表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の子  作者: おかやす
5/9

05.込められた想い

「うう、無理。絶対無理ぃ」


 お手本にしてね、てリーゼお姉ちゃんに渡された紙。リーゼお姉ちゃんは言っていなかったけど、これお師匠様の字です。

 生まれた国の字じゃないのに、こんなにきれいなんて。お師匠様って、ほんとに何でもできちゃうよね。できないことってあるのかな?


「私、こんなにきれいに書けないよぉ。リーゼお姉ちゃんのいじわる!」

「ははは、修行はもう始まってる、てことじゃねーの?」


 ふてくされていたら、コン兄ちゃんにポンポン、て頭を叩かれました。


「修行?」

「いつかミラがこの店を継ぐかもしんねーだろ? 今からしっかり仕込んでいく、てことじゃね?」


 契約内容をちゃんと確かめるのは、商売の基本中の基本。

 今回、私はそれをちゃんとしなかった。だから困ったことになってるんだ、てコン兄ちゃんは言いました。


「えー、そんなの言われないとわかんないよぉ」

「痛い目を見ながら覚えろ、てことだな。リゼはほんわかしてるようで、師匠譲りのキッツイとこあるからな。これからこういうの、続くぜ」

「ええーっ」


 お店を継ぐなんて、私、全然考えたことないのに。そもそもリーゼお姉ちゃんが店長になったばかりだよ。なんでそうなるわけ?


「リゼや俺に何かあったら、お前、一人になるからな」

「え?」


 コン兄ちゃんが笑顔で、でもすごく真剣な目で言いました。


「一人で生きていく力を身につけろ、師匠にはそー言われてっだろ? 本当にどうしようもなくなったら助けてくれるだろうけど、ちょっと困ったぐらいじゃ、師匠は助けてくんねーぜ」


 コン兄ちゃんの言う通りかも。お師匠様、助けて、て言っても「まずは自分で何とかしてみなさい」て絶対言いそう。


「だから、いろんなことを勉強して身につけていかなきゃいけねーんだ。わかったか?」

「うん……わかった」

「よっしゃ。んじゃ、泣き言言ってねーで、まずは練習だ」


 これ使え、て言って、コン兄ちゃんが反故紙(ほごし)をたくさんくれました。


「え、いいの?」


 紙、て高いよね? こんなにたくさん、いいの?


「引っ越しの時、売物包んで持ってきたやつだ。あんま紙質よくなくて使い道ねーから、使っていいぜ」

「コン兄ちゃん、ありがと! 私、がんばってみる!」


 よし、と気合を入れて、筆と墨を用意しました。

 お師匠様の字を見ながら、同じように書いてみます。

 でも――全然だめ。

 なんだか形が変。バランス悪い。お師匠様の字と比べたら、恥ずかしくなっちゃう。紙もあんまりよくないから、ざらざらしてひっかかるし。


 何回も何回も書き直して、どうにか上手に書けたかな、と思ったけれど、お師匠様の字と比べると全然だめで。

 あうう、難しいよぉ。

 やっぱり私には無理なのかなあ。あ、墨がなくなった。また()らないと――よし、磨れた。よし、もう一回。うーん、やっぱり二文字目の「槃」がうまくいかないなぁ。


「おーい、ミラ」

「わっ!」


 いきなりコン兄ちゃんに声をかけられて、びっくりしました。


「び、びっくりしたぁ。コン兄ちゃん、なに?」

「なに、て……もう昼だぞ」


 カラーン、コローン、とお昼を告げる鐘が聞こえてきました。

 え、もうお昼?

 私、そんなにやってたの?

 なんだか急にお腹が空いてきて、ぐぅーっ、てお腹が鳴りました。


「ほーん、たいしたものだなあ」


 コン兄ちゃんが、練習で書いた紙を見て感心してくれた。けど。


「えー、全然だよ。お師匠様みたいに書けないよぉ」

「いや、師匠と比べちゃだめだって。十分上手だぜ」

「そうかなぁ」

「つーかミラ、お前、休憩なしでぶっ続けで練習してたんだぞ。それこそフツー、できねーっつーの。紙ももうあんま残ってねえし」


 うわ、ほんとだ。反故紙もうあんまり残ってない。もっと練習したいのに、足りるかなぁ。


「まだやる気か。ミラの根気は、もう才能だな」


 でも、と。

 コン兄ちゃんが、私の手を引いて立ち上がらせました。


「いったん休憩だ。昼飯食べるぞ。いい仕事をするコツは、適度に休憩することだぜ」

「うん」


 台所に行くと、リーゼお姉ちゃんがお昼ご飯を用意して待っていてくれました。

 パンとスープの、簡単なお昼ごはん。でもとってもおいしくて、スープお代わりしちゃった。働いた後のご飯はおいしい、てこういうことなんだね。


「あら、よく書けているじゃない」


 お昼ご飯の後、リーゼお姉ちゃんも工房に来て、私が練習で書いた字を見てくれました。


「このまま看板に使ってもいいくらいよ。半日ですごいわね」

「で、でも、なんか違う感じで……」


 二人がほめてくれるのは嬉しいんだけど、私としては、何か違う気がして。

 でも何が違うのか、よくわからないんだよね。


「ふーん、そっか。なるほどなるほど、そういうことか」

「なぁに?」

「ミラは、文字の意味をちゃんと理解してから書きたいのかも、て思ったの」


 文字の――意味?

 首を傾げると、リーゼお姉ちゃんは「ちょっと待っててね」と工房を出ていき、手帳を持って戻ってきました。


「私もね、お店の名前の意味が分からなくて、お師匠様に聞いたの」


 NIRVANA(ニルヴァーナ)

 それは、苦しみの連鎖から解き放たれた平穏な世界。迷いが消え、本当の意味で自由な世界。


「ミラが住むこのお店は、そういう場所であってほしい、という想いが込められているそうよ」

「……意味深だな」


 コン兄ちゃんがポツリとつぶやいた。

 意味深? どういうことだろう?


「ミラ、そんな想いを込めてみて。大丈夫、とっても上手に書けてるわ。あとはミラの気持ちが込められれば、完成よ」

「うん」


 何か違う、ていうのは、何か足りない、てことだったのかな?

 よくわからないけど――私はもう一度墨を磨り、筆を手に取った。


「ええと……」


 苦しみの連鎖から解き放たれた、平穏な世界。

 迷いが消え、本当の意味で自由な世界。

 それが涅槃(ニルヴァーナ)


「心を静めて、想いのままに、一気に書きなさい」


 ふと、お師匠様の言葉を思い出しました。


 あれ?

 そういうこと、なのかな?


 心を静めて――上手に書こうなんて迷いを、深呼吸で消して。

 想いのままに――自由に、一気に書いてみる!


「おお」

「すごい」


 気がついたら、書き終わっていた。コン兄ちゃんがとリーゼお姉ちゃんの声が聞こえて、目の前の紙を見たら、すごく素敵な字が書けていた。


「え、これ……私が書いたの?」

「そうよ。優しくて温かい、すごくミラらしい字ね。とってもいいわ」

「よっしゃミラ。本番いくぞ!」


 コン兄ちゃんが、看板用の板を置いてくれた。

 これに書くのは、使い慣れた筆と墨じゃなく、少し大きな筆と白いペンキ。慣れない道具で上手に書けるかな――なんて不安は全然なくて、私はワクワクしながら一気に筆を滑らせた。


 涅槃。

 NIRVANA。


 同じ意味の、違う文字。その二つが書かれて、新しい看板になった。


「できた! 最高よ、ミラ!」

「よっしゃ、いい看板に仕上げてやるぜ。楽しみにしとけ」


 コン兄ちゃんが、さっそく作業に取り掛かりました。それを横目に、私とリーゼお姉ちゃんはハイタッチです。


「お疲れ様。ミラ、約束通り、明日は服を作りに行きましょう」

「うん!」


 新しい服を作ってもらえる。それはもちろん嬉しいけれど。

 でも、なんだろう。

 任されたお仕事をちゃんとやれた、そのことがとっても嬉しい、て思いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ