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勇者の子  作者: おかやす
10/12

10.教堂の導師様

 この大陸で広く信仰されている、精霊神を祭る宗教、それが「教堂」て呼ばれるものです。

 そして「導師」ていうのは、教堂で神様や精霊のことを勉強して、みんなに教えてくれる人のこと。島にもいたけれど、みんなは「ゴン爺」て呼んでいて、導師様なんて呼ぶ人はいませんでした。


 今、うちの庭に来ているのは、その導師様みたい。ゴン爺と同じようなローブを着ているけど、ずっと若い男の人。うーん、三十歳ぐらいかな。


「お、導師様っすか」


 じょうろを持って庭に出たコン兄ちゃんが、導師様に声をかけると。

 ローワンの木をじぃっと見つめていた導師様が、ゆっくりとコン兄ちゃんに目を向けて――にっこり、て不気味な感じがする笑顔で挨拶を返しました。


「おはようございます。いやあ、気持ちのいい朝ですね」

「ええ、そうですね。ええと……何か御用っすか?」

「いえいえ、ただの散歩中でして。朝日を浴びて立つこの木が、とても美しくて見惚れておりました」

「そうっすか」


 導師様が下がって場所を空けました。コン兄ちゃんは軽くお辞儀をして、ローワンの木に近づいて水をやります。


「毎日水をやっているのですか?」

「ええ。本当は必要ないんすけど……なんつーか、商売繁盛のおまじないっすね」

「ほう、おまじない、ですか」


 導師様がお店の方を見ました。


「ああ、そういえばここは、このお店の庭でしたね。勝手に入ってしまい、申し訳ありません」

「いいっすよ、別に。皆様の憩いの場になればと開放してるっすから」

「ありがとうございます。ところで、なぜこの木に水をやるのがおまじないなんですか?」

「え? それはまあ……植物には水をやっとけ、て感じっすかね」

「なるほど。しかし」


 導師様が、すぅっと手を上げ、ローワンの木の枝を指差しました。


「木に結わえられているあのリボン、あれこそがおまじないでしょう」


 導師様の静かな言葉に、リーゼお姉ちゃんがギュッと私を抱きしめました。


「毎朝の水やりではなく、リボンがほどけていないかを確認する、それこそが肝要ではありませんかな」

「はあ」


 コン兄ちゃんはぽかんとした顔をして、導師様と、私がローワンの木に結んだリボンを、交互に見ました。


「あのリボン、おまじないなんすか?」

「おや、知らずにやっていたんですか」

「前の店主に言われてやっただけで。意味までは知らなかったっすね」


 導師様が鋭い目でコン兄ちゃんを見ました。今度は、気のせいじゃないと思う。

 何だろうあの人、すごく怖い。リーゼお姉ちゃんもすごく険しい顔してる。コン兄ちゃん、のんびり水遣り続けてるけど、大丈夫なのかな。


「前の店主。なるほどなるほど。して、あなたは前の店主のお孫さん、というわけですかな?」

「ん-、まあ、孫みたいなもんっすね」


 じょうろのお水を遣り終えて、コン兄ちゃんが、うんっ、と背伸びをしました。


「にしても導師様、前の店主をご存じなんすね。ひょっとしてお得意様っすか?」

「申し訳ない、そういうわけでは。実は一昨日に王都へ来たばかりでして」

「あー、そうなんすか。いやー、申し訳ない」


 コン兄ちゃん、導師様を見てにっこり笑いました。


「俺のことを孫だ、なんて言うから、前の店主が()()()()歳だって知ってるんだな、てことはお得意様なのかな、て思っちまいましたよ。いやあ、勘違いでしたか」

「……それはそれは、勘違いさせてしまったのなら申し訳ない」


 一瞬黙った後。

 コン兄ちゃんと導師様が、あっはっは、と笑い合いました。

 笑い合っているのに、なんだか怖い。今にもケンカ始めちゃいそう。怖くなって、私がぶるっと震えたら、リーゼお姉ちゃんがしっかりと抱きしめてくれました。


「大丈夫、コニーはすごく強いから。心配いらないよ」

「うん……」


 しばらく笑った後、コン兄ちゃんがまた笑顔になって、導師様に言いました。


「ま、ウチは雑貨屋ですから、教堂のお役に立てるかどうかわからないっすけど。何かあればぜひごひいきに」

「ええ、その際はぜひ。では、私はこれで。朝早くから失礼しました」


 導師様は丁寧にお辞儀をすると、大通りの方へと去っていきました。


   ◇   ◇   ◇


 お面みたいな笑顔で戻ってきたコン兄ちゃん、家に入って扉を閉めた途端、すごく怖い顔になりました。


「……種子派だ」

「間違いない?」

「ああ。ローブの裾に土色の刺繍があった」

「そう」


 リーゼお姉ちゃんも怖い顔になって、私を抱きしめる腕に力が込もりました。


「そのうち来るとは思っていたけど……こんなに早く来るなんて」

「まあ、精霊があれだけ騒いでちゃな」

「私たちが家の中から魔法で見ていたこと、気づいたかしら?」


 裏口の扉の横にかけられた小さな鏡。私とリーゼお姉ちゃんは、その鏡でコン兄ちゃんと導師様が話していたのを見ていました。

 のぞき窓、て呼んでいるその鏡、作ったのはお師匠様です。

 無断で庭に入った人や裏口から訪ねてきた人がどんな人なのか、扉や窓を開けずに確認できるからすごく便利。ちょっと離れていても声が聞こえるのもすごいな、て思います。


「ああ、大丈夫だ。あいつ自身は精霊が見えてねーみたいだしな。魔法も気づいてねーよ」

「そうよね。見えてたら、あんなに近づかないわね」


 なんでだろ、と思って首を傾げたら、リーゼお姉ちゃんが教えてくれました。


「ローワンの木の精霊様、ものすごく怒っていたの。見えている人なら、怖くて近づけないわ」

「俺もとばっちりが来ねえか、ヒヤヒヤだったぜ」


 私の頭痛は、精霊が注意しろ、て呼びかけてたのが原因だったんだって。


「ミラは魔力がないから、精霊様の呼びかけにうまく対応できなかったのね」


 導師様がいなくなると、精霊はようやく落ち着いた、て教えてくれました。

 ということは、精霊はあの導師様に怒っていた、てことだよね。どうしてだろう。木にいたずらでもしたのかな。


「精霊様、なんで怒っていたの?」


 私が尋ねると、リーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃんは顔を見合わせました。


「……どうする?」

「教えるしかねえだろ」

「そうね。お師匠様も、判断は私たちに委ねる、ておっしゃってたし」


 リーゼお姉ちゃんはコン兄ちゃんにうなずくと、私の顔をまっすぐ見ました。


「説明するわ、ミラ。でもその前に、着替えて朝ごはんにしましょうか」

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― 新着の感想 ―
おっと不穏になってきましたね( ˘ω˘ )
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