10.教堂の導師様
この大陸で広く信仰されている、精霊神を祭る宗教、それが「教堂」て呼ばれるものです。
そして「導師」ていうのは、教堂で神様や精霊のことを勉強して、みんなに教えてくれる人のこと。島にもいたけれど、みんなは「ゴン爺」て呼んでいて、導師様なんて呼ぶ人はいませんでした。
今、うちの庭に来ているのは、その導師様みたい。ゴン爺と同じようなローブを着ているけど、ずっと若い男の人。うーん、三十歳ぐらいかな。
「お、導師様っすか」
じょうろを持って庭に出たコン兄ちゃんが、導師様に声をかけると。
ローワンの木をじぃっと見つめていた導師様が、ゆっくりとコン兄ちゃんに目を向けて――にっこり、て不気味な感じがする笑顔で挨拶を返しました。
「おはようございます。いやあ、気持ちのいい朝ですね」
「ええ、そうですね。ええと……何か御用っすか?」
「いえいえ、ただの散歩中でして。朝日を浴びて立つこの木が、とても美しくて見惚れておりました」
「そうっすか」
導師様が下がって場所を空けました。コン兄ちゃんは軽くお辞儀をして、ローワンの木に近づいて水をやります。
「毎日水をやっているのですか?」
「ええ。本当は必要ないんすけど……なんつーか、商売繁盛のおまじないっすね」
「ほう、おまじない、ですか」
導師様がお店の方を見ました。
「ああ、そういえばここは、このお店の庭でしたね。勝手に入ってしまい、申し訳ありません」
「いいっすよ、別に。皆様の憩いの場になればと開放してるっすから」
「ありがとうございます。ところで、なぜこの木に水をやるのがおまじないなんですか?」
「え? それはまあ……植物には水をやっとけ、て感じっすかね」
「なるほど。しかし」
導師様が、すぅっと手を上げ、ローワンの木の枝を指差しました。
「木に結わえられているあのリボン、あれこそがおまじないでしょう」
導師様の静かな言葉に、リーゼお姉ちゃんがギュッと私を抱きしめました。
「毎朝の水やりではなく、リボンがほどけていないかを確認する、それこそが肝要ではありませんかな」
「はあ」
コン兄ちゃんはぽかんとした顔をして、導師様と、私がローワンの木に結んだリボンを、交互に見ました。
「あのリボン、おまじないなんすか?」
「おや、知らずにやっていたんですか」
「前の店主に言われてやっただけで。意味までは知らなかったっすね」
導師様が鋭い目でコン兄ちゃんを見ました。今度は、気のせいじゃないと思う。
何だろうあの人、すごく怖い。リーゼお姉ちゃんもすごく険しい顔してる。コン兄ちゃん、のんびり水遣り続けてるけど、大丈夫なのかな。
「前の店主。なるほどなるほど。して、あなたは前の店主のお孫さん、というわけですかな?」
「ん-、まあ、孫みたいなもんっすね」
じょうろのお水を遣り終えて、コン兄ちゃんが、うんっ、と背伸びをしました。
「にしても導師様、前の店主をご存じなんすね。ひょっとしてお得意様っすか?」
「申し訳ない、そういうわけでは。実は一昨日に王都へ来たばかりでして」
「あー、そうなんすか。いやー、申し訳ない」
コン兄ちゃん、導師様を見てにっこり笑いました。
「俺のことを孫だ、なんて言うから、前の店主がそういう歳だって知ってるんだな、てことはお得意様なのかな、て思っちまいましたよ。いやあ、勘違いでしたか」
「……それはそれは、勘違いさせてしまったのなら申し訳ない」
一瞬黙った後。
コン兄ちゃんと導師様が、あっはっは、と笑い合いました。
笑い合っているのに、なんだか怖い。今にもケンカ始めちゃいそう。怖くなって、私がぶるっと震えたら、リーゼお姉ちゃんがしっかりと抱きしめてくれました。
「大丈夫、コニーはすごく強いから。心配いらないよ」
「うん……」
しばらく笑った後、コン兄ちゃんがまた笑顔になって、導師様に言いました。
「ま、ウチは雑貨屋ですから、教堂のお役に立てるかどうかわからないっすけど。何かあればぜひごひいきに」
「ええ、その際はぜひ。では、私はこれで。朝早くから失礼しました」
導師様は丁寧にお辞儀をすると、大通りの方へと去っていきました。
◇ ◇ ◇
お面みたいな笑顔で戻ってきたコン兄ちゃん、家に入って扉を閉めた途端、すごく怖い顔になりました。
「……種子派だ」
「間違いない?」
「ああ。ローブの裾に土色の刺繍があった」
「そう」
リーゼお姉ちゃんも怖い顔になって、私を抱きしめる腕に力が込もりました。
「そのうち来るとは思っていたけど……こんなに早く来るなんて」
「まあ、精霊があれだけ騒いでちゃな」
「私たちが家の中から魔法で見ていたこと、気づいたかしら?」
裏口の扉の横にかけられた小さな鏡。私とリーゼお姉ちゃんは、その鏡でコン兄ちゃんと導師様が話していたのを見ていました。
のぞき窓、て呼んでいるその鏡、作ったのはお師匠様です。
無断で庭に入った人や裏口から訪ねてきた人がどんな人なのか、扉や窓を開けずに確認できるからすごく便利。ちょっと離れていても声が聞こえるのもすごいな、て思います。
「ああ、大丈夫だ。あいつ自身は精霊が見えてねーみたいだしな。魔法も気づいてねーよ」
「そうよね。見えてたら、あんなに近づかないわね」
なんでだろ、と思って首を傾げたら、リーゼお姉ちゃんが教えてくれました。
「ローワンの木の精霊様、ものすごく怒っていたの。見えている人なら、怖くて近づけないわ」
「俺もとばっちりが来ねえか、ヒヤヒヤだったぜ」
私の頭痛は、精霊が注意しろ、て呼びかけてたのが原因だったんだって。
「ミラは魔力がないから、精霊様の呼びかけにうまく対応できなかったのね」
導師様がいなくなると、精霊はようやく落ち着いた、て教えてくれました。
ということは、精霊はあの導師様に怒っていた、てことだよね。どうしてだろう。木にいたずらでもしたのかな。
「精霊様、なんで怒っていたの?」
私が尋ねると、リーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんは顔を見合わせました。
「……どうする?」
「教えるしかねえだろ」
「そうね。お師匠様も、判断は私たちに委ねる、ておっしゃってたし」
リーゼお姉ちゃんはコン兄ちゃんにうなずくと、私の顔をまっすぐ見ました。
「説明するわ、ミラ。でもその前に、着替えて朝ごはんにしましょうか」




