15.どうして、ユウガくん
四時間目が終わって。
ミラルダとアルミラが話しかけようとしたけれど、ユウガくんは逃げるように教室を出て行ってしまいました。
「あーもう、なんなの、あいつ!」
「こうなったら、帰り道で必ず捕まえましょう」
ミラーズの他の三人にも協力してもらって、なんとしても話をしよう。ミラルダとアルミラに励まされて、私も「よし!」て気合いを入れました。
でも、五時間目が始まる直前。
「ミラルダ、アルミラ。ちょっといいか?」
男の先生がやってきて、ミラルダとアルミラを廊下に呼び出しました。
あんな先生、いたっけ? 初めて見る先生だな。私が知らないだけで、違う学年の先生なのかな?
「え、お父様から?」
「はい、わかりました」
先生と話し終えると、ミラルダとアルミラは急いで教室に戻って、かばんを手に取りました。
「ごめんミラ、帰らなきゃいけなくなっちゃった」
「私もです」
おうちの人から、急いで帰ってくるように、と伝言があったんだって。うう、タイミング悪いなあ。でも仕方ないよね。
「また明日ね」
ミラルダとアルミラが教室を出ていくのと入れ替わりで、ユウガくんが戻ってきました。
やっぱり目を合わせてくれないし、声をかけても答えてくれません。本当に今日のユウガくんは変です。
ほんとにどうしたんだろう。帰る前にお話、できるかな。
ううん、やらなきゃ。こんなもやもやした気持ちで明日までいたくないよ。
集中できないまま時間が過ぎて、もうじき五時間目が終わる、てときでした。
「……ミラ」
急にユウガくんに呼ばれたかと思うと、机の下で手を握られました。
びっくりしました。
いきなり手を握られたこともだけど、ユウガくんの手はすごく冷たくて、ちょっと震えていた。なんだか、氷で握られてるみたい。
「これ、ポケットに入れて」
握った手の中で、何かを渡されました。
なんだろう、て確認しようとしたら、「そのまま!」て鋭い声で止められました。
「早く! ポケットに入れて!」
「う、うん」
言われた通りに、渡されたものをポケットに入れました。
これ――紙、かな? 小さく折り畳まれていて、なんだか湿っているみたい。ユウガくんの汗――かな?
「ねえ……」
これはなに、て聞こうとしたら。
授業終わりの鐘が聞こえてきました。
「はい、今日の授業はここまでです。みんな、気をつけて帰ってね」
ああ、五時間目終わっちゃった。
クラスのみんなが席を立ちます。ユウガくんもすごい勢いで立ち上がって、机にかけていたかばんを手に持ちます。
「あ、あの、ユウガく……」
「ごめん、ミラ」
呼び止めようと声をかけたら――ユウガくんが目をそらしたまま、いきなり私に謝りました。
え、なんで?
「俺……絶対に、助けに行くから。だから……困ったときに、さっきの紙を開いて」
助けに行く?
困ったとき?
わけがわからず戸惑っている間に、ユウガくんは逃げるように教室を出て行ってしまいました。
◇ ◇ ◇
急いでユウガくんを追いかけたけど、校舎を出た時、ユウガくんの姿もう見えませんでした。
「ユウガくん、どうしたのかなあ……」
あきらかに今日はおかしい。
アルミラがそう言っていたけど、ほんとにそう。ごめん、てなんで謝ったんだろう。ユウガくん、何も悪いことしてないのに。それに助けに行く、てどういうことだろう。
はあ、てため息をつきながら、私は歩き出しました。
そういえば、一人で帰るの久しぶりだな。なんだかさびしい。おしゃべりしながらだとあっというまの帰り道なのに、一人だとすごく長く感じる。
明日はミラルダと一緒に帰れるかな。そういえばミラルダもアルミラも、どうして早退したんだろう。明日聞いたら、教えてくれるかな。
そんなことを考えながら、一人で歩いていました。ちょっとうつむいていたから、人が近づいているのに気づきませんでした。
「やあ、お嬢さん」
声をかけられて、やっと気づきました。
顔を上げると、男の人が立っていました。四十歳くらいの――あれ、この人、どこかで会ったことある、よね?
「奇遇ですな、こんなところで会うなんて」
なにかを探るような目で見られて、思い出しました。
王都に着いて入門手続きを待っている行列で、前にいた行商の人です。
「こ、こんにち……は……」
ぞわっ、と、何かすごく嫌な気配を感じて、思わず一歩下がってしまいました。
前に会った時も、なんか嫌だな、て思ったけど。
今日ははっきりと、怖い、て思いました。
「学校の帰りですかな?」
「は、はい……」
「お一人のようですね。いやあ、よかった。もう一度お会いしたいと思っていたんですよ」
にこにこ笑っているけど、目はずっと私を見ていて。どんどん怖くなってきて、私はまた一歩下がってしまいました。
「ブルーノ、そんなふうにジロジロ見てはいけません。怖がっているじゃないですか」
背後から、ゾッとするほど落ち着いた声が聞こえました。
振り向いて、息を呑みました。そこにいたのは、導師の服を着た男の人――先週の星籠日の朝、うちに来ていたあの導師様です。
「やあ、ミラさん。初めまして、導師のグレゴールと申します」
笑っているのに、全然安心できない顔でした。どうしてこの人、私の名前を知ってるの? やだよ、すごく怖いよ。
誰か、助けて。
周りを見て、そのとき初めておかしいことに気付きました。
ここは大通り。いつもならたくさんの人がいるのに、今は誰一人いないんです。
ううん、違う。
一人だけ――もう一人だけ、いた。グレゴール、て名乗った導師様の後ろ。私と同い年の、すごくよく知っている男の子が。
なんで。
どうして、そこにいるの?
「ユウガ……くん……」
「おお、そうでした。ユウガ、うん、彼ね。私の甥なんですよ」
導師様の後ろで、ユウガくんは歯を食いしばってうつむいていた。そんなユウガくんの頭を、ぽんぽん、と叩きながら導師様が笑いました。
「はっはっは、本当に、奇遇というやつですな。ミラさん、君のことをユウガに聞きましてね、ぜひ一度、ゆっくりとお話をしてみたいと思ったんですよ」
導師様が近づいてくる。逃げようと後ずさったけど、そこには行商の人が待ち構えていた。
「さて、立ち話もなんですから。落ち着いた場所へ行きましょうか」
行商の人は、手にすごく大きな袋を持っていた。
袋は空っぽ。開いた袋の口を、私に向けて近づいてくる。逃げなきゃ、て思ったけれど――導師様に逃げ道をふさがれて、背中を、ドン、て押されました。
「ケガしたくなけりゃ、暴れなさんなよ!」
「ひっ!」
よろけて倒れそうになったところに、頭から袋をかぶせられました。導師様が素早く私の両足をつかんで、そのまま袋の中に放り込まれてしまいます。
あっという間で、逃げる暇もありませんでした。
「よし。グレゴール、行くぞ。そろそろ人払いの魔法が切れる」
行商の人は袋の口を閉じると、軽々と私を担ぎ上げて歩き出しました。
「ああ、ユウガくん。協力ありがとう。これは約束のものだ、もう行きたまえ」
導師様の冷たい声に続いて、何か金属の物が地面に落ちる音が聞こえました。
ユウガくんが、この二人に協力したの?
今地面に落ちたものって、もしかしてお金?
ごめん、て、さっき謝っていたのって、こういうこと?
「うそ……うそ、だよね、ユウガくん……」
白昼堂々、誘拐されたことよりも。
ユウガくんが二人に協力していた、そのことの方がショックで――私はポロポロと泣いてしまいました。




