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勇者の子  作者: おかやす
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18/26

18.魔力、ゼロ

「さあ、もう一度だ!」


 戻ってきたブルーノさんは、手に持っていた古い天秤を突き出しました。

 あ、お師匠様の研究室で見たことある。

 天秤の両側が、お皿じゃなくて小さな瓶になってるやつ。重さじゃなくて、魔力を計る天秤。「発明したの、実は私なんですよ」て自慢気に話してたなあ。


「小娘、髪の毛をよこせ」


 偉そうに命令されました。


 この人、嫌い。


 私はむっとして、黙ったまま動きませんでした。

 言うことを聞かないからか、ブルーノさんの顔がみるみる赤くなっていきます。うわ、怒鳴られるかも、て思わず目を閉じたら、ベアさんが言いました。


「そんな言い方したら、怯えるに決まってるだろ」


 やれやれ、とため息をついて、ベアさんが私の前にしゃがみました。


「お嬢ちゃん。髪の毛を一本もらうよ?」


 こくん、とうなずいたら、ベアさんが優しい手つきで私の髪を一本抜きました。

 髪を抜くとき、私にだけ聞こえる声で「なかなかのお転婆さんだ」なんて言われちゃいました。私がむっとして反抗したの、気づいてたみたい。


「ほらよ」

「ふん、グズグズしおってから」


 ブルーノさんは、天秤の一方の瓶に私の髪の毛を入れました。

 もう一方の瓶には、魔力の基準となる物が入ってます。なんだろう、木の枝、かな? その基準物より魔力が強いと、髪の毛を入れた方が下がる、そういう仕組みなんだけど。

 私のは、上がったまま。ピクリとも動きませんでした。


「魔力……ゼロ、だと? バカな、完全にゼロ、だと?」


 ブルーノさんが、信じられん、という顔をしました。ベアさんも、おや、という感じで目を見開いています。


「針がピクリともしないなんて……虫でももうちょっと反応するよ。お嬢ちゃん、あんた逆の意味で珍しいね」


 え、そうなの? 村には何人かいたし、お師匠様にも何か言われたことはないけど。


「珍しいから何だというのだ! 神の乙女としてはあり得ん! ええい、もう一度だ!」


 ブルーノさんは、基準物をとっかえひっかえしましたが、全部同じ結果でした。


「バカな、何かの間違いだ! こんなこと……あり得ん!」


 だんっ、だんっ、と机を何度も叩くブルーノさん。

 うう、うるさい。ベアさんの言う通り、物に当たるなんて大人のやることじゃないと思う。


「間違いないのだ……この小娘は、間違いなくあのお方の生まれ変わりのはずなのだ! なのになぜ!?」

「そう思うのなら、もう少し敬意を払ったらどうだい」


 ブルーノさんの顔がどんどん歪んで、私をにらみつけてきます。そんなブルーノさんから私をかばうように、ベアさんが前に立ってくれました。


「見苦しいよ、ブルーノ。この子はあのお方ではないんだよ」

「黙れ! これは何かの間違いだ!」


 それからもうしばらくブルーノさんは騒いでいたけれど。

 何度測っても、私の魔力はゼロ。天秤は一度も動きませんでした。


「ええい、どうなってるんだ!」


 ブルーノさん、最後はまた舌打ちして。

 天秤を手につかんで、乱暴な足取りで部屋を出て行ってしまいました。


   ◇   ◇   ◇


 ブルーノさんが出て行くと、部屋の中が急に静かになりました。


「さて、どうしたものかねえ」


 ベアさんは部屋の扉を閉じ、私に振り向きました。


「もう帰っていいよ、て言ってあげたいけど。ブルーノはあきらめてなさそうだね」


 大人しく待ってるんだよ。

 そう言って、ベアさんも部屋を出て行きました。

 一人になると、ますます静かに感じます。寂しいな、て気持ちがこみあげてきて、慌てて涙をぬぐいました。

 まだ泣いちゃダメ。心が(くじ)けたら、チャンスが来ても逃げ出せない。しっかりしなきゃ。


「……ここ、どこなのかなあ」


 窓の外を見て、私はため息をつきました。

 リーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃん、心配してるだろうなあ。今ごろ私を探して走り回っているかも。今日は新しい石鹸作ろうね、て約束してたのに。あ、宿題やる時間あるかな。早く帰りたいなあ。


「お待たせ」


 しばらくして、ベアさんが戻ってきました。

 ベッドの上で、膝を抱えてぼんやりしていたけれど、ふわっと漂って来たおいしそうな香りに顔を上げました。


「お腹が空いただろう? たいしたものはないけど、食べなさい」


 パンとシチュー、そしてお茶が入ったカップが乗ったトレーが目の前に置かれました。

 ぐぅぅぅーっ。

 それを見て、私のお腹が盛大に鳴りました。え、あの、その――えーん、そんなに大きい音で鳴らなくてもいいのにー。


「はははっ。ほら、遠慮せず食べな。逃げ出すにも、体力がいるよ」

「……ありがとう」


 朝、パンをひと切れ食べただけだから、すごくお腹が減ってました。出されたパンはちょっと硬かったけど、スープにつけて食べたらとってもおいしかった。

 それに、お茶。

 これ、ハーブじゃなくて本物のお茶。お茶ってとっても高いのに、子供の私に出してくれるなんてびっくり。うわあ、すごくいい香り。リーゼお姉ちゃんがうらやましがるかも。


「この状況で食欲があるなんて。お嬢ちゃんは大物だな」


 残さず食べたら、ベアさんが楽しそうに笑いました。

 ベアさん、どうしてこんなに親切なんだろう。ちゃんと家に帰してあげるとか、はずれでよかったね、とか言ってくれるし。


「ベアさんは、本当にあの人たちの仲間なの?」


 食器を片付けているベアさんに、思い切って尋ねてみました。

 ベアさんの背中が、ピクッ、と震えます。それから、大きなため息をついて、目をそらしたまま答えてくれました。


「色々あった。それだけさ」


 そういえば――さっきブルーノさんが言っていた。乞食同然のところを助けてやった、て。だからベアさん、ブルーノさんに協力しているのかな。


「ところでお嬢ちゃん。私を呼ぶのなら、ベアテと呼んでくれないかな」

「え?」

「どうにもね。ベア、てのは道具扱いされている感じがしてね」

「あ、ごめんなさい」


 慌てて謝ったら、ベア――テさんが優しく笑いました。


「優しい子だねえ、私はお嬢ちゃんを誘拐した一味なんだよ」


 お礼も謝罪も、する必要ないんだよ。

 ベアテさんはそう言って、食器を乗せたお盆を手に部屋を出て行きました。

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