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勇者の子  作者: おかやす
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16/26

16.落ち着かなくちゃ

 どうにかして逃げないと。

 そう思ったけど、行商の人の力はすごく強くて、ちょっと暴れたぐらいじゃ逃げられそうにありません。

 どうしよう、どうしたらいいんだろう、このままどこかに連れて行かれちゃって、もう帰れないのかな。そんなのやだ。イチかバチかで大声出してみようかな――なんて考えた時。


「パニックになっては、相手の思うつぼですよ」


 お師匠様の言葉を思い出しました。


「まずは身を守ることを考えなさい。落ち着いて、状況を把握するのです」


 すーはー。

 すーはー。


 私は深呼吸をして、気持ちを落ち着けました。

 怖いけど、ケガでもして、いざというときに逃げられないのはだめ。今は大人しくしているしかない。

 行商の人は、かなり速く歩いている。私を担いでいるせいかな、ふぅ、ふぅ、とすごく息が上がっている。

 あの導師様は後からついて来ているみたい、カツカツと足音が聞こえる。


「その先を右、突き当りです」


 導師様の低い声。

 右に曲がって、突き当り?

 路地に入って、奥の家、てことかな。どこかの家に連れて行かれるみたい。とりあえず、王都からは出ない、てことで一安心かな。


 カツカツという足音が消えた。石畳の道から裏道に入ったみたい。

 そのまましばらく歩いて――扉が開いて、閉まる音。

 廊下を歩く足音。廊下、けっこう長い。わりと大きな家なのかな。もしかして聖堂? だとしたら、学校の近くにある聖堂なのかも。


 お師匠様の言ったとおりだ。落ち着いていれば、音だけでも色々なことがわかるんだね。


「その扉です」


 また導師様の声。続いて、ギイッ、て蝶番(ちょうつがい)のきしむ音がした。廊下の空気はひんやりしていたけど、部屋の中は温かくて、お日様の匂いがする。日当たりがいい部屋なのかな。


「おや、お早いお帰りで」


 女の人の声が聞こえました。

 ちょっとハスキーで落ち着いた声。仲間の人、かな? この二人だけじゃなかったんだ。


「ベア、連れてきたぞ。世話はお前に任せる」

「うわっ!」


 どさっ、と荷物のように投げ出されました。ベッドの上みたいだから、そんなに痛くはなかったけど――うう、背中、打ったよう。


「ブルーノ、乱暴に扱うんじゃないよ! ケガでもしたらどうするんだい」


 女の人の怒った声と、近づいてくる足音。それから、縛られていた口が開けられて、私はやっと袋から出ることができました。


 古い家の、わりと広い部屋でした。部屋には、私をさらったあの二人と、三十歳ぐらいの女の人。部屋の扉は一つだけ。逃げるのは、ちょっと無理そう。

 部屋には、ガラスがはめ込まれた大きな窓が二つ。窓からはお日様の光が差し込んでいます。

 窓の外はお庭があって、背の高い生け垣が見えるけど、周りの建物はよく見えない。

 あんな生垣のある建物、あったっけ? もっと王都の探検しておけばよかったな。


「大丈夫かい? ケガは?」


 女の人が目の前にしゃがんで、私の顔をのぞき込みました。

 鋭い目つきで、力強い声でした。くすんだ金髪を革ひもで束ねていて、革のベストを着ています。なんだかとっても強そうだけど――私を見ている灰緑色(ヘーゼル)の瞳には、優しい光が宿っていました。


「まったく、袋の中のゴミぐらい、ちゃんと捨てとけっての」


 私の体に着いたゴミを丁寧に払って、濡れたタオルで顔を拭いてくれました。


「これでよし、と」

「ありがとう……ございます」


 お礼を言うと、女の人――ベアさんはちょっとびっくりした顔をしていました。


「礼なんて言わなくていい。私も誘拐犯の一人さ」


 ベアさんは肩をすくめると、立ち上がって一歩下がりました。

 入れ替わって、導師様が前に出てきます。


 怖い、て思いました。


 私を見る瞳には、なんだか光がありません。墨を垂らしたように真っ黒で、ただじっと私を見ているの。気味が悪い。


「ブルーノ、本当にこの子で間違いないのですね?」

「ああ」


 行商の人も、私をまっすぐに見ました。何かを探るようなその目、すごく気味が悪いです。


「あのお方の面影がよく見える……間違いない、この子はあのお方の生まれ変わりだ」


 あのお方? 生まれ変わり?

 この人たち、種子派だよね。探しているのは大地の精霊神の子、だったよね。生まれ変わり、てどういうことだろう?


「しかし、この子から魔力を感じないのですが」

「あなたは魔力の扱いが苦手ですからな」


 行商の人が小さく笑う。なんだか、バカにしているみたい。


「おそらく隠蔽されているのだろう。それに、あの小僧が言っていたではないか。この子には強力な守護がついている、と」

「しかしその守護とやらの力も感じませんが」

「……疑うのなら試してみればよい」

「そうしましょう」


 導師様はうなずくと、準備をしてきます、と言って部屋を出て行きました。


「まったく、頭でっかちのハンパ者が」


 行商の人が、またバカにした口調でつぶやきました。

 そういえばコン兄ちゃんが、あの導師様は精霊が見えていないし魔法も気づいていない、て言ってたっけ。ハンパ者、てそういう意味かな。


「御子様の前で汚い言葉を使うのは、やめてもらいたいね」


 黙っていたベアさんが、行商の人にそう言いました。

 ギロリ、と行商の人がベアさんをにらみます。


「ベア、貴様立場が分かっているのか?」

「もちろん。あんたに雇われた、御子様の世話係さ。だからこそ……」


 ブンッ、と。

 目にもとまらぬ速さで、ベアさんが短い槍を手に取り行商の人の前に突き出しました。


「御前での無礼な言動は、許さないよ」

「貴様……」

「私の名前はベアトリス。ベアだの貴様だの、勝手な呼び方するんじゃないよ」

「乞食同然のところを助けてやったというのに……恩を忘れたか」

「ちゃーんと覚えているさ。だから、忠実に職務を果たしているんじゃないか」


 チッ、と行商の人が舌打ちしました。

 この人たち、仲間のはずなのに全然仲良くなさそう。特にこの行商の人――ええと、ブルーノ、て名前だったね――が、他の二人をバカにしてるみたい。この人、そんなに偉いのかな?


「ほら、あんたも出て行きな。いきなりさらわれてきたんだ、御子様も落ち着く時間が必要だよ」


 ベアさんをにらんでいたブルーノさんだけど。

 槍先を突き付けられて、くそったれが、と悪態をつきながら部屋を出て行きました。

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ベアはイイ人そう( ˘ω˘ )
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