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勇者の子  作者: おかやす
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17/26

17.あのお方?

 バタンッ、と家中に響くような音を立てて、部屋の扉が閉まりました。


「物に当たるなんて、大人のやることじゃないねえ」


 ベアさんが私を見ながら、あきれたように肩をすくめました。


「見苦しいところを見せちゃったね。怖かっただろう。今、温かい飲み物を用意するよ」


 入口近くの机の上に、ポットとカップが置いてありました。ベアさんは慣れた手つきで、ポットからカップに注ぎます。


「どうぞ」


 カップが乗ったお盆を差し出されました。カモミールのすごくいい香りがするけれど――私はそれをじっと見るだけ。


「ふうん……たいした子だねえ」


 ベアさんは、ベッド横の小さな机にお盆を置くと、カップをもう一つ持ってきて、中身を半分移しました。

 そして、私の目の前でゆっくりと飲みます。


「この通り、薬なんて入ってないよ。安心して飲みな」

「……いただきます」


 迷ったけど、のどが渇いていたから、飲むことにしました。

 少しぬるめで、すごくおいしかった。一口だけのつもりだったけど、思わず全部飲んじゃいました。


「いきなりさらわれてきたら、普通は泣くか、もっと怯えるものだけど」


 ベアさんが目を細めました。


「なかなか落ち着いてるね。しっかり部屋の様子を見ていたし、私たちのことも観察してた。ひょっとして、こういうのは慣れているのかい?」


 慣れてなんかいないけど。

 お師匠様に「訓練」されたから――なんて言わない方がいいよね。うん、黙っていよう。


「だとしたら、あんた、()()()かな」

「……ここ、どこですか?」

「さて、どこだろうね。お代わりいるかい?」

「ううん、いいです」

「そう」


 ひょい、と空になったカップを取り上げられました。


「こんな物でも武器になるからね。飲んだのなら返してもらうよ」


 ケガでもされたら大変だしね、て笑うベアさん。

 そっか、そういう手もあったのか。でも戦い方なんて習ってないから、無茶してもケガするだけだね。やっぱり大人しくしておこう。

 ドスドスと、大きな足音が戻ってきて、勢いよく扉が開きました。


「準備ができました。早速始めましょう」

「ノックぐらいしなよ。御子様の御前だろう?」


 導師様――ええと確か、グレゴールって名前だったよね――でした。

 ベアさんの抗議なんてまるで無視して、私の前にやってきます。そのままひざまずくと、手に持っていた古い本を私に向かって差し出しました。


「ふん、写本(グリモワール)か。まあ、てっとり早い方法ではあるがな」


 少し遅れて戻ってきたブルーノさんが、あきれた感じでつぶやきました。でもグレゴールさんは気にした様子もなく、私を見て言います。


「どうぞ、こちらを御手に。あなた様の本でございます」


 え、なにこれ、どうすればいいんだろう。

 わけがわからなくて思わずベアさんを見たら、ベアさんが「本を持って」と小さな声で言いました。


 恐る恐る、私は本を持ちます。


 すごく重い。冷たくて硬くて、でもなんだかしっとりしている。これ、紙じゃない。何でできているんだろう。動物の革かな? なんだかすごく貴重そう。これ、開かない方がいいよね?


 そのまましばらく、時間が過ぎました。

 グレゴールさんがずっと私を見ています。ブルーノさんもそう。ベアさんだけは、やれやれ、て感じで肩をすくめました。


「ばかな……なぜ、何も起こらぬ」


 いつまでこうしていればいいのかな、て思った時、ブルーノさんが口を開きました。


「貸せ!」

「わっ」


 ブルーノさんは私の手から本をひったくると、何かぶつぶつ言いました。

 えっ、てびっくりしました。

 ブルーノさんの手の中で、本がうっすらと光り始めたからです。


「偽本ではないな……もう一度だ。持て!」


 ブルーノさんに乱暴に本を突き出されました。私は恐る恐る本を持ったけど、いくら待ってもブルーノさんのように本が光ることはありませんでした。


「はずれ、だね」

「ばかな、私の()に間違いはない! この子はあのお方の生まれ変わりのはずだ!」

「……魔力を持たぬ神の乙女など、あり得ぬ」


 ずっと黙っていたグレゴールさんが、低くうめくような声で言いました。


「返したまえ、これは君の物ではない」


 さっきまでの丁寧な態度が嘘みたいに、すごく乱暴に本をひったくられました。


「とんだ無駄足でしたな、ブルーノ」

「待て、グレゴール。私に試させろ! 写本(グリモワール)は精度に問題がある。天秤を使えば、ちゃんと測れるはずだ!」

「好きにしたまえ」


 グレゴールさんは私をにらみつけてから。

 ブルーノさんは私に舌打ちしてから。

 二人は大きな足音を立てて、部屋を出て行きました。なんなのあの二人。まるで私が悪いみたい。腹立つなあ。


「とんだ災難だったね、お嬢ちゃん」


 そんな二人と違って、ベアさんは親切で優しい態度のままでした。


「残念ながら……というのはこっちの都合か。幸いなことに、お嬢ちゃんははずれだったみたいだ」


 はずれ、ていうのも失礼な言い方だけどね、と笑いながら、ベアさんが、じぃっ、と私の顔を見ます。


「そんなに似ているのかねえ、あのお方に」

「あのお方、て……誰ですか?」


 思い切って聞いてみたら、ベアさんがニヤリと笑いました。


「おや、お嬢ちゃんは知っているんじゃないかい?」


 ドキッとしました。そんな私の顔を見て、ベアさんが小さく笑います。


「こんなカマかけに引っかかるなんて。ポーカーフェイスはまだまだだね。そんなことじゃ、駆け引きはできないよ」


 『魔王』を封じ込めようとして、返り討ちにあった巫女。

 この人たちが「あのお方」て言ってるのは多分その人。でもその巫女のことは絶対外で言うな、てコン兄ちゃんは言っていた。

 ああ、失敗しちゃった。その巫女のことを知ってる、てばれちゃったかも。うう、黙っていればよかったな。


「度胸は買うけど、まだまだ危なっかしいね」


 ベアさんが私の耳元に顔を近づけました。


「ついでにアドバイスだ。もうちょっと(おび)えたふりをした方がいい。子供なのにあまりに落ち着いてると、かえって不審に思われるよ」

「え……と……」

「大丈夫、ちゃんと家に帰してあげるから。もうちょっと辛抱しておくれ」


 ベアさんがそう囁いた直後、ブルーノさんが乱暴な足音を立てて戻ってきました。

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