07.ミラがいっぱい
「ミラ。わかってっとは思うけどよ」
学校へ行く途中。
周りに人がいないことを確認して、コン兄ちゃんが私にだけ聞こえる声で言いました。
「お父さんのこと、バレないようにすんだぞ」
「うん」
私のお父さんは、世界を救った勇者。
でもそれは秘密なんです。
実は私がまだ三歳の時、一度バレちゃった――というか、バラしちゃったことがあるの。お師匠様と一緒に行った南の町。そこで仲良くなった子に、つい言っちゃって。それが広まって、大勢の人が押しかけてきた。みんなが大声で何かを言っていて、すごく怖かった。
小さな町ですらそうなんだから、王都で知られてしまったらどうなるか――考えるだけで怖いです。
「ま、すぐに信じてもらえるとは思えねーけどよ。用心に越したことはねーよ」
「うん、わかった」
コン兄ちゃんの手を、ギュッと握りました。コン兄ちゃんは頭をかきながら「悪い、怖がらせたか」と手を握り返してくれました。
「心配するな、俺とリゼがいる。破門されたとはいえ、『魔女の王』の弟子だぜ。ミラのことは、ちゃんと守ってやっからよ」
「うん」
◇ ◇ ◇
授業が始まるより少し早く、私たちは学校に着きました。
コン兄ちゃんが受付の人に名前を言うと、校長室へと連れて行ってくれました。
「おはよう。昨日はちゃんと眠れましたか?」
校長先生と教頭先生、それから私の担任になる先生の三人が出迎えてくれました。
校長先生は、五十歳ぐらいの、とてもやさしそうな女の人。
教頭先生は、四十歳ぐらいの、ちょっと厳しそうな男の人。
そして担任の先生は、二人よりも年上の、きれいな白髪の女の人でした。
「お名前は?」
「ミラ、です。き……今日から、よろしくお願いします」
人に名乗るときは、姿勢を正して大きな声で。
お師匠様にいつも言われていたので、自然とそうできました。校長先生たちはにっこりと笑ってうなずきました。
「初対面の大人にしっかりとあいさつできる、すばらしいですね」
「島から来たと聞いて心配しておりましたが、これなら大丈夫そうです」
校長先生の言葉に、教頭先生がうなずきました。その教頭先生の隣にいた担任の先生が、一歩前に出ました。
「初めまして、ミラ。今日から私があなたの先生になる、四年三組の担任、イザベラです。では、学校のことを簡単に説明しますね」
学校は一年生から五年生まであって、私は四年生になること。
各学年三クラス、二十人ずつ。
授業は毎日五時間あって、各時間が四十分、授業の間には五分の休憩。でも二時間目と三時間目の間の休憩は三十分。五時間目が終わるのはお昼過ぎで、それで一日終わり。
村の手習い所とは全然違いました。毎日きっちり時間が決められていて、その通りにしなきゃいけないなんて、すごく大変そう。私、やっていけるのかなあ。
「ミラは、学校に通うのは初めてね?」
「はい」
「そう。慣れるまで大変かもしれないけど、がんばりましょう」
「では、ミラさんは授業の方へ。保護者の方は、少しお話がありますので残っていてください」
「わかりました。んじゃミラ、しっかりな」
「うん」
コン兄ちゃんが、ぽん、と私の頭を叩きました。私は笑って手を振り、担任のイザベラ先生と一緒に校長室を出ました。
「お父さん……にしては若いわね。お兄さん?」
「はい」
血はつながっていないけど――それはまあ、言わなくていいかな。
「とっても仲がよさそうね。お兄さんと二人暮らしなの?」
「お姉ちゃんもいます」
「じゃ、兄弟三人暮らしなのね」
イザベラ先生とお話しながら、廊下をまっすぐ進み、階段を上りました。
四年三組の教室は、三階建ての建物の一番上です。階段を登り切った時は、ちょっと息が苦しくなっちゃいました。
「ここよ」
イザベラ先生は、階段を上ってすぐの部屋で立ち止まりました。
部屋の中から、楽しそうな笑い声が聞こえてきました。私と同じ十歳の子がたくさんいる、そう思うとドキドキしてきました。
「さ、入りましょう」
みんなと仲良くなれますように。
気がつけば私は、ポケットに入れていたローワンの葉っぱを、しっかりと握っていました。
◇ ◇ ◇
「ミラです。よろしくお願いします」
しん、と静まり返った教室で、私はみんなの前に立ち、名前を名乗りました。
姿勢を正して大きな声で。ちゃんと言えたと思います。ドキドキしながらみんなの方を見ると、窓際の席の女の子が、「えーっ!」と声を上げました。
「せんせー、また『ミラ』が増えたー」
女の子の声に、みんながドッと笑いました。
え、なに?
また「ミラ」が増えた、て――どういうことだろう。
戸惑っていると、イザベラ先生は「やれやれ」て感じの顔で、女の子を注意しました。
「あなたはミラルダでしょ」
「えー、でもミラが入ってるよー」
あの女の子、ミラルダ、て名前なんだ。亜麻色のふわふわした長い髪で、すっごくきれいな子。なんだかお姫様みたい。
「せんせー、私もー」
「私もでーす」
別の女の子が手を上げました。全部で四人です。イザベラ先生、こほん、と咳払いすると、ちょっと強い口調で言いました。
「カミラ、ミラリス、アルミラ、ミラベル。あまりふざけると怒りますよ」
イザベラ先生が注意すると、女の子たちは「ごめんなさーい」と笑いながら謝りました。
「……と、言うわけなのよ、ミラ」
ええと、つまり。
このクラスには名前に「ミラ」が入っている子がもう五人いて、私が六人目ってことかな。
「賢者ミラリーヌ様は、知っているかしら?」
「はい」
「『魔王』との戦いで活躍した賢者様は、それは人気者でね。あの方のようになってほしい、そう願って女の子に『ミラ』が入っている名前を付ける人が多かったのよ」
あまりにも多すぎて、国王様が「ミラ」の入った名前を避けてくれとお願いして、ようやく減ったんだって。賢者ミラリーヌ様、すごい人気なんだ。
「ねえ、あなたも賢者ミラリーヌ様みたいになりなさい、てお母さんに言われてるの?」
ミラルダが、にこにこ笑いながら私に聞きました。
「ええと……」
どう答えればいいかわからず、私は口ごもりました。
お父さんがお師匠様に私を預けた時、名前はミラだと言ったそうです。だから、私の名前はお父さんかお母さんが決めたんだと思います。
でもどんな願いを込めていたかなんて、わかりません。二人が生きていたら聞けたかもしれないけれど――でも、二人はもういなし――。
「はい、おしゃべりはそこまで」
どう答えようかと困っていたら、イザベラ先生が、ポン、と手を叩きました。
「ミラはここから遠い場所にある島を出て、長い旅をして王都に来ました。色々と戸惑うことがあるでしょうから、みなさん、助けてあげてくださいね」
「はーい!」
イザベラ先生の言葉に、クラスのみんなが元気よく答えてくれました。
とりあえず、自己紹介はちゃんとできたみたい。よかった、とほっとして、私はイザベラ先生に言われた席に向かいました。




