08.鉛筆
教室には二人掛けの席が三列あって、私が座るように言われたのは真ん中の列の一番後ろでした。
席は左側。右側の席には男の子が座っていました。
「帽子は脱いで、かばんは机の横のフックにかけてね。ユウガ、ミラに色々教えてあげてね」
男の子は、ユウガ、ていう名前みたい。濃い茶色の髪で、少し癖っ毛。前髪がちょっと顔にかかってる。邪魔じゃないのかな。
「よろしくね」
私が声をかけても、ユウガくんは黙ったまま。深い緑色の瞳で、私をじっと見ている。
え、なんだろう。
なんだか怖い顔してる。なんでこんなにじっと見てるんだろう。私、何もしてないよね?
「え、と……」
戸惑っていたら、ユウガくんは「よろしく」と言って、ぷい、と目をそらしてしまいました。でも、横目でちらちらと私を見ている感じ。なんだか居心地悪いなぁ。
「さて、授業を始めますよ」
いけない、準備しなくちゃ。一時間目は確か、算数だよね。リーゼお姉ちゃんのお手伝いをしているから、計算は結構得意なんだよね。
「はいみんな、鉛筆とノートを出してね」
イザベラ先生の言葉に、私は「え?」と思いました。
えんぴつ、て――何だろう。
他の子を見ると、筆箱から細い木の棒を取り出していました。見た目は筆に似ているけど、さきっぽに毛がついていません。
墨とかないけど、どうやって文字を書くのかな――そう思っていたら、みんなは木の棒をそのままノートの上で動かして、字を書いていた。ひょっとして木の棒の中に、墨がしみ込んでいるのかな。
「ミラ、どうしました?」
きょろきょろしていたら、イザベラ先生に声をかけられました。
どうしよう。筆じゃダメなのかな。でも私だけみんなと違うのを使ってもいいのかな。とりあえず、正直に言うしかないよね。
「あの……えんぴつ、持ってないです」
「筆記用具を持ってくるよう、伝えていましたよね?」
「はい。だから、その……」
近づいてきたイザベラ先生に、恐る恐る筆巻きを見せました。イザベラ先生はそれを見て、あら、と目を丸くしていました。
「それなにー?」
左の列に座っている男の子が、大きな声で聞いてきました。
「あの、筆、だけど……」
「ええーっ!?」
クラスのみんなが、びっくりして声を上げました。
「筆、て絵を描くやつだよね?」
「算数の時間は鉛筆だよ」
「筆なんて、変だよー」
筆って、変なんだ。どうしよう。鉛筆持ってないよ。算数の授業、受けられないのかな。
どうしていいかわからなくなって、おろおろしていたら。
「変じゃないよ」
ユウガくんが、すごくよく通る声で言いました。その一言で、騒いでいたみんなが静かになりました。
「東の方の国では、文字を書くのに筆を使うんだよ。そうですよね、イザベラ先生」
「ええ、そうですね」
こほん、と咳払いをして、イザベラ先生が言葉を続けます。
「よく知っていましたね。ユウガが言う通り、東の国では筆で字を書きます。ミラが住んでいた村は、東の国との交流が深かったのでしょうね」
さっきまで変だ、て言っていたみんなが、へえーそうなんだぁ、てうなずきました。
筆は変、てわけじゃないみたいで、私はほっとしました。
でも、授業はどうしよう。今日だけ筆でいいのかな。先生にお願いしたら、鉛筆を貸してもらえるのかな。
「はい」
にゅっ、と鉛筆が差し出されました。
びっくりして顔を上げると、ユウガくんでした。
「貸してあげるよ。今日はこれ使って」
「あ、ありがとう」
棒の先っぽが削られていて、削られたところに黒い芯が見えました。そこで字を書くみたいです。
「消しゴムはここに置いとくから、いるときに使って」
「消しゴム?」
「……そこからか」
ユウガくんが、やれやれって感じで肩をすくめました。
「え、と……ごめん」
「いいよ、教えてあげる。まず鉛筆の持ち方だけど……」
怒っている、て感じじゃなかったけど、笑っている、てわけでもなくて。
ユウガくんは淡々と、でもとても丁寧に、鉛筆と消しゴムの使い方を教えてくれました。
◇ ◇ ◇
なんとか初日の授業を終えて、お昼過ぎに家に帰りました。
「あー、そうか。鉛筆かぁ」
お昼ごはんを食べながら学校であったことを話すと、コン兄ちゃんは「しまった」という顔をしていました。
「気がつかなかったぜ。王都じゃもう普及してるんだな」
コン兄ちゃんは鉛筆のことを知っていました。さすが、すご腕の職人さんです。
「コニー、鉛筆は作れるの?」
「やろうと思えばできるけど、高温の窯が必要だからなぁ。時間もかかるし、買ってきた方が手っ取り早いぜ」
「そう。まあ、他にも色々必要みたいだし、この後で買いに行きましょうか」
イザベラ先生が書いてくれた、授業で使うものを書いた紙を見ながら、リーゼお姉ちゃんが言いました。
鉛筆と消しゴムのほかにも、持っていないものがいくつかあります。今日はユウガくんに借りたけど、毎日借りるわけにはいかないから、早くそろえないと。
「思っていたより、色々といるのねえ」
「師匠のところには一通りそろっていたからな。思いつかなかったぜ」
リーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんは、小さい頃にお師匠様の弟子になったから、学校には通ってない。だから二人が思いつかなかったのは、仕方ないと思う。イザベラ先生も、きちんと確認してお伝えしておくべきでしたね、て謝ってた。
「クラスのみんなとは、仲良くなれそう?」
「うん、たぶん」
クラスのみんなはとても親切で、休み時間にたくさん話しかけてくれた。まだ名前を覚えられていないけど、早く覚えて友達になれたらいいな、て思う。
でも一人だけ気になるというか、よくわからないのが、隣の席のユウガくん。
鉛筆を貸してくれたり、使い方を教えてくれたり、授業中に困っていたらすごく親切にしてくれるんだけど、休み時間になったらすぐに席を立って、少し離れたところにいるの。他の子と話してる、てわけじゃなくて、なんだかじーっと私を見てる感じ。
観察されてるみたい、て言えばいいのかな。なんでだろう?
そういえば。
授業が終わって帰るとき、お礼を言ったら変なことを聞かれたな。
「君、さ……何を連れてきてるの?」
「え?」
質問の意味が分からず戸惑っていたら、「いや、いい。忘れて」て言って、さっさと帰っちゃったけど。
連れてきてる、てどういう意味だったんだろう。
ユウガくん、てなんだか不思議な子だな。でもとっても親切で、ものすごく物知りみたい。隣の席なんだし、仲良くなれるといいな。




