18.魔力、ゼロ
「さあ、もう一度だ!」
戻ってきたブルーノさんは、手に持っていた古い天秤を突き出しました。
あ、お師匠様の研究室で見たことある。
天秤の両側が、お皿じゃなくて小さな瓶になってるやつ。重さじゃなくて、魔力を計る天秤。「発明したの、実は私なんですよ」て自慢気に話してたなあ。
「小娘、髪の毛をよこせ」
偉そうに命令されました。
この人、嫌い。
私はむっとして、黙ったまま動きませんでした。
言うことを聞かないからか、ブルーノさんの顔がみるみる赤くなっていきます。うわ、怒鳴られるかも、て思わず目を閉じたら、ベアさんが言いました。
「そんな言い方したら、怯えるに決まってるだろ」
やれやれ、とため息をついて、ベアさんが私の前にしゃがみました。
「お嬢ちゃん。髪の毛を一本もらうよ?」
こくん、とうなずいたら、ベアさんが優しい手つきで私の髪を一本抜きました。
髪を抜くとき、私にだけ聞こえる声で「なかなかのお転婆さんだ」なんて言われちゃいました。私がむっとして反抗したの、気づいてたみたい。
「ほらよ」
「ふん、グズグズしおってから」
ブルーノさんは、天秤の一方の瓶に私の髪の毛を入れました。
もう一方の瓶には、魔力の基準となる物が入ってます。なんだろう、木の枝、かな? その基準物より魔力が強いと、髪の毛を入れた方が下がる、そういう仕組みなんだけど。
私のは、上がったまま。ピクリとも動きませんでした。
「魔力……ゼロ、だと? バカな、完全にゼロ、だと?」
ブルーノさんが、信じられん、という顔をしました。ベアさんも、おや、という感じで目を見開いています。
「針がピクリともしないなんて……虫でももうちょっと反応するよ。お嬢ちゃん、あんた逆の意味で珍しいね」
え、そうなの? 村には何人かいたし、お師匠様にも何か言われたことはないけど。
「珍しいから何だというのだ! 神の乙女としてはあり得ん! ええい、もう一度だ!」
ブルーノさんは、基準物をとっかえひっかえしましたが、全部同じ結果でした。
「バカな、何かの間違いだ! こんなこと……あり得ん!」
だんっ、だんっ、と机を何度も叩くブルーノさん。
うう、うるさい。ベアさんの言う通り、物に当たるなんて大人のやることじゃないと思う。
「間違いないのだ……この小娘は、間違いなくあのお方の生まれ変わりのはずなのだ! なのになぜ!?」
「そう思うのなら、もう少し敬意を払ったらどうだい」
ブルーノさんの顔がどんどん歪んで、私をにらみつけてきます。そんなブルーノさんから私をかばうように、ベアさんが前に立ってくれました。
「見苦しいよ、ブルーノ。この子はあのお方ではないんだよ」
「黙れ! これは何かの間違いだ!」
それからもうしばらくブルーノさんは騒いでいたけれど。
何度測っても、私の魔力はゼロ。天秤は一度も動きませんでした。
「ええい、どうなってるんだ!」
ブルーノさん、最後はまた舌打ちして。
天秤を手につかんで、乱暴な足取りで部屋を出て行ってしまいました。
◇ ◇ ◇
ブルーノさんが出て行くと、部屋の中が急に静かになりました。
「さて、どうしたものかねえ」
ベアさんは部屋の扉を閉じ、私に振り向きました。
「もう帰っていいよ、て言ってあげたいけど。ブルーノはあきらめてなさそうだね」
大人しく待ってるんだよ。
そう言って、ベアさんも部屋を出て行きました。
一人になると、ますます静かに感じます。寂しいな、て気持ちがこみあげてきて、慌てて涙をぬぐいました。
まだ泣いちゃダメ。心が挫けたら、チャンスが来ても逃げ出せない。しっかりしなきゃ。
「……ここ、どこなのかなあ」
窓の外を見て、私はため息をつきました。
リーゼお姉ちゃんとコン兄ちゃん、心配してるだろうなあ。今ごろ私を探して走り回っているかも。今日は新しい石鹸作ろうね、て約束してたのに。あ、宿題やる時間あるかな。早く帰りたいなあ。
「お待たせ」
しばらくして、ベアさんが戻ってきました。
ベッドの上で、膝を抱えてぼんやりしていたけれど、ふわっと漂って来たおいしそうな香りに顔を上げました。
「お腹が空いただろう? たいしたものはないけど、食べなさい」
パンとシチュー、そしてお茶が入ったカップが乗ったトレーが目の前に置かれました。
ぐぅぅぅーっ。
それを見て、私のお腹が盛大に鳴りました。え、あの、その――えーん、そんなに大きい音で鳴らなくてもいいのにー。
「はははっ。ほら、遠慮せず食べな。逃げ出すにも、体力がいるよ」
「……ありがとう」
朝、パンをひと切れ食べただけだから、すごくお腹が減ってました。出されたパンはちょっと硬かったけど、スープにつけて食べたらとってもおいしかった。
それに、お茶。
これ、ハーブじゃなくて本物のお茶。お茶ってとっても高いのに、子供の私に出してくれるなんてびっくり。うわあ、すごくいい香り。リーゼお姉ちゃんがうらやましがるかも。
「この状況で食欲があるなんて。お嬢ちゃんは大物だな」
残さず食べたら、ベアさんが楽しそうに笑いました。
ベアさん、どうしてこんなに親切なんだろう。ちゃんと家に帰してあげるとか、はずれでよかったね、とか言ってくれるし。
「ベアさんは、本当にあの人たちの仲間なの?」
食器を片付けているベアさんに、思い切って尋ねてみました。
ベアさんの背中が、ピクッ、と震えます。それから、大きなため息をついて、目をそらしたまま答えてくれました。
「色々あった。それだけさ」
そういえば――さっきブルーノさんが言っていた。乞食同然のところを助けてやった、て。だからベアさん、ブルーノさんに協力しているのかな。
「ところでお嬢ちゃん。私を呼ぶのなら、ベアテと呼んでくれないかな」
「え?」
「どうにもね。ベア、てのは道具扱いされている感じがしてね」
「あ、ごめんなさい」
慌てて謝ったら、ベア――テさんが優しく笑いました。
「優しい子だねえ、私はお嬢ちゃんを誘拐した一味なんだよ」
お礼も謝罪も、する必要ないんだよ。
ベアテさんはそう言って、食器を乗せたお盆を手に部屋を出て行きました。




