2:出会い
「⋯⋯見つからない、か」
魔物との戦いの後、ベルグは休息もそこそこに村人たちの遺体を一つずつ弔っていった。
生き残った者の義務とでも言うように、剣をスコップに持ち替えて、遺体を探し出しては村の広場だった場所へと運び、穴を掘って埋めていく。
その間、ベルグはそれとなくフィオナの痕跡を探していた。
しかし、遺体どころか特徴的な青髪の一本すら見当たらなかった。
丸呑みされたならいざ知らず、そうで無ければ何らかの痕跡は残っているはずだった。
しかし、彼女の家族の家跡やベルグの家、裏の岩山を巡っても、フィオナの痕跡を何一つ見つける事は出来なかった。
(フィオナ⋯⋯。無事に逃げ出せていれば良いのだが⋯⋯)
ベルグは、フィオナの痕跡が見つからないのを『無事に村から逃げおおせている』と解釈し、弔いの儀式を進めていった。
その最中、壊滅した村に一人の来客があった。
「⋯⋯酷い有様だな」
ベルグは人の気配を感じ取り、剣を手に取り遠目にその存在を観測した。
村を訪れた者は、女性だった。
いや、どちらかというと年若い少女か。
少しあどけなさが残る顔立ちに、燃えるような赤い長髪が印象的で、華奢な身体にはおよそ似合わぬ無骨なデザインの長剣が収められた鞘が背に収められていた。
その立ち振る舞いから、どこか高貴な戦士のような雰囲気を醸し出していた。
ベルグは敵意無しと判断しつつ、警戒は緩めないままに少女へと話しかける事にした。
「誰だ?」
「⋯⋯君は、ここの生き残りか?」
突然姿を現した男の影にも剣を抜くことなく、落ち着いた様子で少女は尋ねた。
その声色から、本気で心配している事を感じ取ったベルグは、剣から手をすっと離した。
「ああ。つい先日、魔物の大群に襲われてな。ご覧の有様だ」
「そうか⋯⋯。では、一歩遅かったのだな⋯⋯」
「そのようだ。すまないな、せっかく訪ねてきてくれたのに、これじゃあ歓待する事も出来なくてな」
「いや、気にしないでくれ。むしろ、こちらこそすまない。魔物の大群が動いていたというのに、察する事すら出来なかったのだからな。一人の戦士として、何も出来ずに不甲斐ないばかりだ」
何も悪い事はしていないというのに、少女はぺこりと頭を下げた。
「ちょ! 頭を上げてくれ! これは君の責任じゃない。君が悪く思う必要なんかどこにも無いじゃないか」
「いや、そんな事は無い。私も冒険者の端くれ、この村を訪れる前に、隣村で周囲の魔物や盗賊共の動きなどの噂を聞き込みながらやって来たのだ。何か少しでも魔物の動きに違和感を感じ取れていれば、スタンピードの予兆に気づけたはずなのだ」
「スタンピード? これは、魔物のスタンピードに入るのか?」
「ああ。原因が分からないが、多分な。村を滅ぼす程の魔物の大群が押し寄せる事態となると、それしか考えられない」
「なるほど⋯⋯」
スタンピード。
動物や魔物たちがパニックを起こし、群れを成して移動する大規模な自然災害。
その理由は様々で、ダンジョンから溢れ出した魔物が次の拠点を探している、あるいは大量の食料を目指している、はたまたさらなる驚異から逃げ出しているなど諸説あるが、実際のところはよく分かっていない。
「ところで、君は誰だ?」
「おっと、すまない。名乗るのが遅れたな」
ベルグの問いに対し、少女は居住まいを正して答えた。
「私の名はアリサ。偽名ではあるが、こちらにも事情があるのだ。すまない」
「いや、そちらの事情であるのならば詮索はしない。オレはベルグ・ライオネルだ。ベルグと呼んでくれ」
「そうか、承知した。では、これからはベルグと呼ばせてもらうとしよう」
二人はどちらともなく手を差し出し、ぐっと固い握手を交わした。
「ところで、ベルグは何をしているのだ?」
「ああ。村人たちの遺体をまいそうしていた。⋯⋯オレが不甲斐ないばかりに、みんなを守る事が出来なかったからな。せめてもの償いとして、生き残った者の義務を果たしているんだ」
「⋯⋯そうか。では、私も手伝うとしよう」
「え? いや、これは君がやる事では⋯⋯」
「手伝わせてくれ。それと、君が責任を感じることは無いぞ」
「え?」
「守りきれなかったのは結果論でしかないし、君が村人のために戦ったのは紛れもない事実なのだ。死んでいった者たちに対して救えなかった事に申し訳なさを感じるのはまだしも、それを自分のせいにするというのは一種の傲慢というものだ」
「⋯⋯そこまで言うのか?」
「ああ、言うとも。人一人に出来ることなどたかが知れている。スタンピードなどという自然災害に対し、個人の力ではどうしようもなくて当然なのだ。むしろ君がするべきは、今を一生懸命に生きる事だ。自分の実力と幸運を誇り、死んでいった者たちの分まで強く生きる。それが、散っていった彼らに対する報いとなる」
「⋯⋯そうか。ありがとう」
ベルグはアリサの一言をぐっと噛み締め、スコップを手に取り作業に戻った。
その足取りは軽やかに、穴を掘る手に力が入る。
それを見たアリサはふっと微笑み、道具を探し出して作業を手伝った。
埋葬作業は二人がかりでも一昼夜続き、作業を終えた二人はベルグの家で一晩過ごした。
──翌朝。
早朝には目を覚ました二人は、軽く食事を摂った後、それぞれ身支度を整えていった。
ベルグの持ち物はあまり無い。
腰のポーチに入る程度の水と食料、そして形見となってしまった、村人の誰かが使用していた長剣のみ。
それ以外に持っていけるものは何も残っていなかった。
「そういやベルグ。旅に出るのは良いが、目的地は決めていないのか?」
「そうだな⋯⋯。では、王都が良いな」
「王都?」
「ああ。オレは今まで、この村を出た事が無いからな。王都の存在も、行商人や爺さんの話でしか聞いた事が無かったし、目的地としてちょうど良いと思っている」
「そうか。なら、好都合だな。今回のスタンピードの件もあるし、私も一度冒険者協会に顔を出しておきたいと思っていた。それに、スタンピードの生き残りである君の証言があれば、協会もきちんと調べてくれるだろう。では、目的地は王都で決まりだな」
「ああ。そうと決まれば、早速出発するとしよう! 楽しみだなあ、ハハハハハッ!」
「やれやれ、出発前から元気だな。まさか、ベルグが本来はこういう性格だったとは⋯⋯」
目的地を定めた二人は、揃って村を出立した。
二人は道中狩りをしつつ、互いに見張りを交代しながら野営を繰り返し、十数日が経過した頃。
「着いたぞ。ここがトレビス王国の王都、トラベイアだ」
「おぉ⋯⋯。ここが、噂に聞く王都か⋯⋯!」
ベルグは、人生で初めての王都へ、足を踏み入れたのだった。




