへと直行した。
「いらしゃいませ。冒険者協会へようこそ。お久しぶりです、アリサさん」
「久しぶりだな、カレン。今回は報告に来たのだ」
「報告、ですか?」
「ああ。それも、ちょっと面倒な事態となっている。協会長に取次ぎをお願いしたい」
「かしこまりました。では少しお待ちください」
受付嬢のカレンはそう言うと、すぐさま奥の扉の向こう側へと姿を消した。
待っている間、アリサは冒険者の依頼が張り出されている掲示板を見に行こうとしているベルグを繋ぎ止めておくので必死だった。
やがて、扉の奥から杖をついた大柄の男が姿を現した。
「久しいな、アリサ。急用と聞いたが、何かあったのか?」
「久しぶりです、協会長。実は、スタンピードについての話です」
その一言に、協会長の目つきは鋭くなった。
「⋯⋯奥の部屋に来い。そこで聞こう」
「分かりました。ほら、行くぞベルグ」
「ああ。⋯⋯どこにも行かないから、いい加減手を離してくれないか?」
「本当だな? 大人しくしてくれよ?」
「分かってる。さすがに、こんなところでアリサに迷惑をかけるような事はしないさ」
「⋯⋯」
アリサはため息を一つ吐き、そこでようやく右手を離した。
二人は応接室へと通され、そこで事の顛末を協会長へと話した。
ベルグの証言もあって、アリサの話はすぐに受け入れられ、後日スタンピードの調査が行われる事となった。
「⋯⋯さて、用件はこれで済んだのだが。ベルグと言ったな?」
「ああ。オレに何か用でもあるのか?」
「君さえ良ければ、冒険者登録してみないか?」
「何と、オレも冒険者になれるのか!」
「ああ。君さえ良ければだが⋯⋯。そんなに興味があるのかね?」
「もちろんだ!」
気づけば、ベルグは身を乗り出して協会長に詰め寄っていた。
「村にいた頃、爺さんからいつも話を聞いていたんだ。冒険者といえば、その身一つで世界を開拓し、知恵と魔法でダンジョンを攻略し、剣でドラゴンをも退治する。世に語られる英雄たちも、最初は世界を渡り歩き、様々な偉業を成し遂げた⋯⋯。そんな胸躍る冒険を、人生で一度はしてみたいとずっと思っていたんだ!」
「そ、そうか⋯⋯」
「協会長! 今すぐにでも、冒険者登録をさせてくれ!」
「分かった。分かったから落ち着いてくれ」
「ベルグ、それ以上は失礼だぞ」
アリサが制止し、ようやくベルグは落ち着きを取り戻して席に座り直した。
「こほん。冒険者登録は、受付嬢のカレンに声をかけると良い。私の名を出せば、試験を飛ばしてすぐに登録出来るはずだ」
「それはありがたいが、良いのか? 試験を免除してもらって⋯⋯」
「構わんよ。君の実力はアリサの保証付き、しかも話が本当ならスタンピードに遭遇しても生き延びた実績がある。実力証明としては申し分ないだろう」
「ありがとう、とても助かる! アンタ、とってもいい人だな!」
「ははは。君こそ、とても真っ直ぐで良い性格をしているな。今の私には、とても眩しく見えるくらいに⋯⋯」
二人は協会長に一礼し、応接室を後にした。
その後、カウンターでカレンに声をかけ、ベルグの冒険者登録の手続きを行った。
協会長の名を出した時、カレンは『はぁ⋯⋯』とため息を吐いていた。きっと、こういう事は日常茶飯事だったのだろう。
何はともあれ。
こうして、ベルグはめでたく冒険者の仲間入りを果たしたのだった。




