03.ローワンの木
商業区の端っこ、王都をぐるりと囲む城壁のそば。
私たちが住む「雑貨屋ニルヴァーナ」は、そんな場所にありました。
「見えた。あの建物ね」
「うわぁ!」
そんなふうに声を上げたの、今日何回目かな。でも仕方ないと思う。だって雑貨屋ニルヴァーナの建物、とってもすてきなんだもの。
赤い屋根の、二階建て。
壁は真っ白で、太陽の光を浴びて輝いているみたい。
一階のお店には、聖堂にあるような大きなガラスの窓。
お店の入口には「NIRVANA」て書かれたおしゃれな看板。
なんだか物語の中に出てきそうなお店です。今日からここに住めるなんて、夢みたい。
「なーんか、かわいらしい家だなぁ」
コン兄ちゃん、ちょっと困った顔をしてる。コン兄ちゃんは「ブコツ」なものが好きだから、趣味に合わないんだろうな。
「ミラ、見える? 建物の隣にお庭があるでしょ?」
「……うん」
私はちょっぴり緊張しました。
リーゼお姉ちゃんが言う通り、お店にはお庭があって、そこには一本の木が立っていました。
ローワンの木。
あまり大きくはないけれど、白い花がたくさん咲いていて、とってもきれい。
「あの木にご挨拶するのが、最初のお仕事なんだよね?」
小さい声で聞くと、リーゼお姉ちゃんも緊張した顔でうなずきました。
実は、あの木は守りの木なの。お店とお店に住む人を悪いことから守ってくれる、強い精霊が宿っている、てお師匠様が言っていました。
「その精霊に挨拶するのが最初の仕事です。気に入られれば、色々と助けてくれるはずですよ」
「あのう……気に入られなかったら、どうなるんですか?」
「追い返されることはないでしょうが、日々、ちょっとしたイタズラをされるでしょうね」
せっかく並べた商品がぐちゃぐちゃにされるとか。
掃除したところに、ゴミをまかれるとか。
楽しみに取っておいたおやつがなくなっているとか。
「ま、そんな感じです」
「……地味にイヤガラセじゃねえか」
「それが嫌なら、気に入られるようがんばってください」
精霊は気まぐれで、何が気に入るのかなんてよくわからないんだって。だからリーゼお姉ちゃんもコン兄ちゃんも、お師匠様のお話を聞いて、困ったなあ、という顔をしていました。
「お師匠様は、気に入られていたの?」
私が聞くと、お師匠様は肩をすくめました。
「最初は嫌われていましたねえ。毎日のように嫌がらせされましたよ」
最初は、てことは、途中からは仲良くなったんだ。どうやったんだろう?
「なぁに、簡単ですよ。どちらが上か、きっちりわからせてやっただけです」
お師匠様は「にっこり」と笑いました。
うわぁ、て思わず声が出ちゃう笑顔でした。精霊様、どんなふうに「きっちり」わからせられたのか、ちょっと怖くて聞けなかったです。
「私の力じゃ、師匠と同じことはできないし。誠心誠意、ご挨拶するしかないけど……」
リーゼお姉ちゃんが、ギュッと私の手を握りました。
「頼んだからね、ミラ」
「う、うん……」
そう、私が緊張している理由はこれ。
なぜかお師匠様が「ミラに挨拶させれば大丈夫ですよ」と言ったの。
私、魔法も使えなければ、魔力もないのに。精霊の姿だって見えないし、そこにいると言われても気配を感じることすらできない。なんでお師匠様は、私なら大丈夫と言ったのかな。
「よーし、到着だ!」
レオさんの合図で、馬車が止まりました。
馬車が止まったのを見て、近所の人たちがなんだなんだと出てきます。リーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんは馬車から降りると、近所の人たちにお辞儀をしました。
私も慌てて馬車を降りて、リーゼお姉ちゃんの隣でお辞儀をします。
「初めまして。病で引退した祖母に代わり、ニルヴァーナの店長となりましたリーゼロッテです」
「あー、同じく、店員のコンラートっす」
「あ、えっと、ミラです!」
名乗り終えると、近所の人たちが小さく拍手をしてくれました。
「おお、婆さんから聞いてるよ」
「遠くから来たんだろ、大変だったね」
「何か困ったことがあったら、いつでも言いなよ」
温かい歓迎にほっとしました。お師匠様、私たちのことをご近所さんに頼んでくれていたみたい。手加減、容赦いっさいなし、の厳しいお師匠様だけど、ちゃんと弟子のことを考えていたんだね。
「はい、ありがとうございます。若輩者ですが、今後ともよろしくお願いいたします」
まずはご近所さんへの挨拶、成功。さすがリーゼお姉ちゃん、コン兄ちゃんだとこうはいかないよね。
「さて」
「頼んだぜ、ミラ」
「うん」
いよいよです。
ドキドキする胸を手で押さえながら、私は庭へと向かいました。
手には細長いリボン。精霊への捧げものです。お師匠様に渡された、ローワンの実で染めた布から、リーゼお姉ちゃんに教えてもらいながら一人で作りました。
「精霊様、今日からここに住むミラです。リーゼお姉ちゃん、コン兄ちゃんともども、よろしくお願いします」
私は手を合わせてお辞儀をすると、リボンを木の枝にかけました。
何本も何本も作って、一番上手にできたものを選びました。気に入ってもらえるかな、とドキドキしながら巻き付けて、ほどけないようしっかりと結びます。
「……うん、できた」
ほっと息をついて、もう一度木に手を合わせてから、私は振り向きました。
「リーゼお姉ちゃん?」
少し離れたところに立っていたリーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんが、びっくりした顔をしていました。コン兄ちゃんなんか、ぽかん、と口を開けています。
「どうしたの?」
「いえ、その……」
「ミラ、おめえ……なんともないのか?」
「え?」
二人とも、何に驚いているんだろう。ローワンの木を見てみましたが、別に変わったことはありません。結んだリボンが風に揺れて、なんだか楽しそうに踊っているように見えました。
「そっ……か、ミラなら大丈夫、て、こういうことだったのね」
「くっそ、度肝抜かれたぜ」
「私、失敗しちゃった?」
不安になって聞いてみたら、リーゼお姉ちゃんは首を横に振りました。
「ううん、大丈夫よ。むしろ大歓迎してくれてるみたい。大仕事、お疲れ様」
「俺たちもミラのおこぼれにあずかれそうだ。やれやれ、一安心だぜ」
リーゼお姉ちゃんに頭をなでられて、コン兄ちゃんとはハイタッチ。よかった、ちゃんとご挨拶できたみたい。
「おーい、荷物、運び込んでいいのかぁ?」
馬車のところで待っていたレオさんが、大声で私たちを呼びました。
お願いしたのは護衛だけど、荷物がたくさんあるから、家の中に運び入れるのも手伝ってくれる、て言ってくれたの。正直、大助かりです。
「ぐずぐずしていたら日が暮れるぞー」
「あ、はーい、ただいま!」
「よっしゃ、最後のひと踏ん張りだ。気合入れていくぜ、ミラ」
「うん!」
ふわっ、と風が私のほほをなでました。
なんとなく呼ばれているような気がして、私はローワンの木を振り返ります。
「精霊様、これからよろしくね」
私の声に返事をしてくれたのか。
風が吹いて、ローワンの木が優しく揺れていました。




