1:はじまり
「⋯⋯ふっ!」
空を斬り裂く剣閃が、魔に染まった狼の喉笛をかき斬った。
「よし。食料確保だ」
狼の魔物を一撃で倒して見せたベルグは16歳。身体つきも大きく成長し、森に出現した魔物をも倒せるほどの実力を身につけた。
しかし、幼い頃からの聖剣好きは相変わらずであり、成長し知識を得た事でむしろ加速した。
剣の修行と肉体の鍛錬は毎日欠かさず、食料調達として森や平原へと赴いては魔物を狩って村へと持ち帰ったり、時には村に近づく盗賊から村を守ったりしていた。
大人たちに守られていた少年は、いつの間にか村の守護者にまで成長していた。
いつものように狩った魔物を村の食料庫に放り込んだベルグは、自宅の庭で剣の手入れを始めた。
そこに、一人の少女が家を訪れた。
「ベルグー、いるの?」
「フィオナか? ここだー!」
ベルグの声に導かれ、フィオナは駆け足でやってきた。
「よう、フィオナ。今日も相変わらず、綺麗な青髪だな」
「そう? ありがとう。私の髪色を褒めてくれるのはあなただけよ」
フィオナの髪は、空よりも濃い青色をしていた。
両親の髪は茶色であり、そこから生まれるはずのない青色の髪で生まれたフィオナは、村人からは『悪魔の娘』『厄災をもたらす魔女』などと呼ばれ、忌み嫌われていた。
「ははは。そんなの、連中に言わせておけば良いさ。蒼穹よりも濃い君の青髪が美しいのは、紛れもない事実なんだからな」
「⋯⋯全く、ベルグはいつもそう言うわよね。一体どこでそんな言い方を覚えてきたのやら⋯⋯って、そうじゃなくて!」
「うん?」
「あなた、今日も相変わらず一人で魔物を狩って来たんでしょう?」
「ああ、いつものようにな」
「いつも危ないって言ってるでしょう! せめて、大人たちと一緒に⋯⋯!」
「大丈夫だって。狼だろうと猪だろうと、毎日身体を鍛えているオレの敵じゃない。それとも何だ、オレの事を心配してくれているのか?」
「当たり前でしょう。⋯⋯あなたは私の、たった一人の友達なんだもの」
「フィオナ⋯⋯」
視線を落とし、徐々に声が小さくなっていくフィオナを見て、ベルグはそっと青色の小さな頭をそっと撫でた。
「!」
「心配してくれてありがとうな、フィオナ」
「ベルグ⋯⋯」
「思えば、オレを心配してくれるのは君だけだな。昔は爺さんもオレの身を案じてくれてはいたけど、今はもういないしな」
毎日魔物を狩っては村に肉として届け、時には盗賊すらも一人で追い払う。
そんなベルグの姿に、村人たちは畏敬の念と安心感を覚え、親しくはしても彼の身を案じるものはほとんどいなくなっていた。
「安心してくれ、フィオナ。オレは、何があっても必ず生き残る。そして、いつものようにここにいるさ」
「⋯⋯そう」
そんな時。
──村に、かつて無い脅威が襲いかかった。
「う、うわああああぁぁぁぁっ!」
「「!」」
大人たちの悲鳴が村中に響き渡り、村の端にいた二人の耳にもはっきりと届いた。
聞こえてきたのは声だけでは無かった。
建物が壊れる音に、猛獣の咆哮。
それらが酷い雑音となり、村に何が起こっているのかを鮮明に語っていた。
「な、何が起こっているの?」
「どうやら、魔物が村に現れたらしいな」
「えぇ?!」
「フィオナはおじさんたちを連れて、裏の岩山に避難してくれ! 魔物に見つからないようにな!」
「ベルグは?! あなたはどうするの?」
「決まっているさ」
ベルグは愛用の篭手を両手に装着し、鉄剣を握り締めた。
「ちょいと魔物退治に行ってくる!」
ベルグはそう言い残し、全速力で現場へと向かった。
「はああああっ!」
「ブギョオオオオォォォォ⋯⋯!」
ベルグが剣を振るう度、魔物は物言わぬ肉塊へと成り果てる。
「はぁ、はぁ⋯⋯。くそっ!」
もう何体倒しただろうか。
ベルグがどれだけ剣を振るおうと、魔物の数は一向に減らず、ともすれば増えているようにすら見えた。
終わりの見えない駆逐作業、ベルグに疲労が蓄積していく。
汗が頬を流れ、剣を握る力が若干緩む。
魔物たちは村を蹂躙し、人の形をした肉塊を一つ、また一つと増やしていき、それに貪りついていった。
「止めろおおおおっ!」
ベルグは魔物を斬り倒し、死骸の脚を掴んでは振り回し、村人の死体を貪る魔物に向けて放り投げた。
魔物を倒しながら周囲を見渡すが、生き残った村人の姿を視界に捉える事は叶わなかった。
ギリ、と歯を食いしばる音も、周囲の喧騒にかき消された。
(オレには守れないのか? 毎日身体を鍛え、今もこうして魔物を数え切れないほど斬り伏せているのに、まだ一人も助けられていない⋯⋯)
剣を握る力が弱まる。
剣速が遅れ始め、切っ先が僅かに鈍くなる。
(オレに、力が⋯⋯。もっと力があれば⋯⋯っ!)
「うおおおおおおおおっ!」
ベルグは叫んだ。
魔物たちにも劣らない咆哮が辺りに響き渡り、剣を握る手に力が戻る。
鋭き眼光は魔物を一匹たりとも見逃さず、視界に映る全てを狩り取っていく。
そんなベルグの前に、さらなる脅威が立ち塞がった。
「ガオオオオオオオオンッ!」
「⋯⋯!」
それは、巨大な狼だった。
先刻ベルグが狩った狼とは比べ物にならない、まるで山かと見紛うばかりの巨躯が、ベルグの目の前に現れた。
「これ、は⋯⋯?!」
「ガアアッ!」
「っ!」
巨狼の前脚が、ベルグの身体を吹き飛ばす。
圧倒的な質量差を前に、ただの防御は意味を成さない。
地面に転がるベルグの剣は、先の攻撃を防ぎきれずに砕けてしまっていた。
「く、くそ⋯⋯っ!」
よろけながらも立ち上がり、近くに落ちていた村人が使っていた剣を手に取った。
「こんな、ところで⋯⋯っ!」
「グゥゥゥゥ⋯⋯!」
目の前の理不尽な存在を前に、それでもベルグは立ち上がる。
彼の中に、抵抗を諦めるという選択肢は存在しなかった。
「なぁ、魔物の王よ⋯⋯。知ってるか?」
「グルルル⋯⋯」
「彼らは⋯⋯。《聖剣》に選ばれた英雄たちは、誰一人として諦めた者はいなかった。何度も立ち上がり、自身の信念を貫き通した⋯⋯。聖剣に選ばれたからじゃない。彼らのその生き様が、人々に英雄と呼ばせたんだ」
ベルグは巨狼を鋭く睨みつけ、そして、ニヤリと笑みを浮かべた。
「だからな、魔物の王よ⋯⋯。オレは諦めない。たとえこの村で生き残ったのがオレだけになろうとも、この剣だけは手放さない。この命が燃え尽きるその瞬間まで、絶対に⋯⋯!」
足を肩幅分広げ、剣先を巨狼に向けて、ベルグは叫んだ。
「聞け、 魔物の王よ! お前がこの村を蹂躙し尽くそうと言うのなら、オレがお前の前に立ち塞がろう! たとえあらゆる理不尽が襲いかかろうとも、オレの信念、この剣に賭けて! 最後まで抵抗させてもらう!」
ベルグの覚悟に呼応するように、右腕が突然光り出した。
幼少の頃に刻まれた僅かな傷跡が、右腕全体に紋章を浮かび上がらせ、群青色の光を放っていた。
「な、何だ、これは⋯⋯!」
光が剣にまとわりつく。
──目の前の理不尽を斬り裂け。
深い青色の光は、まるでそう告げているかのようにベルグは感じ取っていた。
「そうか⋯⋯。お前は、力を貸してくれるんだな⋯⋯!」
口角が上がり、全身から緊張が抜けていく。
剣を構え、そして巨狼へと向けて駆け出した。
「この剣の光こそ、かの英雄譚に語り継がれし、魔を打ち払う聖なる力!」
何度も読んだ、英雄たちの活躍を記した本。
そこに書かれていた剣の名が脳裏に浮かび上がり、ベルグはそれを心の赴くままに、声高らかに叫んだ。
「これこそは! かの伝説の英雄が振るいし聖なる剣、その名を《エクスカリバー》! この剣の名を魂に刻み込み、冥府へと堕ちるがいい!」
ベルグの剣の一振りは、巨狼の姿をも飲み込んだ。
城壁ほどもあろうかという巨躯は消え去り、群青色の光が村全体へと広がっていき、周囲の魔物たちを浄化し、消滅させていった。
後には、かつて村だったであろう人々の生活の跡が、獣たちの蹂躙によってほとんど崩されていた。
「はぁ、はぁ⋯⋯、はぁ⋯⋯⋯⋯っ!」
剣を地に突き刺し、膝をつく。
魔物は排除したものの、村を、村人たちを救えなかった事実が、疲労困憊のベルグの背に重くのしかかった。
「うぅ⋯⋯っ! うおおおおぉぉぉぉっ!」
悲哀に満ちた若き獅子の絶叫が、無人の跡地に虚しくこだました。




