09.星籠日(ほしこもりのひ)の朝
「なんか、忙しすぎー」
五日間学校へ通って、明日はお休みになる土霊日の夜。
リーゼお姉ちゃん、コン兄ちゃんと一緒に晩ご飯を食べながら、私はため息をつきました。
一週間は六日間、一か月は五週間、一年は十二か月。
それが王国の暦で、この大陸のほとんどの国が同じ暦を使ってます。私が住んでいた村も同じだったから、それについては問題ないんだけど。
毎日早起きして学校へ行く。
お昼過ぎに帰ってきて、お店の手伝いと宿題をする。
それが、なんだかすごく窮屈というか、忙しく感じた一週間で、私はくたくたになっちゃいました。
「島ではのんびり暮らしていたものね」
「ミラはお寝坊さんだったからなぁ」
島で暮らしていたとき、魔法使いの弟子だったリーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんは、夜明け前から夜遅くまで忙しくしてました。
でも、私は目が覚めたら起きて眠くなったら寝る、て感じ。お習字の時間は決められていたけれど、それ以外はわりと好きなことをしてました。
もちろんおうちの手伝いはしていたけれど、魔法使いのお仕事は私にはできないから、やれることはあまりなくて。ずっとそんなふうだったから、きっちり時間が決められた生活って、すごくしんどい。
「ま、慣れるしかないわね」
「そうなんだけどぉ」
慣れるのかなあ、これ。
ちなみにリーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんは、「王都に来てから、なんかのんびり暮らしてる感じ」なんだって。魔法使いの弟子って、ほんとに忙しかったんだね。
「で、学校はどーなんだ。友達出来たか?」
「うん、できたよ」
ミラルダ、カミラ、ミラリス、アルミラ、ミラベル。
名前に「ミラ」が入っている五人が、「今日からミラーズの一員よ!」と言ってくれて、それがきっかけでみんなが仲良くしてくれました。
だけど――隣の席のユウガくんとは、まだあまり仲良くなれていない。
授業中はすごく親切なのに、休み時間はどこかへ行ってしまう、ていう感じがずっと続いているの。なんなのかなあ。
「そうねえ……ひょっとしたら、ミラがあんまりにもかわいい女の子だから、恥ずかしがって逃げちゃってるのかもよ?」
「えぇー」
「いやいや、それはねえって。ミラはそこまでの美少女じゃねえよ」
コン兄ちゃんが、ぎゃはははっ、と笑いました。
ちょっとムッとしたけど。
すぐに、げしっ、とすごい音がして、コン兄ちゃんが「うがっ」と変な声をあげました。
「まったく。デリカシーのないお兄ちゃんね」
「リゼ、おま……靴の先で向う脛を蹴るのは反則……」
痛そうだなー。でもコン兄ちゃんが悪いんだから、仕方ないよね。べーだ。
でも。
コン兄ちゃんの言う通り、私はものすごい美少女、てわけじゃない。美少女というなら、ミラルダの方が絶対そうだし。それに授業中は普通にお話ししてくれるんだよね。
うーん、なんで休み時間はさけられてるんだろ?
「ま、焦っても仕方ないし。様子を見て話してみたら?」
「うん、そうする」
とりあえず明日はお休みだし。
来週また考えよう。
◇ ◇ ◇
陽霊日、火霊日、水霊日、風霊日、土霊日、星籠日。
一週間は、その六日間で一回り。一週間の最後の日は、精霊が星の籠でお休みする日で、だから人間もお休みする日になった、て言われてるの。
ローワンの木の精霊も、明日は星の籠でお休みするのかな。
寝る前にそんなことを考えたからかな。その日はちょっと不思議な夢を見ました。
※ ※ ※
たぶんそこは、ニルヴァーナがある場所。
でもお店の建物はなくて、お店のすぐ裏にある城壁も崩れていました。そしてお庭があるはずのところには、火に焼かれ、枝が折れて、ボロボロになったローワンの木が見えました。
ひどい、誰がこんなことしたんだろう。
ローワンの木の精霊、大丈夫なのかな。
心配して見ていたら、薄汚れたローブを着てフードを目深にかぶった人が、ローワンの木に近づいていくのが見えました。
たぶん、女の人。
フードが風にあおられて、ちょっとだけ顔が見えました。透き通るような白い肌で、深い青色の瞳がとても神秘的。その目で見つめられたら、吸い込まれちゃいそうです。
女の人はローワンの木の前に立つと、両手を合わせて静かにお祈りを始めました。そうしたら、ローワンの木がぼんやりと光り始めたの。
――お眠り、星の籠で。
どこか遠くから、すごくきれいな声が聞こえてきました。たぶん、女の人の声。優しく語りかけるような、でも歌っているような、聞いていてうっとりしちゃう、とても素敵な声。
――静かに深く、安らかに。
――また芽吹く、その日まで。
最初、女の人はローワンの木を治そうとしてるのかな、と思いました。
でも、そうじゃなかった。
このローワンの木は、傷つきすぎて、もう治せない。
だけど焼け残った実があった。この木は枯れてしまうけれど、その実に宿る種が芽吹き、新しい木が育つように、てお祈りしてるんだ。
――新たに生まれる命よ。
――苦しみのない、平穏な世界で。
――どうか伸びやかに、そして健やかに。
女の人は、すごく真剣にお祈りをして。
最後に、ローワンの実を拾い、何かをお願いしていたけれど――それが何かは、聞き取れませんでした。
※ ※ ※
キィィィーン――。
頭の奥をかき回されるような、鋭くて高い耳鳴りがして、私は夢から引きずり出されました。
「うっ……わ……」
耳がわんわん鳴る。なにこれ、どうしちゃったんだろう。うう、すごく頭が痛いよう。
しばらくベッドでうずくまっていたけれど、全然治まらなかった。お日様出たばかりだけど――リーゼお姉ちゃん起きてるよね。
私はなんとかベッドを降りて、一階に下りました。リーゼお姉ちゃんはまだ寝間着のままで、台所でハーブティーを飲みながら本を読んでいました。
「あら、おはよう。早起きね」
「うん……」
「……どうかしたの、ミラ?」
リーゼお姉ちゃん、すぐに私がおかしい、て気づいてくれました。
本を置いて立ち上がると、私のそばに来てくれます。私はリーゼお姉ちゃんに抱き着いて、ものすごい耳鳴りがして頭が痛い、て伝えました。
「耳鳴り?」
リーゼお姉ちゃんが心配そうに私の顔をのぞき込んで、ハッとした顔になりました。
「ミラ、じっとしててね」
そっと頭を抱きかかえられて、耳元で何かをつぶやかれました。これ、もしかして魔法かな。
「あ……」
すうっ、と耳鳴りが消えました。頭痛もウソみたいになくなりました。すごい、魔法みたい。あ、魔法か。
「どう? 楽になった?」
「うん、ありがとう」
頭痛は消えたけど、まだ耳鳴りが聞こえてる感じ。なんだかふらふらする。かぜ、かなあ?
「ここにいて。コニーを呼んでくるわ」
コン兄ちゃん? なんでだろ?
リーゼお姉ちゃんはすごく怖い顔をしていました。私を椅子に座らせると、台所を出て行って、すぐにコン兄ちゃんと戻ってきました。
「大丈夫か、ミラ」
コン兄ちゃんも怖い顔をしていました。私が「うん、平気」て答えたら、ぽんぽん、て頭を叩いて、それから、裏口の扉の横にかけていた鏡を、こつん、と叩きました。
鏡の表面が揺れて、お庭のローワンの木と、木のそばに立っている男の人が映し出されました。
「いるな。導師だ」
「そう……頼める、コニー?」
「ああ、ここで待ってろ」
コン兄ちゃんはリーゼお姉ちゃんにうなずくと。
私がいつもローワンの木に水をあげるのに使っている、じょうろを手に庭へ出て行きました。




