04.新しい看板
次の日から、私たちは大忙しでした。
引っ越しの片付けはもちろん、商売人としてはご近所への挨拶は欠かせません。それにお店の開店準備もあります。次はあれ、今度はこれ、て感じで、やることがたくさんあって目が回りそうでした。
三日かけて、ご近所への挨拶と家の中の片づけをどうにか終わらせました。
次はお店の開店準備です。私も朝早く起きて、お店の中のお掃除をお手伝いしていました。
「よし……決めた」
お店の入口に立って、じっと看板を見上げていたリーゼお姉ちゃんがそう言うのが聞こえました。
何を決めたんだろう、て顔を上げたら、リーゼお姉ちゃんと目がばっちり合いました。
「ミラ、ちょっと来て」
にっこりと笑うリーゼお姉ちゃん。なんだろう、ちょっとお師匠様っぽい感じが――ううん、気のせいだよね。
「なあに?」
「この看板、どう思う?」
「え?」
リーゼお姉ちゃんが指差したのは、お店の入口のにかけてある看板。私は首を傾げながら答えました。
「ええと、おしゃれな看板だな、て思うけど……」
少し横に長い六角形。紺色の板に金縁をして、縁と同じ金色の文字で「NIRVANA」て書いてあります。文字の周りには水晶とか薬の瓶とかが描かれているの。雰囲気としては、雑貨屋じゃなくて魔法のお店みたいだけど、とても素敵だと思う。
「そうね。でもご近所のお店の看板、どこも似たような感じなの」
そういえば――そうかも。
「凝った看板でお客様の気を引く……みんなそうして、結果として似たり寄ったりで目立たなくなっているのよ。だとしたら、逆を行くべきだと思わない?」
「え、ええと、そう……かな?」
「うふふ、賛成してくれる? 賛成してくれるよね?」
「あ、うん、いいと思う」
なんだかよくわかんないけど、うなずいたら。
リーゼお姉ちゃんが満面の笑みで、私の両肩に手を置きました。
「なら、お願いね」
「え、何を?」
「新しい看板。ミラが作ってね♪」
「え、ええーっ!?」
なんで、どうしてそういうことになるの? 無理だよお!
「大丈夫、用意した板にお店の名前を大きく書くだけだから。コンセプトは、シンプル・イズ・ベスト。さあ、早速始めましょう!」
そのままリーゼお姉ちゃんに手を引かれて、お店の裏の工房に連れて行かれました。
工房は、売物を加工・修理したり、特注品を作ったりするところ。ここの主はコン兄ちゃんです。
「あぁ? 看板?」
リーゼお姉ちゃんから話を聞いたコン兄ちゃん、不機嫌そうな顔になります。
「あのおっさんが言ってたことをやる、てのかよ」
「まあ、そうなるわね」
「まあいいけどよ……」
しかめっ面で、ぼりぼり頭をかくコン兄ちゃん。全然よくなさそう。
「で、その看板をミラに書いてもらおうと思って」
「む、無理! 無理だよ! コン兄ちゃんもそう思うよね?」
私は慌てて首を振りました。リーゼお姉ちゃん、さすがに無茶振りだよぉ。コン兄ちゃんだって無理って言うはず。そうだよね、コン兄ちゃん。
「いや……いけんじゃね?」
なんでー!?
「ミラ、すっげえ字がきれいじゃねーか」
「そうそう。ミラ、お師匠様にみっちりしごかれてたもんね」
魔力がない私に、魔法使いの修業はできません。でもお師匠様に色々教えてもらっているリーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんがうらやましくて、小さいとき、私も何か習いたい、てお願いしたことがあるの。
「ふむ。では、字を教えましょう」
「字?」
読み書きを教えるってことかな、て思ったけど、そうじゃなかった。
書道。
筆を使って、きれいに字を書くこと。お師匠様は、それを私に教えてくれる、て言いました。
「ですが言っておきます。指導する以上、私は容赦しませんよ? 覚悟はいいですね?」
「は……はい!」
「よろしい」
それが確か、四歳の時。それからずっと、お師匠様にみっちりしごかれました。だから、字は上手な方だ、て自信はあるけれど。
「で、でも、リーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんも習ってたよね? 二人の方が上手だよ!」
魔法を使うとき、魔方陣を書いたりお札を書いたりすることがあるんだけど、きれいに書けた方が魔法の力も強くなるんだって。
だから、リーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんも字を習ってました。二人はちゃんとした弟子だから、私よりずっと厳しく指導されていて、当然、私より字はきれい。
「ま、そーだけどよ。でも……リゼ、お前、東文字で看板書かせる気だろ?」
「さすがコニー、その通りよ」
「え、東文字で?」
東文字は、ずっと東の国で使われている字です。私たちの字は全部で三十文字くらいだけど、東文字は何千字もあって、形もちょっと複雑なの。
「私たちは習ってないけど、ミラは、お師匠様に東文字も教えてもらっていたでしょ? あれで看板書いたら、すごく目立つと思うのよね」
魔法使いとして色々習っていた二人と違って、私は字しか習っていなかった。だからお師匠様が「せっかくだから」て教えてくれたんだよね。
「いいアイデアだとは思うけどよ。王都の住人、読めねーんじゃね?」
「だから目立つんじゃない」
確かにそうだけど――お店の看板、読めなくていいのかな?
「東文字の下に『NIRVANA』て書いておけば大丈夫でしょ」
「なるほど。だとしたら、そこそこ大きい板がいいだろうな。うーんどうすっかな」
コン兄ちゃんはさっそく看板にする板を見繕い出しました。
え、これ、私が書くことで、もう決定?
「ミラ、もちろんただでとは言いません。お仕事の依頼ですから、ちゃんと報酬は払います」
「報酬?」
「学校へ着ていく服、新しく作ってあげる」
えっ!
新しい服を? ほんとに!?
「いつもお下がりだったものね。新しい服、作って欲しいでしょ?」
「ほ、ほしい!」
村で一番年下だったから、私の服はご近所のお姉さんやリーゼお姉ちゃんのお下がりばかりだった。一度でいいから新しい服を作ってもらいたいな、てずっと思ってた。
「五軒先に、仕立て屋さんがあるでしょ? そこで作ってもらいましょう。どう、やる気出た?」
「や……やる! 私、がんばる!」
「ありがとう。それじゃあ……これはお仕事だし、約束のお手紙を書いておきましょう」
私は東文字で、新しい看板を作る。
ちゃんとできたら、報酬として新しい服を作ってくれる。
リーゼお姉ちゃんが紙にそう書いて、私もサインしました。
「はい、契約成立ね」
やったぁ! 新しい服、作ってもらえるんだ! よーし、がんばるぞ!
「んでよお、どんな字を書くんだ、リゼ?」
看板はお店の顔、字の雰囲気に合わせた板を用意しねーと、てコン兄ちゃんが尋ねると。
「実はもう決めてあるの。これよ」
「え……これ……?」
リーゼお姉ちゃんが出した紙を見て、私は目を丸くしました。
「あん? なんて読むんだ?」
「涅槃よ。『NIRVANA』を東文字で書くとこうなんだって」
「ほーん、なるほどねえ」
「む、むずかしいよー!」
全部で二文字、なんだけど。
こんな難しい字なんて、聞いてないよー!
「リーゼお姉ちゃん、ずるい! 後だし! こんなの無理!」
「あら、もう契約は成立したのよ」
リーゼお姉ちゃんが、さっきサインしたお手紙をひらひらさせました。
「ミラのサインもちゃーんとあるわ。いまさらできません、は許されないからね」
「そんなぁ!」
「はい、それじゃがんばってね♪」
にっこり、と笑ったリーゼお姉ちゃんの顔が。
親子じゃないのに、すごくお師匠様に似てるな、て思いました。




