06.いよいよ学校へ
王都へ引っ越してきて、十日目。
ついに「雑貨屋ニルヴァーナ」は新装開店しました。
「いらっしゃいませ!」
お客様がたくさん来てくれて、お店は朝からてんてこ舞い。開店セールの特別商品はお昼過ぎには売り切れて、大慌てで別の商品を並べたぐらいです。常連だった、ていうお客様もけっこういて、「前の店長によろしく伝えといて」なんて伝言を頼まれたりもしました。
「人気があるお店だったのねえ」
お師匠様を甘く見ていたわ、とリーゼお姉ちゃん。お師匠様を見返してやる日は、ちょっと先になりそうだね。
あとね。
東文字で書いた新しい看板も、けっこう評判になってるんだって。珍しい看板が気になってお店に来た、て人も何人かいて、「今度うちの看板も作ってくれよ」なんて頼む人もいたの。えへへ、うれしいな。
ちょっとしたトラブルもあったけど、開店セールの三日間はどうにか終わりました。
売り上げも上々。無事に開店できた、てことで、その夜はお祝いのごちそうを食べました。
「さて。ミラは明日から学校ね」
ごちそうを食べ終わってデザートを食べているとき、リーゼお姉ちゃんにそう言われました。
まあ、そうなんだけど。
そういう約束だったけど。
でも。
「学校、行かなきゃダメなの?」
島にいた頃は、聖堂の隣にある手習い所に通っていました。おうちのお手伝いをしながら、時間があるときに行く、て感じ。でも王都の学校は朝からお昼過ぎまで、お休みの日以外は毎日通わなきゃいけないんだって。
「私もお店のお手伝いしたいなぁ」
「そうね、手伝ってくれたらとても助かるんだけど」
リーゼお姉ちゃん、にっこり笑って頭をなでてくれました。
「でもね、王都では、子供は学校に通うのが決まりなの」
そう決めたのは、お父さんと一緒に「魔王」と戦った、賢者ミラリーヌ様。
国の将来を背負う子供たちには、国が責任をもって教育を与えるべきだ、と言って学校を作り、子供は通わなきゃいけない、て決めたんだって。
うー、お店手伝ってる方が楽しいのに。
「それに、学校へ行けばお友達ができるよ」
「んー、まあ、そうなんだけど……」
村には私と同い年の子はいなくて、一番年が近い人でも七歳年上でした。お友達というよりは、お兄ちゃん、お姉ちゃんという感じ。だから「お友達」と言える人は、私にはいません。
「なんだミラ、びびったか?」
コン兄ちゃんが、ズバリと言いました。
うう――なんでわかったのぉ?
「コニー」
「いてっ」
リーゼお姉ちゃんが、ぺしん、とコン兄ちゃんの頭をはたきました。
「まったくもう。デリカシーのないお兄ちゃんね」
「んだよ。誤魔化したって仕方ねえだろ」
「あなたと違って、ミラは繊細なの。もうちょっと気を遣いなさい」
「へーへー、すいやせんね」
コン兄ちゃんはパンを口に放り込むと、むしゃむしゃ、ごっくん、と飲み込みました。
「でもよぉ、ミラ。学校へ行け、というのは師匠の指示だぜ。行くしかねえだろ」
「そうね。もしもミラを学校へ行かせていないと知られたら、お師匠様に何て言われるか……」
「そりゃあ、あれだ……考えたくねえな……」
コン兄ちゃんとリーゼお姉ちゃん、黙ってしまいました。
うう、確かに。お師匠様の言う通りにしなかった、て知られたら、すごく怒られそう。
「……がんばって学校行こうぜ、ミラ」
「大丈夫、お友達ができたらきっと楽しいよ」
「うん……そうする」
初めての学校、ちょっと不安だけど。
お師匠様に怒られるよりは、ずっとましだよね、うん。
◇ ◇ ◇
次の日の朝、いつもより早く目が覚めました。
リーゼお姉ちゃんはもう起きていて、朝ごはんの用意をしていました。
「おはよう、リーゼお姉ちゃん」
「あら、おはよう。早起きね、ミラ」
「うん、なんだか目が覚めちゃって」
「そっか」
リーゼお姉ちゃんが、じっと私の顔を見ました。
「うん、寝不足、て感じじゃなさそうね。楽しみで起きちゃった?」
「えーと……どうかな?」
いよいよ学校となって、昨日の夜からずっとドキドキしてた。それが楽しみだからなのか、不安だからなのかは、自分でもよくわからない。
でも、朝起きてすごくきれいな青空を見たら、よしがんばるぞ、て思いました。
「朝ご飯、もうちょっとかかるから、先に着替えてきたら?」
「えっと……着替えるのは、後にする」
「んー、そっか。そうよね、汚したくないもんね」
「うん」
えへへー、て顔がにやけちゃう。看板製作の「報酬」で作ってもらった新しい服、いよいよ今日から着るんだよね。
藍色のワンピースに同じ色の帽子と、黒い革靴。二日前にできたばかりの、新品。今までずっとお下がりばかりだったから、すっごくうれしい。
「なら、急いで朝ごはん作っちゃうね。ミラは、お寝坊のコニーをたたき起こしてきて」
「はーい!」
コン兄ちゃんを起こしている間に朝ごはんはできていて、三人そろって朝ご飯を食べました。
ご飯を食べた後、大急ぎで着替えると、お店にある鏡の前に立ちました。
「エプロン、サイズ合ってる?」
「うん、ばっちり」
ワンピースは仕立て屋さんにお願いしたけれど、その上に着るエプロンはリーゼお姉ちゃんが作ってくれました。さすがリーゼお姉ちゃん、サイズぴったり。
あとはかばんをかけて、帽子をかぶって――これで完成。
「よし、完成。うーん、かわいい! ミラはボブカットがとっても似合うのね」
あ、そうだ。
初めてのことが、もう一つあった。
それは、ずっと伸ばしていた髪を切ったこと。仕立て屋のおかみさんに「髪がずいぶん傷んでるね。一度切った方がいいかもよ」と言われたので、肩のところでばっさり切っちゃったの。
ずっと長かったから最初は変な感じだったけど、リーゼお姉ちゃんが「かわいい、かわいい」てほめてくれるから、当分は伸ばさずにいようかな。
「おめかしできたかぁ?」
鏡の前でくるくるしていたら、着替え終わったコン兄ちゃんが来ました。
「お、かわいくなってるじゃん。見た目でナメられることは、これでねえな」
「ちょっとコニー、襟が曲がってる。ミラはよくても、あなたがそれじゃダメでしょ」
リーゼお姉ちゃんはお店があるので、今日の付き添いはコン兄ちゃんです。コン兄ちゃん、普段は作業着だから、ちゃんとした服は苦手。さっそくリーゼお姉ちゃんにダメ出しされてます。
「ああもう、昨日がんばってアイロンかけたのに、何でもうしわくちゃなわけ?」
ちょっと来なさい、とリーゼお姉ちゃんがコン兄ちゃんを連れて行ってしまいました。
そろそろ時間だけど、大丈夫かな?
「あ、そうだ」
身支度に夢中で、すっかり忘れてた。お庭の木にお参りしなきゃ。
裏口から庭に出て、ローワンの木に駆け寄りました。
咲いていた白い花はほとんど散っちゃったけど、代わりに青々とした葉っぱが茂っています。秋には赤い実がなるんだって。とっても楽しみ。
「精霊様、おはようございます。私、今日から学校です」
手を合わせて、朝のご挨拶。風が吹いて、木の葉が小さな音を立てました。枝に結んだリボンが、ひらひらと揺れています。
「毎日元気に通えるよう、見守っていてください。あと……友達ができますように」
ふっ、と。
何かが聞こえたような、そんな気がしました。ご挨拶が終わって目を開けると、私の前をひらひらとローワンの葉っぱが舞っています。
葉っぱはそのまま、私の足元に落ちました。私はしゃがんで、ローワンの葉っぱを拾いました。
「精霊様、これ、くれるの?」
そこにいるはずの精霊様に聞いてみました。ひょっとしたら声が聞こえるかも、と思いましたが、何も聞こえません。
でも、きっと精霊様がくれたんだよね。うん、お守りにしよう!
「ありがとうございます。大切にします」
「おーい、ミラ! そろそろ行かないと遅刻だぞー!」
「はーい!」
それじゃ、行ってきます。
私はローワンの木にお辞儀をすると、コン兄ちゃんと一緒に出発しました。




